8.種類によりますが……3発くらいです。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「やっぱりクエストの基本と言えば薬草採取ですよね」
改めてクエストの概要を記載した用紙をマジマジと確認しながら、リエムはそう簡単な感想を発した。
冒険者としての心得があるであろうリエムに、俺は疑問を投げかける。
「なあ、市販の薬草って栽培したものだろ。俺達が採取する意味ってあるのか?」
冒険者向けとして市販されている薬草は、安定した質を保証するために専用の栽培環境で作られているらしい。
本来であれば、自生した薬草など役に立つとは思えないが……。
俺はギルドから支給されたパンフレットに目を通すが、どうしてもその疑問を解消することが出来なかった。
だがリエムは、困ったような愛想笑いを浮かべつつも俺の質問に答える。
「ですから、これは依頼者と言うよりも私達冒険者に向けて作られたクエストなんですよ」
「たかだか薬草を採取するだけだろ、何が違うんだよ」
「……あの、ですね」
リエムはそこで言葉を切り、これから薬草採取しにいく場所へ続く方向へと視線を向けた。
その先は”魔物発生区域”とされ、冒険者以外には危険地帯として立ち入ることが出来ない場所だ。
「霧崎さんは常軌を逸した存在だから理解できないかも知れませんが……本来、魔物発生区域に入ること自体が危険なことなんですよ。そんな環境に慣れる為に、クエストという形で目的の品を納品するんです」
「危険な環境……」
「はい。そんな環境だということを理解した上で、目的の品を納品して報酬を得る。そんな一連の流れを体験する為のクエストなんです」
「つまり”魔物発生区域という環境に慣れる”ことと”クエストを達成して報酬を得る成功体験を得る”ことが、薬草採取の目的ということか」
「察しが良くて助かります」
俺の解釈に対し、リエムは納得したように頷く。
それからふと思い出したように「あ」と声を上げ、申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべる。
「ご、ごめんなさいっ。ちょっと上から目線、でしたね。い、いきましょう」
「ん?ああ、行こうか」
そこで申し訳なさそうにしなくても良いはずだが。
どうにもリエムは上から意見することを避けているようだ。
実力があるというのに、一体何を恐れているのか。
いつの間にか自分の関心がリエムという魔法使いに移っている自分を自覚し、思わず苦笑が漏れる。
そんな感情を誤魔化すように頭を掻きむしり、それから先導する形で”魔物発生区域”へと足を運ぶ。
☆
「はーい。冒険者2名ですね、冒険者手形とクエスト受諾書を確認しますー」
中年の男性が警備している受付で簡単な手続を終え、俺達は魔物発生区域へと足を踏み入れた。
深く沈んだような闇が混ざり合った色合いの、立ち入る者を拒むような森林だ。
そこが魔物発生区域だ、と改めて伝えられたからかも知れないが。感じるのは俺達を飲み込むような威圧にも似た気配である。
「……魔物発生区域、そうか。こんな気分なのか」
冒険者養成学校で受けた冒険者実習の時とは、全く異なる気分だった。
全ての行動、判断の責任が俺にのしかかるのだ。そこに守ってくれる人など、誰も居ない。
「霧崎さん」
「……リエム」
情けない胸中を見透かされたのだろうか?
突っ立って動けなくなった俺に、つば広の帽子を押し上げて視線を交えるリエム。
彼女は柔らかな笑みを浮かべて、俺の手を握る。
「魔物がいるかも、怖い、というのは霧崎さんだけじゃないです。大丈夫、冒険者なら誰もが通る道です」
「……皆、通った道なんだな」
「もう見透かされてるかも知れませんが、私も冒険者でした。今言えるのは、それだけですが……」
そう言って、改めて木々の生い茂る樹林の奥へと視線を送る。
数多にも渡る巨大な木々は、今にも俺達を飲み込んでしまいそうだ。
「大丈夫ですよ。今日は薬草を採るだけです、魔物と出会う可能性はそうありません」
「……だと、いいが」
一人じゃないことが、こんなにも心強いとは思わなかった。
一人じゃ無いことで、こんなにも責任を感じるとは思わなかった。
一人だったら、これから先。こんなにも苦しまずに済んだのに。
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「なあ、リエム。これは薬草か?」
無尽蔵に伸びた雑草を掻き分け、パンフレットに書かれた植物と似通った葉をちぎってリエムに確認を取る。
パンフレットに記載された通り、葉先が5つに分かれた深緑色の葉だ。
だが、リエムは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「あ、それは違いますね……。ほら、茎の色が違うじゃないですか?」
「……本当だ。ありがとな」
「ちなみに薬草はこれです。川辺の近くで生えてることが多いですよ」
そう言って、リエムは俺が採ってきたものと比較する。
確かにリエムの言うとおり茎の色が違う。
それから、リエムは思い立ったように言葉を付け足した。
「で、でも霧崎さんの持ってきたその薬草もどき、ですけど。それ……エリクサーの原料になるんですよ」
「ん、なんだって?エリクサー?」
聞き流すことの出来ない言葉だった。
俺の知るエリクサーと言えば、どんな傷でも癒すことの出来る万能の秘薬という存在だからだ。
魔法でさえも万能と言い難いこの世界の中で、そんな奇跡のアイテムが存在するとは……。
「こんなあっさりと伝説のエリクサーの原料と出会えるなんて……」
少年心を抑えきれず、しみじみとしている中。リエムはおずおずと空想の中に浸る俺に語りかける。
「あ、あの。期待してるとこ悪いですけど……エリクサーって、そんなすごいものじゃないですよっ」
「は?エリクサー、だよな?」
「はい。何でも出来るからこそ、何でもできない。エリクサーってそんな類のものでしかないです」
「……どういうことだ?」
彼女が何を言っているのか分からない。
だが、それと同時にひとつの推測が脳裏を過ぎっていた。
万能の秘薬とも言えるエリクサーが実在するのなら、俺だって既に知っていてもおかしくない。
だが、現にエリクサーに関する情報は今まで聞いたことはなかった。
だとすれば……。
「効能としては少し疲れが取れたとか、少しだけ眠れるようになったとか、リラックス効果がメインです。粉末状に加工して白湯に溶かして飲むのが一番効果的だそうで」
「扱いがほぼ漢方薬だ」
「高級には間違いないですけど……霧崎さんが言った伝説の秘薬から名をもじって、エリクサーとして販売してるんです。おじいちゃんおばあちゃんに人気です」
「……」
エリクサーとは名ばかりなようだ。
微かに抱いていたロマンを容易く打ち破られ、茫然としている俺にリエムは苦笑いを浮かべる。
「名前なんてアテにならないですよ。どれだけすごい名前を持っていても、実は大したことはない……なんて、よくあることです」
そう語るリエムの寂しげな表情は、ただエリクサーのことを話しているだけではない気がした。
そんな時。
「……霧崎さん」
リエムは突如として周囲を素早く見渡す。次に小声で俺に耳打ちした。
「どうやら、魔物が近くにいるみたいです。早々に身を引きましょう」
「え?」
一体どこから察知したのだろうか。
彼女の指示を受けてから、外界の情報に意識を向けるが葉擦れ音の1つさえ聞こえない。
「なあ、リエム。魔物なんてどこに……」
訳も分からず、そう問いを投げかけた瞬間だった。
「ッグオオオオオッッッッ!!!!」
途端に、大気を震わせんばかりの咆哮が俺達の鼓膜を激しく乱す。
「っ!?」
激しく響く咆哮は質量を持ち、草木をビリビリと揺らす。
すかさず両手で耳を塞ぎつつも、その声の響く方へと視線を向ける。
すると、聳え立った草木をなぎ倒しながら、ゆっくりとその魔物は姿を現した。
全長にしておおよそ2メートルほど。俺よりも少し背が高いくらいか。
筋骨隆々の、緑色の皮膚を持った魔物がそこには立っていた。
その右手に持つ獲物は、巨大な棍棒。名をホブゴブリンと言ったはずだ。
「私がサポートで動きます。戦えますか」
瞬時に状況を把握したリエムは、腰に携えた短剣を引き抜く。
その動作を見た俺は、初めて彼女が短剣を武器として使う理由を理解する。
魔力量に欠ける彼女は”アイテムボックス”に使う魔力ですらも惜しいのだ。その為、コンパクトに携帯できる短剣を扱っているのだろう。
「リエム、魔法は何発くらい使える」
「種類によりますが……3発くらいです」
「分かった」
正直、心許ない数だった。
だが泣き言を喚いたところで現状が変わるわけではない。
「逃げるのは厳しいか?」
「駄目です。ホブゴブリンから視線を逸らすこと自体が命取りとなります」
「……そうか」
つまり、立ち向かうより他に手段などないのだ。
俺は”アイテムボックス”を無詠唱魔法にて発動し、右手に力を籠める。
やがて右手を中心として空間が歪み始め、右手に嵌り込む形でロングソードが顕現した。
「俺が引き付ける。隙を見てリエムは魔法を放て」
「……無茶は禁物ですよ」
「……わかって、るっ!」
息を整えた俺は、迷うことなく大地を蹴り上げる。
草木と石ころの転がる地面は想像よりも、かなり不安定だ。模擬戦の舞台のような、コンクリートの地面とは全く異なる。
——”石ころ1つにも気を配れ”……一部の冒険者ではそう頭に叩き込まれているそうです。
ふと、リエムが何げなく話していた言葉が脳裏を過ぎる。
もし油断して足を取られては、その時点でゲームオーバーだ。
空想の世界とは違う。
「っあああああああっ!!」
俺は込み上げる恐怖を押し殺すように、己を奮い立たせてホブゴブリンに立ち向かう。
続く




