死んで目覚めて祝福され
ーーーという無惨な最期を迎えたハズなんだが…
彼ーー『星宮馨』は立ち尽くしていた。記憶に残るのは迫り来る電車と、周囲の視線と、その中でも特に異質な気配を放っていたあの『不審者』。そして自分に襲いかかった、確かな死の瞬間。痛みは感じただろうか。あまりにも一瞬の出来事で、脳に信号が届く前に肉体と魂がサヨナラしたのかもしれない。
彼が今ひどく困惑している理由は、周囲に広がっている光景が原因だった。
「おぉっ、次なる召喚者様が降臨なされた…!」
「なんと美しき姿…いやはや、先代を彷彿とさせますなぁ」
彼は周囲からの視線、拍手、祝福の言葉と共に目覚めた。見知らぬ場所に見知らぬ服装の者達。
そこはまるで『地下の大聖堂』的な雰囲気を放つ場所で、周囲の人間たちからも気品を感じる。
(召喚者…? 先代…? そんでここは…?)
目の前の老人達の言葉は、明らかに彼に向けられたものだった。しかし彼に『召喚者』という称号を手にした覚えは全く無かった。
せいぜい生前に受け取ったモノといえば、『皆勤賞』『漢字検定5級』とかその程度のものばかりである。資格も称号に入るのかは疑問だが。
と余計な事を考えていた時、デジャブが発動した。
(いや、待てよ…これ、俺の夢の内容と似てねぇか…?)
彼が友人へ熱心に語っていたあの『前世、英雄説』。その時に話していた夢の内容と、今のシチュエーションが酷似していたのだ。目が覚め、祝福され…全く同じではないが、それでも絶対に何か関係がある
と彼はふんだ。
となれば確かめなければならない。もし夢通りの展開になるのなら、彼は『星宮馨』ではなく、別の名前で呼ばれるハズ。
彼の中にあった困惑も不安も、不審者への恐怖と怒りもいつの間にか薄れていた。好奇心というものは、時に人間を鈍くしてしまうのかもしれない。
「あの、すみません。俺ってーー…」
ーーあれ?
その瞬間、彼はピシッ と音が聞こえるレベルで凍りついた。違う、違う違う。思春期の頃に変化し、聞き馴染んできた自分の声。しかし今彼の喉から放たれた声は、ソレとは全く違うものだった。
一言で言うと「可愛い」。少年ぽくもあり、鈴を転がすような響きも持っている。喉仏を探してみるが、見当たらない。
「いつから俺、こんなアニメ声になったんだい…?」
そして変化していたのは声だけではなく身体も。華奢な体型に、視界にチラチラと青黒い髪の毛が映ってくる。肩くらいまで伸びていそうだ。
自分の突然変異に固まっていた時、二種類の声が聞こえてきた。
ーーー「何か、お困り事ですか? ラミナ様」
ーーー「何か、お困り事か?ラミナ様」
声の主は二人の美人。綺麗な白髪をハーフアップ?(どっかでみたことある) にまとめている。黒を基調としたローブがよく似合っている。
「お姉様、『お困り事か?』ではなく、
『お困り事ですか?』ともう少し丁寧な言葉遣いをするのがよろしいかと」
「えぇ? 面倒なんだよそういうの。もっとラフに、堅苦しくなくいこうぜ」
「ですがお姉様…」
急に出てきたかと思えば、急に軽く言い合いをする二人に、馨ーーー『ラミナ』は置いてけぼりにされていた。
どうやら、この世界での呼び名は『ラミナ』のようだ。どんな意味を持つのか分からないが、結構良い響きをしているため彼はすぐに気に入った。『星宮馨』
という名前は名残惜しく思わないらしい。
しかしこのまま置いてけぼりにされ続けるのは寂しいので、ラミナは二人に問いかける。
「お二人さん。俺の名前はラミナ…でいいんだな?」
「はい、ラミナ様。降臨の瞬間に立ち会うことができ、光栄でございます。私は『レイナ』。そしてこちらが私の姉の…」
「『セイナ』だ。私たちは召喚者補佐官…まあ世話係みたいなモンだよ。よろしくなぁ」
姉妹、か。たしかになんとなく似てる気がしなくもない。しかしあまりにも対照的な姉妹だ。清楚系のレイナは丁寧にお辞儀をし、オラオラ系のセイナは腰に手を当て胸を張っている。どちらが好みかは、言うまでもないだろう。
そして彼女らもやはり『召喚者』と呼んでいる。つまり星宮馨は電車に轢かれ異世界転生…もとい、異世界召喚しーーー
「ラミナになった、と…」
目を閉じ、顎に指を当て、名推理をしたかのような態度を取る。内心は『異世界召喚』というファンタジーな体験にかなりワクワクしているのだが、美人の手前格好を付けているのは内緒だ。
何故自分が選ばれたのか、あの夢は関係しているのか、あの不審者は結局何者なのか。気になることが多すぎるが、ラミナは決めた。ひとまずこの状況を楽しもう。細かいことは後々聞いていけばいい。
この彼の楽観的な性格は、良いところでもあり悪いところでもある。
「…よしっ。とりあえず、よろしくな二人とも。レイナと、セイナだな。覚えた!」
「…ラミナ様は、他の召喚者様とは違ってあまり動揺したりしないのですね」
首を傾け、不思議そうに問いかけてくる。たしかに突然見知らぬ場所にきたにも関わらず、ニカッと笑い挨拶を返すのは変わっているかもしれない。
きっとこういう異世界シチュエーションを知っているからこその余裕なのだろう。
「バカみてえに狼狽えて、騒がれるよりウン倍もマシだろ。いい子だぜラミナ様」
「お姉様。また言葉遣いが」
セイナのコレは素なのか、緊張をほぐすためにワザとやっているのかだけ知りたい。
「ラミナ様。いつまでもここに居続けるワケにもいかねぇからな。アンタの部屋に案内するぜ。私たちについてきな」
「全く…では、ラミナ様。参りましょうか」
「あ、あぁ。よろしく頼んます」
どうやら『召喚者』専用の部屋が用意されているらしい。かなりの大勢の人に囲まれていたため、はやめに別の場所に移動したいと思っていたところだ。ナイスタイミング! と心の中で親指を突き上げる。
「この城無駄にデケェからな…歩きながら色々説明させてもらうぜ」
そういい、モーゼのように周囲の人間たちを両断させ先頭をズカズカ歩いていく。ラミナもレイナに手を取られ、それに続いていった。
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ラミナが召喚されたこの国は『アルヴェルギア王国』
というらしい。レイナの説明によれば、双子の月ーー
ーー『白のルナス』と『蒼のノクス』ーーに守られた世界最古の魔法大国。流石は異世界、月は一つしかないなんて常識は通用しない。
国の中央には巨大な城が存在しており、そこで王やら魔術院やらが全土を統治している。現在ラミナ達はこの城にいる。
国民は皆魔力を持ち、その多少が身分に直結するのだという。魔力の強い物は宮廷や軍へと引き抜かれて行き、弱い物は労働階級になる。
もっとも、『祝福された存在』らしいラミナには、社会の仕組みすら他人事のように語られたのだが…。
「アルヴェルギアは魔力で栄える国だ。だから、ラミナ様の降臨は国にとって何よりの恩恵…ってワケだな」
人懐っこい笑みを浮かべセイナはそう言った。しかしその瞳の奥がかすかにギラリと光ったように見えたのは、気のせいではなかったと思う。
「恩恵…かぁ」
魔力至上主義とも呼べるこの国で、ラミナのような召喚者は恩恵となる…というのは、召喚者が特殊な魔力を持っているから、とかだろうか。それとも単純に魔力量が多いからなのか、うんうんと考えているうちに、一つの大きな扉の前にたどり着いた。
「ラミナ様、到着いたしました。ここが本日よりラミナ様のお部屋となる『聖域』でございます」
ーーー聖域
召喚者は自分の部屋すらも『聖域』と呼ばれるらしい。ここまでくると少し居心地の悪さも感じてくる。
扉が静かに開いた瞬間、ひやりとした空気が頬を撫でた。これは部屋というより、『神殿の奥室』といったほうが近い。
白を基調とした光沢の壁に、天井には二つの月を象った紋章が輝く。
「この部屋は、ラミナ様の魔力を安定させるために造られてんだ。聖域って呼ぶのは…月の加護が一番強く届く場所だから、だな」
「聖域って大袈裟に呼んでたワケじゃないのか…」
そして部屋の中央には、ベッドというにはあまりにも大きすぎる、祭壇のような寝台。そしてベッドを中心とするように『魔法陣』っぽいものが展開され、光を帯びていた。
「そんでこの上で寝ると…。これはなんか…」
部屋の空気は澄んでいるはずなのに、どこか閉塞した重さがある。祝福のための場所、と言われてもーー
ラミナにはどうしても、祭壇に捧げられる供物の気分が拭えなかった。
「…ラミナ様? 何かお気に召さない部分でも…」
レイナが心配そうに顔を覗き込んでくる。突如始まった至近距離で美人に見つめられる状況に、心臓が限界を迎えようとするが、なんて事もないように必死につとめる。
「いやいや! 逆だよ逆。こんな豪華な部屋今まで見たことなかったし、自分の部屋になるってことに感動で言葉も出ないというか…そんなかんじ」
「だってよレイナァ。聖域に不満を持つヤツなんているわけないだろ。心配性すぎんだよお前は」
意地の悪い顔をしたセイナがラミナの言葉に便乗し、レイナを詰める。
レイナはまだ心配を拭いきれていないように、安堵と不安が混ざったような複雑な表情を浮かべていた。
「それなら、よろしいのですが…」
「気に入ってくれたみたいで何よりだぜラミナ様。んで急なんだが、私たちはやらなきゃなんねぇ事があるから一旦失礼させてもらう」
「やらなきゃなんねぇ事?」
「召喚者様が降臨したときには、色々手続きとかがいるんだよ。これがまた大変そうで…」
『メンドウクサイ』という感情を一ミリも隠さない態度にはもはや気持ちよさも感じてくる。召喚者がきたときの手続き、『この方はこれほど素晴らしい方で、このような恩恵がーっ』とかそういうモノを報告したり? 王様とかお偉いさんがたから一つ一つ印鑑をもらったりか? それはたしかにメンドウクサイ。
「申しわけありませんラミナ様。しばらく聖域でお休みください。では、失礼いたします」
レイナとセイナ姉妹は扉の方へ向かい、やがてガチャンと静かに音を立て部屋の外へ出た。
部屋の中央、ベッドという名の祭壇の近くにラミナは一人ぽつんと取り残される。二人がいなくなると、部屋の静寂さがより一層際立つような気がした。
「さてと…今のうちに情報整理しとくか」
まずは自分の部屋ーー『聖域』の探索をすることにした。ベッドにばかり気を取られていたが、よく見ると他にも色々ありそうだ。
最初に目に入ったのは、大きめの鏡にクシやら美容系のオイルやらが置かれた『化粧台』かと思われるもの。
「俺の予想では、あの二人のどっちかに毎朝髪を梳かしてもらったりする時間があるとみた」
お世話係とか言っていたので、何となくそんな気がした。仮にそんな時間があるとしたらこんな感じかなー、と鏡の前に座ってみると、そこには『星宮馨』の面影がひとっつもない美少年が映っていた。
ツリ目は大きな目に、鼻は小さくなったが少し高くなり、肌は白くなり…
「うん。キャラデザガチャ大当たりだなぁこれは」
フツメンから数段、いや数十段上のメンを獲得できた。特段良い行いをしてきたワケではないのだが、こんなものを受け取ってしまっていいのだろうかと本気で思う。やはりあの『夢』とも関係あるのか…
「とりあえず慣れていくしかないよな。異世界に来たばかりだってのにあんま動揺してない時点で、既に慣れてんのかもだけど」
キャラデザを確認したところでさぁ部屋の探検の続きをーー…と意気込んだその時
コンコン
不意にドアをノックする音が聞こえてきた。あの二人が戻ってきたのだろうか。面倒と言っていた割には案外早く終わったのか。
という予想は、次の瞬間に外れることになる。
ーー『ここが、聖域で合っているかい?』
ドアの向こうから聞こえたのは二人のものではない、やけに芯の通った特徴的な声だった。




