5.報告義務を放棄しろって言うんですかぁ。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「っ……」
「これで決着です」
体勢を崩し、芝生が敷き詰められた地面にへたり込んだ俺へとゴム製の短剣を突きつけるリエム。
彼女は感情を殺した目付きで俺を一瞥した後、静かに短剣を降ろした。
その瞬間戦闘モードが解除され、普段のおどおどとした雰囲気に戻る。
「ど、どう……です、か?ちょっとは、わ、私を……認めてくれます?」
「……ちょっとどころじゃない。なあ、お前は何者だ」
「それは、ひ、秘密……ですっ」
歯が立たなかった。
ブロンズ・ルーキーの異名を冠する俺は、彼女に一撃さえも与えることも出来なかった。
「……何が、期待の新人だ……はは……」
素性も知らぬ、謎の黒髪の少女にこうもあっさりと負けてしまうとは。
居丈高となっていた自分が、途端に情けなく思える。
そして、そんな彼女に関心を寄せる人物がもう一人。
「あのぉ、リエムちゃん」
「あっ、はいっ、な、なんですかっ」
レミィはどこか興奮冷めやらぬと言った様子だ。ぎらついた目つきで、鼻息荒くしてリエムへと近づく。
「私ともぉ、一戦しませんかぁ?ちょっと、リエムちゃんと全力で戦ってみたくなりましたぁ」
「おい、レミィさん!?」
唐突な提案に、俺は慌てて彼女の名を呼び掛ける。
レミィはギルド本部で勤務する職員とは言え、実力は折り紙付きだ。俺はもちろんのこと、熟練の冒険者にも引けを取らないだろう。
惜しむらくは、彼女が冒険者では無いということくらいのものだ。
だが肝心のリエムは及び腰となり、後ずさりしつつもレミィから距離を取る。
「い、嫌ですっ。あ、あんまりそんな見せびらかすものでもない、ですし」
「……ふぅーん……」
リエムが戦闘の申し出を断った途端、レミィの目が据わっていく。
それから、羽織ったスーツジャケットの内側に忍ばせていたゴム製のナイフを取り出すのが見えた。
音を殺し、リエムに奇襲をしかけるつもりのようだ。
「そぉんなつれないこと言わないでくださいよぅ~」
まるで緊張感の欠片も無い言葉とは裏腹に、明確な敵意を持ってレミィはリエムに奇襲をしかける。
短期決着。それがレミィの戦闘スタンスだ。
しかし。
「……あれぇ?」
「あの、だから……や、やらないですっ」
俺の時と同様に、レミィの放った突きが空を切る。
残像と消えたリエムは、いつの間にかレミィの背後に回り込んでいた。
どこか申し訳なさそうに引きつった愛想笑いを浮かべながら、彼女は逃げるように控え室へと続く扉に手を掛けた。
「ちょ、ちょっと着替えてきますね。で、ではっ」
そう言葉を残して姿を消すリエム。
取り残された俺とレミィは、お互いに顔を見合わせた。
「……なあ、レミィさん。あのリエムとか言う魔法使い……何者だ?」
そう問いかけるが、レミィも腕を組んで首を傾げていた。
「冒険者データベースには無かったはずですねぇ。黒髪であのレベル、ともなれば有名人でもおかしく無いはずですぅ……」
確かに、レミィの言うことはもっともだ。
だが、彼女は無名の冒険者として俺の前に現れた。きっとそこには、明確な意図があるように見える。
――なんだか、放っておくと、身を滅ぼしそうな……人に、見えて。
素性を隠し、そんな理由で近づいてきた彼女。
目的は分からないが、俺はリエムのことをもっと理解しなければならない気がした。
「なぁレミィさん。リエムのこと……世間にも、いや……ギルド内にも秘匿にして貰っても良いか」
「うぇー……報告義務を放棄しろって言うんですかぁ」
「頼む」
レミィは逡巡の表情を浮かべていたが、やがて観念したようだ。
頭を軽く掻いた後、呆れたようにため息を付く。
「分かりましたよぅ……私からは上手く誤魔化しておきますぅ。ということは、リエムちゃんと……」
「ああ。俺はリエムとパーティを組むことにする」
俺がそう宣言すると、レミィは俺に背を向ける。
それから振り向いて、俺に語りかけた。
「ようぅーやくですかぁ。長かったですねぇ……」
「悪かったよ」
レミィの目つきが、途端に据わっていく。
「期待の新人――ブロンズ・ルーキーと、世間から見れば”魔力量に欠けた”黒髪の魔法使い……好奇の目で見られる可能性だってあるので、意識しておいてくださいね?」
「……分かってる」
まさか釘を刺されるとは思わず、喉が詰まるような気分だった。
こうして、俺は晴れてパーティを結成するに至った。
☆
再び面談室に戻った俺とリエムは、改めてレミィから冒険者パーティを結成する上での説明を受ける。
「霧崎さんは言わずもがな、リエムちゃんも何となく分かっていそうな気がしますがぁ……改めて説明しますねぇ?」
「ああ、お願いするよ」
俺が話を促すと、レミィはバインダーの中から一枚の説明用紙を取りだした。
そこには”冒険者一行に関わる契約同意書”という表題が記されている。
「まず、冒険者は原則として”2名以上での行動”を義務づけられていますぅ。リエムちゃんは理由が分かりますぅ?」
話を促されたリエムは、動じることも無くこくりと頷いた。
「依頼をこなしている最中、何かトラブルに巻き込まれた時……報告する人が必要となるから、ですね……っ」
「……?」
レミィの問いかけに回答を終えた瞬間、リエムの顔色に陰りが生まれた気がした。
だがそれもつかの間のことで、気付いた時には元の表情に戻っていた。
リエムの回答を聞いたレミィは感嘆したように目を丸くして頷く。
「ほぉー、やっぱりリエムちゃん、冒険者について詳しいですねぇ。この制度があるので、ミスター拘りマンの霧崎さんはパーティメンバーを探していた訳だったんですねぇ」
「もういいだろ俺の話は」
「ま、晴れてメンバーも結成できたので良いですけどぉ。その分きっちり仕事はして貰いますよぅ」
「分かってるよ」
俺の返事を聞いたレミィは満足したような笑みを浮かべ、再び説明に戻る。
「冒険者が受けることの出来る依頼は、大きく分けて2つですぅ。薬草の納品や、土地の調査みたいな、誰でも受けられる依頼とぉ……はい、霧崎さん。もう1つは何でしょぉ?」
「俺達の情報を分析した上で、民間ギルドから直接俺達に依頼が届く形だろ。”采配依頼”と”任意依頼”の2つだ」
「ま、霧崎さんなら答えられますよねぇ」
俺の解答を聞いたレミィは、肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
それから、念を押すように改めて俺とリエムを交互に見やる。
「あのぉ、リエムさんの実力に関しては”霧崎さんのお願い”で隠してますので、易しめの依頼が多くなると思いますがぁ……大丈夫ですかぁ?」
「まあ肩慣らしだと思えば問題ない。リエムもそれでいいな?」
難易度の低い依頼を選ぶこと自体に問題は無い。
一応確認のため、リエムに視線を送るが――どう言う訳か、彼女の表情は強張っていた。
「難易度……難易度、ですか……」
「リエム?」
「ん?あっ、あ、なんでもないですっ。私もそれに関しては異論ありませんっ」
相も変わらず、どこか取り繕うような作り笑いを浮かべるリエム。
先ほどから、リエムは何かを隠しているような表情なのが気になる。
だが、きっと頭ごなしに問いただしたところで彼女は答えないだろう。
そんな中、レミィは説明書の文字をなぞりながら、話に割って入る。
「この”采配依頼”の仕組みが出来たのもつい最近のことなんですけどねぇ。自分の実力以上の依頼を受ける人、というのも少なくなかったのでぇ」
「だろうな」
それは散々、養成学校での座学で聞かされた内容だった。
自分の持ち合わせた実力を上回る依頼を受けようとする冒険者、というのは少なくない。
いつの時代も夢を見て無茶をする無謀者というのは絶えないものだ。
「実力以上の依頼を受けると言うことのリスクを考えない冒険者というのは少なくない。自らの命を危険に晒すリスク、と言うだけじゃ無いんだろ」
「相変わらず霧崎さんは先々まで物事を見据えてますねぇ……そうですよぉ。冒険者が死んではい終わり、という訳じゃ無いです〜。魔物を刺激したことから、更なる二次災害が起きる可能性もあるんですぅ。そんな問題が多発したものですから、こぉんな面倒な仕組みにならざるを得なかったんですねぇ」
「どこの世界でもリスクというものは存在するからな……」
養成学校で居た時にも「自分の実力以上の依頼を受けることが出来ない」という仕組みに不満を漏らす冒険者志願の学生は少なくなかった。
誰だって夢を見たいのだ。
俺だってそんな者達を否定する気は無いが……。
「……実力以上の……」
そんな俺達の話を、リエムは神妙な表情で聞いていた。
まるで「自分にも関係がある」と言いたげな表情が、脳裏にこびりついた。
続く
【topic】
冒険者は原則として、2人以上で依頼を遂行することを義務づけられている。
パーティを結成した際はギルド規定に基づいて届け出を行う必要がある。