3.なんだか、放っておくと、身を滅ぼしそうな……人に、見えて。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「あ、あの、えへっ。よろしくお願いします」
へらへらと不器用な愛想笑いを浮かべて、ぎこちない会釈をする少女が目の前に居る。
目元まで隠したつば広の帽子。全身に纏う紺色のコート。
確かに、様相は魔法使いそのものだ。
だが、腰まで伸びた髪色は黒髪である。
絶対的な魔力量に欠けていることの証明を、隠すことも無く堂々と見せびらかしていた。
「……お前は髪色を隠したりしないんだな」
「ん、えっ?」
「いや、何でも無い」
その言葉の真意を理解出来なかったのだろう。彼女は目を丸くして首を傾げた。
俺――霧崎 掠が知る黒髪の冒険者達は皆、自らの素性を隠すため髪を染めていた。
そうでもしないと、誰もパーティなど組んでくれないからだ。
しかし目の前の彼女は純粋なのか、それとも自らの信条に依るものか。黒髪を隠すことさえしていない。
「じゃ、私は一旦お暇しますねぇ。また何かあったら呼んでくださぁい」
彼女を招き入れたレミィは、のんきに欠伸しながら部屋を後にした。
残ったのは、俺と件の彼女だけ。
彼女はきょろきょろと室内を見渡すと言った不躾な振る舞いをしながら、手持ち無沙汰に立っていた。
「……そこの椅子に座れ」
「はっ、はいっ」
態度だけで言えば落第点も良いところだが、俺が求めるのは実力だけだ。
……正直、彼女にそんな素質があるように思えないが。
「なあ。お前の名前はなんて言うんだ?」
「あっ、私は……リエムってい、いいますっ。一応魔法使いで、っ」
「魔法使いなのは見れば分かる」
「え、えへっ。そうですかっ」
彼女――リエムは頬を引きつらせて、困ったような笑みを浮かべた。
先ほどから取り繕うような笑みばかりで、彼女の本心は一向に見えない。
「リエム、か。お前はどうして、俺のパーティに志願しようと思った?お前も名誉目当てか?」
客観的評価で見れば、”ブロンズ・ルーキー”の称号を冠する冒険者だ。そんな俺のパーティとなり、虎の威を借りようとする狐共も少なくはない。
自らの名誉のため、媚びを売ってくる者は何度も見てきた。
正直、そんな連中には辟易としているのだが……。
そんな中、リエムは表情を曇らせて顔を背けた。
「……名誉なんて、いらない……」
「ん?」
ボソッと呟いた言葉の意味。それを探ろうとするがリエム自身は深掘りされるのを嫌ったようだ。
慌てて首を横に振って、取り繕うような言葉を返す。
「あっ、い、いえ。何でも無いですっ。ただ私は、霧崎 掠さんに興味を持って……っ」
「俺に?」
「は、はいっ。なんだか、放っておくと、身を滅ぼしそうな……人に、見えて」
その回答は、俺が想定していたものと大きく異なっていた。
「……初めて言われたな。そんな言葉」
「あ、あっ。いえっ、ごめんなさい!出過ぎたことを言い、ましたっ」
想定外の回答に面食らった一方、内心では静かな怒りの炎がこみ上げるのを感じていた。
……黒髪如きに、心配される理由なんかない、と。
思わず彼女を見下していることに気づき、そんな自分が恥ずかしくなった。
怒りと恥じらいが心の中で複雑に絡み合うのを自覚しながら、俺は彼女に話を続ける。
どちらかというと、身の程知らずな彼女に対する説教に近いのだろうが。
「なあ、リエム。お前は冒険者になると言うことがどういうことか分かるか?」
「……は、はい?」
「自分の髪色のこと、お前は理解してるか。魔物と戦う以上、魔法は必要不可欠だ。”炎弾”や”凍結弾”のような、外界に作用する魔法。”跳躍力倍加”や”筋力増加”のような、身体能力向上の効果を持った魔法。また、冒険者にとってほぼ必須スキルの”アイテムボックス”――物体格納魔法。あらゆる魔法技術が存在するが、その前提にあるのは”魔力”だ」
「ま、まあ、完全に理解しているとは、言えない、です……」
リエムは自信なさげに俯いた。
そんな彼女に追い打ちを掛けるように、俺は自分の髪――ブロンズヘアを触りながら話を続ける。
「髪色は、魔力量の証明……世間の常識だ。魔力無き者は、冒険者として不相応と言わざるを得ない」
「っ、知って……っ」
俯き、悔しそうに唇を噛みしめるリエム。
やがて、彼女は真っ直ぐな瞳で俺を見据えた。内に秘めた感情をぶつけるように、俺に言葉を浴びせる。
「知ってますっ!!魔力が無い人はっ!冒険者になっちゃ駄目なんですかっ!魔法使いになっちゃ駄目なんですかっ!見た目だけで、才能を勝手に判断しないでくださいよっ!!」
「っ、な……」
おどおどとした彼女から、まさか刃向かうような言葉が発せられるとは思わなかった。
面食らう俺を余所に、彼女は話を続ける。
「見た目だけじゃ測れないこともある!気付かないことだってある!勝手な憶測だけで、全部分かったような気にならないでって言ってるんです!!」
「はあ?それはお前が言える立場か?才能がある奴は自分から才能ありますって言わないだろ」
一方的に言葉をぶつけられたことに、まさかこれほどまでに苛立ちを覚えるとは思わなかった。
売り言葉に買い言葉とは言うが、俺も彼女に対抗して言葉をぶつける。
だが、リエムの感情の昂ぶりは止まらない。
机に両手を叩き付けて、思いの丈を俺にぶつけてくる。
「私の話じゃないですっ。あなたが主観だけで切り捨てた人達、そんな人達にだって磨けば光る者はあったかも知れないっ!素質を見出すことが出来なかったのはあなただって言ってるんですっ!」
「お前はいきなり現れて、何を説教垂れているんだ。より円滑に依頼をこなすことが出来るようにメンバーを揃えるのは当然だろ。勝手な憶測でものを言うな」
「勝手な憶測じゃないっ!私だって同じ道を――」
「はぁい、すとーっぷ」
「むぐ!?」
収まらない口論に割り言ったのは、廊下で待っていたレミィだった。
いつの間にか音を殺して、レミィの背後に回り込んでいたようだ。彼女の口を押さえ、柔らかな笑みを浮かべる。
「リエムちゃんっ、見た目に依らず元気ですねぇ~……でもぉ、一方的に言葉をぶつけるのは良くないでしょぉ?面談ですらないですよぅ」
「う、あ、はい。ご、ごめんなさい……」
静かにレミィに諭されて、リエムは申し訳なさそうに項垂れる。
リエムの方は落ち着いたと判断した彼女は、次に俺へと冷ややかな目線を向けた。
「霧崎さんも霧崎さんですよぅ。”黒髪だから”って見下して話してたでしょぉ。駄目ですよぅ、そんな態度で接しちゃ」
「……そ、そんなつもりじゃ」
「態度に出てましたぁ。だからリエムちゃんもムキになったんでしょぉ?反省してくださいねぇ」
「……悪かった」
返す言葉も無く、俺はリエムに深々と頭を下げる。
リエムは納得いかなさそうにむくれていたが、しばらくしてから俺の謝罪を受け入れたようだ。
「あ、はいっ。まあ、私こそ、ごめんなさい。ムキに、なりました」
「いや、見た目だけで判断したのは俺だからな。ただ、俺だってパーティメンバーはきちんと選定したい……それは分かるよな?」
「そ、それは分かります。なので……」
そこでリエムは言葉を切り、おずおずと俺の様子を窺うように上目遣いで提案する。
「あの、ちょっと……模擬戦しませんか。そこで、ちゃんと判断して、ください」
続く