18.私の本当の名前は、
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
転生前の記憶が蘇る。
俺……霧崎 掠は、いわゆる大企業の御曹司だった。
「霧崎の名に恥じぬ行動をするな。常に他人から見られていることを意識しろ」とはよく言われていた。
完璧であることを求められ、いつも鎖に縛られているような気分だった。
そんな価値観が染み付いていた俺は、他人にも完璧を強要するようになっていた。
「どうしてこんな簡単な問題が理解できない。俺が出来るんだ、出来ないなんて言うな」
と、いつだって他人の気持ちを蔑ろにしてきた。
だが、他人に寄り添うことを知らない俺に、一体誰が付いてくるというのだろう。
「お前に合わせる側の気持ちも考えろよ」
「霧崎君って、話してると疲れる。皆しんどいって言ってるのに聞かないよね」
「霧崎ってロボットみたいでつまんねー」
皆、俺の行動について行くことが出来ずに距離を取っていた。
その時でさえ俺は「なにを弱音吐いてるんだ、情けない」という感想を抱いていた。
見切りを付けられていることさえ、気付いていなかったんだ。
罰が当たったかのかもしれない。
「おいっ、危ない!!逃げろ!!」
「え?」
工事現場の傍を通りがかる際、突如として崩れ落ちた鉄骨に瞬く間に押しつぶされた。
その時は何が起こったのか、理解さえ出来なかった。
痛いとか、苦しいとか、そんな感覚も一切なかった。ただ、俺が事故に巻き込まれて死んだという現実だけが、そこに残っただけだ。
血みどろの地面に倒れ伏した時に見た朧げな視界が、生前最期に見た景色だ。
(一体、何の為に生きたのか。俺は何を積み重ねることが出来たのだろう)
結局、俺は自らのエゴに他人を巻き込み、不快な思いをさせたに過ぎなかった。
転生した後だってそうだ。
この世界に転生してからしばらくして、自我を取り戻した俺は、両親にこう言い放った。
「俺は転生者だ、■■という名前ではない。霧崎 掠という名前がある」
と、ここでも自らの信念を最優先した。
だが、長い月日をかけて育んできた命の正体が、素性の知らぬ人間だと知って受け入れられる人間がいるだろうか。
「……返してください。私の息子を……■■を、返してください」
「お前は、俺達の子ではないのか。一体、俺達は何を育ててきたんだ……」
その事実を知った、この肉体における本来の両親。
彼らの絶望した表情は、生涯絶対に忘れることは出来ないだろう。
何も言わなければ、何も伝えなければ、彼らは幸せだっただろうか?
俺が最善だと考えて選ぶ行動は、彼らにとっての不幸をもたらしただけだったのではないか。
正しさを、徐々に見失っていく。
それでも、変える方法が分からないから貫くしかなかった。
その結果生まれたのが、何かと拘りが強く面倒な性格のブロンズ・ルーキーだった。
だけど、それももう終わる。
俺が死ぬことによって、もう誰も俺のせいで迷惑することもなくなるはずだ。
(もう、これで良いんだ)
☆
☆
☆
しかし、どれだけ経っても想像するような痛み、苦しみは訪れなかった。
俺は拒んでいた現実を受け入れるように、静かに目を開く。
「……無茶しないでください、って言いましたよね。どれだけ、自分を傷つけるような行動を取れば気が済むんですか」
視界に映るのは、黒髪の魔法使いが俺を庇って立つ姿だ。
彼女は両手に杖を握り、強固な障壁を展開させてホブゴブリンの重撃を受け止めていた。
……杖?
……障壁?
理解できない情報が、思考の中に入り込む。
リエムが持っていた武器は、短剣だったはずだ。
リエムの魔力量で、障壁なんて展開できるのだろうか。
「……リエム、だよな?」
恐る恐る、俺は彼女に問いかける。
だが、リエムは静かに首を横に振った。
「……違います。私はリエム、と言う名前ではありません」
リエムから伸びる黒髪が、光を帯びる。鮮やかな薄紫色のグラデーションに覆われ、彼女の髪色が変化していく。
いつか見たはずの髪色に変わっていく。
リエムと名乗る謎の冒険者は、鍔広の帽子を無造作に投げ捨てる。
「黙っててごめんなさい。隠しててごめんなさい。もっと早く、言うべきでした」
長く伸びた艶のある薄紫色の髪が、ふわりと舞い上がる。
リエムが持つ両手杖を中心として、風が吹き荒ぶ。
「私の本当の名前は、リール。伝説の冒険者パーティ”紫苑の花束”における、魔法使い……ですっ!!!!」
リエム——いや、リールがそう叫ぶと共に、巨大な魔法陣が彼女の眼前に構築される。
今までに見たことのない、巨大な魔法陣が金色の光を散らしながら虚空に刻まれる。
幾何学的な模様を刻みながら、ダンジョンコアに負けぬほどの光を放つ。
「っ、いけえええええええええええっ!!!!」
光は爆ぜる。
それは”炎弾”と呼ぶには、あまりにも巨大だった。
それは”炎弾”と呼ぶには、あまりにも鋭い火力を持ち合わせていた。
それは”魔法”と呼ぶには、あまりにも強大だった。
「グガッ、ガ……!」
リールが放った”炎弾”と思われる魔法は、灼熱の業火を散らしながらホブゴブリンの核を貫く。
収束した熱光線を纏うように、衝撃波が重なる。
「もっと、もっと早く言っていれば……私は、私は……またっっっっ!!!!」
リールの瞳に涙が滲む。
俺を助ける為に放つ魔法で、彼女は後悔の言葉を零し続ける。
記憶の断片が、結び付く。
薄紫色の髪を持つ魔法使い。
かつて魔物に襲われた俺の命を救った金髪の戦士。彼が「お嬢」と呼んでいた、俺とそう年の変わらない少女の姿が蘇る。
自己中心的で、傲慢そうな雰囲気を持った少女だった。
——うるさいっ!私に指図をするなっ!さっさとそのバカガキを避難させてっ!
——あっ、私は……リエムってい、いいますっ。一応魔法使いで、っ。
……道理で結びつかなかったはずだ。
かつての彼女とは、雰囲気も全く違うのだから。
彼女が杖を勢いのままに薙ぎ払う。
「ガッ……」
胴体を焼き切られたホブゴブリンの身体が、ずるりと崩れ落ちる。
遂にその身体は、灰燼と化して世界から消えた。
「これで、もうっ……!」
その動きに伴って、巨大な熱光線と化した”炎弾”は巨大な剣の如く、辺り一体を焼き払う。
導線の先にあったダンジョンコアは、いとも容易くその熱光線により両断された。
「……リエム、いや、リール……お前は……一体」
彼女のことを、もっと知りたいと思った。
だけど”ブロンズ・スパーク”によって無茶をした俺に、もう何かを成そうとする体力は残っていなかった。
「っ、霧崎さんっ、霧崎さんっ!!」
リールの叫ぶ声が聞こえるのを最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
続く