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2.黒髪の魔法使いだって?あまりにも論外すぎる。

 魔物の討伐。

 ある地域の地質調査。

 行方不明者の捜索。

 新規事業を興す為の、地域開拓。

 世界各地に、あらゆる依頼が舞い込む。

 そうした沢山の依頼を引き受けて、冒険者に橋渡しする仲介役……それが「民間ギルド」の主な役割だ。

 だが、目の前に居る銀髪の女性――レミィは民間ギルドの職員ではない。


 彼女は、統括部門である「ギルド本部」に所属している人間だ。

 ”ブロンズ・ルーキー”と呼ばれる俺――霧崎 掠のパーティメンバー選定という仕事の補助を行う為、こうして俺の世話を焼いていると言う訳である。

「こーれで累計10人抜きっ。不名誉な歴史ですねぇ」

 彼女は肩にかかるまでの長さがある銀髪を指先で弄りながら、ただひたすらに俺を煽る。

 実際にその言葉は俺の心に深々と突き刺さるので止めて欲しいというのが本心だ。

「悪いって。悪かったって」

 もうネチネチと執拗に責め立てられるのは勘弁だ。そう諸手を挙げながら、俺は叶うことのない提案をする。

「それならさ、レミィさんがパーティに入ってくれたら有り難いんだけどな。実習とは言えパーティ組んだことある分、勝手は分かるし」

「……それ、知ってて言ってますよねぇ?」

「まあな」

 わざとらしく「はぁー……」と大きなため息を付きながら、レミィは俺の額に人差し指を突き立てた。

「私はあくまでも”ギルドからの仕事で民間ギルドに来てるだけ”なんですよぅ。霧崎さんの技量はよぉーく分かっているんで、私も頑張ろぉって言えるだけなんですがねぇー……?」

「分かってるよ、ちゃんと探すって」

「霧崎さんが養成学校でお友達作ってたらぁ、こぉーんな面倒な仕事しなくて済んだんですがぁ」

 鼻につく間延びした言葉遣いで、そう責め立てるレミィ。

 ぐうの音も出ない正論だが、俺には俺の言い分がある。

「冒険者は馴れ合いじゃない。魔物討伐はごっこ遊びで完結するものじゃないんだぞ」

「面倒くさいですねぇ……転生者だかなんだか知りませんがぁー、高望みしすぎですよぅ」

「転生者関係ないだろ。あくまで俺の性分だ」

 そう、俺の性分だ。

 俺自身が日本からの転生者だからと言う理由ではない。

 

 建設現場の事故に巻き込まれ、不本意な形で命を落とした俺が次に目を覚ましたのは、この異世界とも呼べる場所だった。

 

 転生したという状況を飲み込んだ時、真っ先に抱いた感情は「この異世界における両親への申し訳ない気持ち」だった。

 何せ、本来生まれるはずだった魂を押し退けて、俺の魂が宿っているのだから。

 聞けば出産の際に「様態が急変し、一時期は命が危ぶまれていた」との話だ。その時に魂が移り変わったのだろう。

 

 また、転生した当初は「魔法が存在する世界」ということに、少年心がくすぐられる気持ちもあった。

 だが、現実はそう甘くない。

 魔法や魔物が存在する以上、それを前提とした法整備が成されていた。魔法も魔物も生活の一環であり、特別感など何一つ無い。

 前世の知識など何一つ役に立たなかった。全てがリセットされたような気分だった。

 そんな世界で、俺が唯一前世から引き継いだものと言えば。



 ――霧崎の名を継ぐものとして、常に完璧であれ。その名に恥じる行動をするな。


 

「……」

「霧崎さーん?おーい、戻ってきてくださいよぅ」

 いつの間にか、自分の世界に浸っていたようだ。レミィが不思議そうな顔をして、覗き込む形でじっと俺を見ていた。

 どこか気恥ずかしさを覚え、俺は慌てて彼女から顔を逸らす。

「ん?ああ、悪い。少し物思いに耽ってた……」

「相変わらず考え事が好きですねぇ。変に難しく考えるのは悪い癖ですよぅ」

「善処するよ。レミィさんには悪いけど……またパーティメンバーの件、頼むな」

 いつまでも面談室を借りて雑談を続けているのも、迷惑というものだろう。

 早々にそう話を切り、俺は席を立とうとした。


「あっ、待ってください霧崎さんっ」

 だが、レミィは慌てて俺を引き留める。

「どうした?」

「実は、予定外なんですけどぉ……霧崎さんと是非面談したい、と言う方が居てぇ……」

「それは別に良いが……大丈夫なのか?」

 大丈夫、というのはまだ面談室を借りても良いのか。という疑問だ。

 ギルド側のタイムスケジュール的にそれは問題ないのだろうか?

 そういうニュアンスを含めた質問だったが、レミィは苦笑いして頷いた。

「まぁー……こちらとしても早々に終わらせたい仕事ですから、ねぇ?」

「ごめんって」

 しかし、レミィの表情が珍しく曇ったものとなった。

 その表情に不穏なものを感じ取り、思わずこちらとしても顔が強張ってしまう。

「ですがぁ、ちょーっと……というか、かなり問題がありましてぇ……」

「……なんだ?」

 レミィが問題だというくらいなのだから、相当なのだろう。

 じっと続く言葉を待っていると、彼女は重い口を開いた。

「えっとぉ……”黒髪”……なんですよねぇ。その人」

「論外だ」

「ですよねぇ!?そう言うと思ってましたよぅ!でもその人、どうしても一度だけってぇ……」

 申し訳なさそうに眉を顰め、レミィは怖ず怖ずと俺の顔色を窺うようにそう尋ねる。

 黒髪という時点で、正直戦闘力には期待できない。


 何せ、この世界において髪色というのは”その者が持つ魔力量の証明”という役割を持つからだ。


 まず、ブロンズ・ルーキーこと俺の髪色がブロンズヘア。この髪色を持つ冒険者という時点で、上位数%しかいない希有な存在だ。

 ……まあ、目の前に居る銀髪のレミィは、そんな俺よりも格上なのだが。


 そして、黒髪というのは。

「黒髪という時点で”魔力量なんてほとんど無い”って言ってるようなものだ。役職は何だ?剣士か?シーフか?」

「魔法使い、ですってぇ」

「え?」

 ますます意味が分からない。

 総魔力量が乏しい者が選ぶ役職ではない。何なら、冒険者という道を選ぶこと自体が間違いだと言いたい。

「黒髪の魔法使いだって?あまりにも論外すぎる」

「私だって疑いましたよぅ……でもぉ、何度確認しても合ってるみたいでぇ……」

「そこまで矛盾しているとかえって気になるな……分かった、会うだけ会ってみるよ」

 どうあがいても断る未来しか見えないが、あまりにも常軌を逸した存在に興味が湧いた。

 俺の返事を聞いたレミィは一瞬安堵の表情を浮かべた後、ニヤリと笑う。

「ふふぅ、霧崎さんも好奇心旺盛ですねぇ。気になりますかぁ、気になりますよねぇ」

「お前一瞬安心した顔してたの見逃してないからな」

「何のことか分かりませぇんっ。では呼んできますっ」

 俺の突っ込みにしらを切り、クルクルと踊るようにその場を後にするレミィ。

 

 再び俺は、ぽつんと一人面談室に取り残されたのだった。

「……いや、絶対何かの間違いじゃないか?」

 疑問に思うところはあるが、それは実際にあってから確かめれば良いことだ。


 ☆


 待合室の一角に、ちょこんと彼女は座っていた。そわそわと視線を左右させて、どこか落ち着かない様子だ。

「あのぉ。霧崎さん、会ってくださるそうですよぅ」

 私はつば広の帽子を深々と被った彼女にそう呼び掛ける。

 すると、帽子の隙間から彼女は目元だけを覗かせた。

 くりくりとした大きな目をした、人形のように可愛らしい顔付きの少女だ。

「えっ、あぅ、ほんと、ですかっ」

 自ら志願したにも関わらず、彼女はびくりと身体を震わせてそう確認してきた。

 

 頼りない。

 そう言わざるを得ない第一印象だった。


(堅物の霧崎さんのお眼鏡には適わないだろうなぁ……)

 ふと、脳裏にそんな感想が過る。

 常に他人からの視線に怯えた表情を浮かべており、自信など一切感じ取ることが出来ない。

 恐らく、霧崎と最も相性が悪いタイプだろう。

「ほんとですよぅ。直ぐに案内しますねぇ」

「あっ、は、はいっ。お願いしますぅ」

 魔法使いの彼女は、これでもかと言わんばかりに頭をペコペコさせる。

 その動作に伴って、つば広の帽子も激しく揺れる。その結果……。

「痛っ」

「あっ、ご、ごめんなさいっ!わわっ」

 私の頭に帽子のつばがクリーンヒット。更に帽子が彼女の頭から脱げ落ち、床にぱさりと落ちる。

 わたわたと慌てながら帽子を拾い上げ、恥ずかしげに再び帽子を深々と被った。


「す、すみませぇん……」

「あはっ、良いですよぅ。緊張しなくて良いですからねぇ?」

「あっ、は、はいっ。お願いしますっ」

 彼女は緊張を押し殺すように、肩下げバッグにぶら下げたお守りを強く握りしめた。

 長期間愛用していたのだろうか?それは土煙を被り、かなりボロボロになっている。

(随分と愛用してるんだなあ)

 思わずそんな感想を抱きながら、私は彼女を引き連れて面談室へ案内することにした。


 その時、一番大事なことを確認していないことに気付く。

「あ、そう言えばぁ……あなたのお名前って何ですかぁ?」

「あ、わ、私……ですねっ。えと、その……」

 彼女はどこか落ち着かない表情で視線を左右に動かした後、ぺこりと一礼してから自らの名前を名乗る。


「わた、わ、私は……リエム。リエムって名前で、です。役職は魔法使い、って言いましたっけ。これ、は、はは……」

 自嘲にも似た笑みを浮かべながら、リエムと名乗る魔法使いはそう深々と頭を下げた。


 拘りの強い期待の新人に、おどおどびくびくとした頼りない魔法使い。

(正直、ろくな結末になるとは思わないけどなあ)

 

 霧崎もため息。

 私もため息。

 そして目の前のリエムと名乗る魔法使いも、ため息を付いているだろう。


 ……どうしてパーティを決めるだけなのにこうも足踏みしているのだろう。

 

 そんな気怠い気持ちをグッと押し殺し、ブロンズ・ルーキーの居る部屋へと歩みを進めていく。


 続く

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