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7.……誰だって、触れられたくない話はあるんだ。

【登場人物】

・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。

・リエム:黒髪の魔法使い。

・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。

「完璧な作戦だったと思うんだが」

「何が完璧ですか。霧崎さんって結構残念な人なんですね」

 リエムは冷め切った目つきで俺を睨む。

 いつの間にか吃音は消え、普通に話せるようになっていた。

 だが俺としては甚だ遺憾である。


 余談だが、脱いだ着ぐるみはリエムの指示でギルドの倉庫に預けられた。アイテムボックスに格納することも考えたが「余計な枠を使わないでください」と怒られた。

 ブロンズ・ルーキーとして顔が利くことを悪用した気がしないでもない。

「どうしても俺らは悪目立ちするだろ。だったら強烈な情報で印象を塗りつぶした方が良いと思うんだが」

「その結果がクマの着ぐるみですか。もうちょっと賢いやり方は思いつかなかったんですか?」

「天才的なアイデアだろ」

「アホの権化です」

 リエムには俺の天才的発想が理解できなかったようだが……まあ良い。


 しかし、改めて周囲に意識を向ければ。やはりというか好奇の目で見られていることに気付く。

 リエムもそれは感づいているだろう。

 だが、彼女は表情を崩すこと無く言葉を返す。

「私は気にしていませんよ。元々黒髪という時点で慣れてます」

「……やっぱり着ぐる」

「しつこいです」

「……」

 辛辣な言葉を返され、何も発することが出来なくなった。

 何となく気まずくなり、俺は民間ギルド内に貼られたポスターに視線を送る。

 

 地域イベントの開催告知。

 冒険者向けに開発された、新発売ポーションの宣伝。

 解毒薬持参の推奨ポスター。

 大規模犯罪を引き起こした凶悪犯の目撃情報を求めている旨が記された貼り紙。


 また、クエスト攻略の最中に行方不明となった上位の冒険者についての情報も貼り出されていた。

 俺はそこまで上位の冒険者について詳しいわけではない。

 だが、記載された内容には「巨大なワイバーン討伐歴あり」や「オーガの巣窟を壊滅へと導いた実績あり」等の大きな功績が記されており、偉大な冒険者だったことは理解できた。

「……どれだけ実力のある人でも、クエスト中に居なくなってしまうことだってあるんだな」

 行方不明と記載されてこそいるが、恐らくもうこの世には居ないだろう。

 かつての世界では消息不明となってから7年の月日が経過した場合、死亡認定とされていた。この世界ではそのような制度があるのかは分からないが……。


「優れた冒険者であっても、たった石ころ1つに蹴躓(けつまづ)くような些細なことで命を落とすことだってあります」

 リエムはどこか達観した目で、遠くを見るような表情で思いを馳せる。

「たった石ころ1つ?」

「はい。”石ころ1つにも気を配れ”……一部の冒険者ではそう頭に叩き込まれているそうです。どんな些細なきっかけから命を落とすか分かりませんから」

「……そうか」

 そこで言葉を切ったリエムの表情には、陰りが帯びていた。

「才能のある者ほど、より一層気を配らなければならない……私が、それを伝えていれば……」

「リエム?」

 俺がそう呼び掛けると、リエムは目を見開いて身体を硬直させる。

 それから、何事も無かったかのように取り繕った笑みを浮かべた。

「あ……いえっ。な、何でも無い……です」

「ん、そうか」

 そう言葉を返すと、しばらくしてからおずおずとリエムは疑問を投げかけた。

「あの、気にならないんですか?私のこと」

「気にならないと言ったら嘘になるよ。お前はイレギュラーも良いところだ。少なくとも俺よりも異質な存在だからな」

「自分で言うんですか、それ」

「散々”ブロンズ・ルーキー”だって揶揄(やゆ)されてきたからな。自称しないのも変だろ」

「……ですね」

 リエムはどこか自嘲染みた、寂しげな笑みを浮かべた。

 それから、顔色を隠すようにつば広の帽子を被り直す。

「正直、触れて欲しいという気持ちと、触れて欲しくない気持ち。どっちもあります」

「秘密、って言ってたもんな」

「……はい。誰にも話したくないって思うんですが、悩みを共有できたらどれだけ楽だろうって……」

 どう言葉を返すべきなのか、難しい話だった。

 彼女の素性を知りたいというのはある。

 だが、それは本当に彼女が望むことなのだろうか?


 しばらく黙りこくっていると、リエムが引きつったような笑みを浮かべた。

「あっ、ご、ごめんなさい。自分から隠してるくせに、図々しいですよね……」

 そう消え入りそうな声を返すリエムの目元には、微かに涙が浮かんでいた。

「……俺はお前がどれだけの悩みを抱えているのか分からない。聞いたところで、全部背負えるかすら分からない」

「それは、当然……です」

「だからお前が、俺に話しても大丈夫だって思えてからで良い。まだ昨日出会ったばかりだからな」

 俺だって、彼女の胸中が完全に分からないわけではない。


 怖いのだろう。

 「本当にこの男に自分の悩みを打ち明けても大丈夫なのか」と、まだ完全に信用出来る段階に居ないから。


 俺にも、まだ誰にも打ち明けることが出来ていない話はある。


 ――こんな簡単なテストも答えられないのか。お前を不出来に育てた覚えなどないぞ。

 ――霧崎ってなんかつまんねーやつ。ロボットみたい。


「……誰だって、触れられたくない話はあるんだ」

 転生前の話など、一体誰に打ち明けられるのだろうか。

 現実として転生したことによるメリットは何ひとつ無かった。

 あったのは、俺の価値観を縛る足枷となるデメリットだけだ。


「霧崎さんもですか。話したくない話を持ってるんですか?」

「……まあな。お互い様だ」

 俺の返事を聞いた瞬間、リエムの強張っていた表情がどこか和らいだ気がした。

「少しだけ、安心しました。じゃあ、そうですね……」

 そこで言葉を切り、リエムはどこかいじらしい笑みを浮かべる。

 今まで見たことのない無邪気な笑顔に、胸の鼓動が跳ね上がるのを感じた。


「打ち明ける時は一緒に、ですねっ」

「……っ、ああ……」

「さて、行きますよっ。ギルドでのオリエンテーション、でしたね」

 まるでメドゥーサに見つめられた時のように、石の如く固まってしまった俺を余所にリエムは先へと進んでいく。

 理由はよく分からないが、彼女の中でわだかまりが少し和らいだようにも見える。

「霧崎さん、早く来てくださいっ」

「っ、分かってるよ」

 いつの間にか、俺の世界の中にリエムが入り込んで来ていたようだ。

 それが良いことなのか、悪いことなのか。

 俺には理解出来なかった。


 ☆


 やがて”新規登録案内”と示された受付へと訪れた俺達は、民間ギルドの職員から簡潔に依頼受注の流れについて説明を受けた。

「まず、お二人に冒険者手形を発行します。これが無いと冒険者としてクエストを受注することが出来ないのでお気を付けください」

 そう言ってギルド職員の女性は、俺とリエムの分の冒険者手形を手渡した。

 サイズで言えば、おおよそ免許証と遜色ない。

「分かった、助かるよ」

「ありがとうございますっ」

 俺とリエムはそれぞれ礼を言って、次にクエスト受注の手続きについて説明を受けた。


 想像していたクエスト受注と言えば、簡単に依頼を受け取ってすぐに成立……という印象だったが実際はそうでは無かった。

「クエストを受ける際には、住所、緊急連絡先、同行者の氏名……そして、先ほどお渡しした冒険者手形が必要となります」

「書類手続きばっかりだな」

 どうしてこう細々とした手続きをしなければならないのだろう。

 思わず愚痴を零すが、その都度リエムに冷ややかな目で睨まれた。

「何かあったら大変ですよね。命に関わる仕事なんですから」

「わ、分かってるよ……」

「分かってるならちゃんとしてください」

「ぐ……」

 徐々にリエムが辛辣になってきている気がする。

 どこか蛇に睨まれたような気分のまま、何とかオリエンテーションとして用意されたクエスト受注を完了させたのだった。


 続く

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