19.抱えた罪をすべて受け入れて、共犯者になるか。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:紫苑の花束における魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
ぼんやりと、何か濁ったようなノイズが聞こえる。
自らの意識だというのに、コントロールが出来ない。それを無理矢理動かして、俺は周囲から聞こえる情報に注意を向ける。
誰かが会話しているような声。
何かを動かすような音。
軋んだ扉がゆっくりと閉ざされるような音。
「……ん」
降り注ぐ光が刺激となり、俺はゆっくりと瞼を開いた。
「……あ、起きましたねぇ。おはようございます、お寝坊さん」
「レミィさん、か……」
それから、ゆっくりと辺りを見渡す。
無機質な純白のビニール材で覆われた壁材。どこか他人を遠ざけるような空間は、少し前に見たばかりだ。
どうやら、俺はギルドと連携している療養施設に運ばれたようだ。
思考が追い付いたのを表情で悟ったのだろう。レミィは安心したように小さく息を吐いた。
「よく生きて帰ってこれましたねぇ。命を落としていても、おかしくなかったですよぅ」
「……本当に、だよ。はは……」
思わず、乾いた笑いが零れる。
レミィもつられて苦笑を浮かべていたが、途端に真剣な表情を作った。それから、普段の態度とは大きく異なり、礼儀正しく深々と頭を下げる。
「お二人の独断とは言え、迅速な対応のおかげで困難を乗り切れたこと。本当に、感謝しています。ありがとうございます」
「……ああ」
感謝の言葉を真っすぐ伝えられても、俺はそんな曖昧な返事しかできなかった。
嬉しくない訳ではない。
俺にとって、それよりも先に確認したいことがあったからだ。
「……レミィさん。”紫苑の花束”というのは、ギルドにとってどんな存在だった?」
名前を聞いたことが無いわけではない。
かつて助けられたこともあり、俺にとっては憧れの存在だったから。
リーダー格の金髪の青年……ディファンを中心として構成された、有名なパーティだった。
数々の実績を残した彼らは、6年前に突如として消息を絶った。
彼女に関係する話ならば、知らなければならないと思っていた。
「……霧崎さんに言っていいのか分かりませんが……リエムちゃんが関わってますもんねぇ……」
俺の問いかけに葛藤する様子を見せた後、レミィはこくりと頷いた。
「”伝説の冒険者パーティ”だなんて、世間では言われていますが……正直、ギルドにとっては厄介者極まりませんでした。何度も仲間を追放したり、他のパーティからメンバーを引き抜いたり。その度に面倒を起こしてたらしいです」
「……そんなことが……」
さらりと告げられた真実に、イメージの中の”紫苑の花束”が崩れ去るのを感じる。
茫然とした俺の心情を見透かされたのか、レミィは慌てて両手をばたつかせた。
「あっ、でもっ。ディファンさんだけは大人な対応をしてくれていたんですよぅ。どっちかというと、他の……」
「……リール、か」
そう話を促すと、レミィはこくりと頷いた。
「今でこそ別人ですが……あの子は相当やらかしてくれたみたいですねぇ。相当、ねぇ」
「そんな過去が……」
リエムの抱えた罪が見えてきた気がする。
……だとしたら、あの時。
俺がパーティ加入を断った冒険者達。彼等がリエムを取り囲む騒動が起きた時の話だ。
レミィが何を耳打ちしたのか、というのも想像できる気がする。
「……レミィ。あんたリエムに、封じ込めた力を解放しなくて良かったですね、とか言ったんだろ?」
「呼び捨て、ですかぁ……」
「過去を知っておきながら、随分と酷いことが言えたもんだな?」
まさか敵視されるとは思っていなかったのか、レミィは困ったような笑みを浮かべる。
それから降参したように諸手を挙げた。
「冒険者時代にちょっと紫苑の花束——と言うよりもリールちゃんとですねぇ……と、ひと悶着あったのでぇ。まあ私怨はありますねぇ」
「私怨か」
「あの時ほど『調べなきゃよかった』と思ったことはないですねぇ。無知は罪と言いますがぁ、知ることによって生まれる罪もあるんですねぇ」
そう自嘲染みた言葉と共に、レミィは乾いた笑いを零した。
ひとしきり笑った後、レミィはちらりと扉へと視線を向ける。
「さ、今の霧崎さんには選択肢がありますよぅ。リエム……リールちゃんの正体を周りに知らせて彼女の罪を世間に裁いてもらうのか、それとも……」
そこで言葉を切り、続いて俺の顔をじっと見た。
「リールちゃんの抱えた罪をすべて受け入れて、共犯者になるか。のどっちかです~」
「抱えた罪……」
「リールちゃんは先ほど部屋から出ていきましたよぅ。もうここには居られないと分かっているので、街から出ていくのかもしれないですねぇ」
「……っ!」
その言葉を聞いた瞬間。
自分でも驚くほど、気付けば体が動いていた。
……などとカッコが付けばいいのだが。実際は完全に治癒していない身体ではスムーズに起き上がることが出来なかった。
鈍い音が響く。
勢いよく叩きつけられるようにベッドからフローリングの上に転がり落ちた。
「っ、ぐ……!」
「だ、大丈夫ですかぁ!?」
鈍い音が響き、さすがのレミィも心配した表情で俺の元へと屈む。
だが、休んでいる暇はない。
「っ、動けよ……動けよっ……!」
いつだって、無茶ばかりだ。
いう事の聞かない筋肉を無理矢理働かせ、覚束ない足取りで立ち上がる。
今立たなかったら、一生後悔する。
「っ、あ、ぁがっ……!」
全身の筋繊維と言う筋繊維が引きちぎられるような激痛が蝕む。
声さえまともに出すことが出来ず、己が放った”ブロンズ・スパーク”の代償を全身で実感する。
だが、そんなことどうでもいい。
「……はぁ、もう。無茶が好きですね、霧崎さんはぁ……」
レミィはそう苦笑いを浮かべると共に、静かに俺の肩に手を置いた。
それと同時に暖かく柔らかな光が、俺を包み込む。
彼女がかけた魔法に、少しだけ痛みが和らぐ。
「……何をしたんだ?」
「ちょーっとした痛み止め代わりですよぅ。神経にちょちょいのちょいっと作用させただけですぅ」
「簡単そうに言うなよ……ありがとな」
「効果が切れた後のことは知りませんからねぇ~」
レミィは「しっしっ」と手で俺を追いやるような仕草をする。
彼女にもう一度だけ頭を下げて、俺はふらつく身体に鞭打って早々に部屋を出た。
☆
これほどまでに誰かの為に一生懸命になるのは初めてだった。
「っ、ぜっ……は、っ」
少しでも油断すると、バランスを崩して倒れ込んでしまいそうだ。
街中に立つ建物の支柱に体重を預け、少しずつ歩みを進める。
もし、万が一街から姿を消そうものなら、もう二度と会えないだろう。
「あっ、あの……霧崎 掠さん、ですよね」
「ん……?」
今は足を止めている暇はないのだが。
そう思いながらも、俺はちらりと声のする方に視線を向けた。
声の先に居たのは、1人の冒険者である少年だった。
髪色で言えば栗色。標準的な冒険者の髪色、と言ったところだ。
誰だか分からなかったが、左腕に巻いた包帯を見ておおよその推測が付いた。
「……お前は、魔物と戦っていた時の……」
「その節は、本当にありがとうございました」
彼は、魔物と戦っている際に窮地を救った冒険者だった。
本来なら、もう少し時間を取っても良かったのだが。
「悪い、話は後にしてもらえるか?少し急ぎの用事がある」
「……それは、黒髪の……魔法使いの子、ですか?」
「……」
改めて問いかけられると、どこか気恥ずかしくなる。
だが否定する理由もなく、俺は黙ったまま頷いた。
すると、冒険者の彼はある一角を指差す。
その指が指し示すのは”魔物発生区域”へと繋がる山林へと続く場所だった。
「魔法使いの子なら、あちらへ行くのを見ました」
「……っ!」
思わぬ情報が得られたことに、声が詰まるのを感じた。
何故か分からないが、瞳から涙が零れる。
「……ありがとな」
「っ、え、あ……お気をつけてっ」
途端に涙を零し始めた俺に、どう反応するべきか分からないのだろう。戸惑った様子のまま、彼は俺に会釈して見送った。
……誰かを助けるというのも、悪いものじゃないな。
涙を拭い、ふらつく足取りでリエムが辿った軌跡を追う。
そう、リールじゃない。
俺が知るのは、黒髪の魔法使い……リエムだ。
続く