17.今から奥の手を使う。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「っ、多すぎだろっ!」
今までの比ではない。目測で数えられるだけでも、おおよそ20は上回るだろう。
そして、その魔物の軍勢を仕切るのは。
「グガァアアアアアアアッ!!」
けたたましく雄たけびを上げる、ホブゴブリンだった。
無論、その魔物一体だけなら以前と同様の戦い方で行けただろう。だが今は話が違う。
「っ……」
リエムは思わず息を呑んだ。それから、短剣を強く握って後ろずさる。
恐らくだが、彼女の戦闘スタイルは1対1に突出したものだ。的確に敵の死角を突き、攻撃するのが得意なのだろう。
その為に、リエムに無茶をさせる訳にはいかない。
「リエム!俺が引き付ける、お前は1体ずつ対処しろ!」
「っ、はい!」
俺はそう彼女に指示を送ると同時に、迷いなくロングソードを握ってゴブリンの群れの中に突っ込んだ。
ゴブリンは「ギッ」などと警戒する声を漏らしながら、各々に獲物を構える。
「霧崎さんっ!」
「無茶しなきゃ、乗り越えられねえだろっ!」
——ここでブロンズ・ルーキーの名に恥じぬ戦いをしないで、一体いつできるというんだ。
そう自分に言い聞かせ、震える四肢を無理矢理意思で押さえつける。
「はっ!!」
振るう刃が、ゴブリンの胴を切りつける。
だが、浅い。
「ギッ……」
肋骨で刃が止まったゴブリンは、苦悶の表情を浮かべながら後ろずさる。
「逃すか!」
空いた左手に力を籠めると、その想いにこたえるように”炎弾”が灯火を散らす。
爆ぜるスパークと混ざり合い、俺は迷いなくそれを傷を負ったゴブリンに放つ。
「……行けっ!」
唸りを上げたそれは、深手を負ったゴブリンに着弾。それを中心として、周囲のゴブリンもはじけ飛ぶ。
千切れた四肢が宙を舞い、ぐちゃりと岩壁にへばりつく。漆黒の血液を地面に垂らしながら、やがてそれは灰燼と消えた。
しかし、徐々に底なしだと思っていた俺の魔力も限界が見えてきたようだ。
「っ、は……!」
いきなり全身が重くなったような感覚に襲われた。
倦怠感とも疲労感ともに使わぬ、重力に押しつぶされるような気分だ。
初めての体験だった。
「……っ、まだだ……っ!」
身体を休めている暇などない。魔物は俺の都合などお構いなしなのだから。
ちらりとリエムに視線を送れば、彼女は俺が取りこぼしたゴブリンを1体ずつ的確に処理していた。
「やっ!」
この期に及んで、一度も魔法を使っていない。鋭く磨かれた短剣で、ゴブリンの死角から急所を貫く戦法を繰り広げる。
流れるような足運びは、まるで彼女のが立つ地面がデコボコに歪んだ岩肌であることを忘れさせる。
「私は大丈夫です!霧崎さんは目の前の魔物に集中を!」
「ああ!」
確かに、リエムの言う通り、俺は自分のことに集中するべきなのだろう。
足手まといになる可能性が高いのは、俺の方だ。
「……もう、使うしかないか」
魔力の底が見えてはいるが、まだ敵対するゴブリンの数は多い。
一度バックステップしゴブリンの軍勢から距離を取る。
それから体勢を立て直し、覚悟を決めるように深呼吸をする。
「……リエム、今から奥の手を使う」
「えっ?」
言葉の意味を理解できなかったのか、彼女は呆けた表情をこちらに向けた。
俺だって、まだ一度も発現に至ったことはない。
全ては机上の空論だ。何度もアイデアとして考えてはいたが、実現させる度胸が無かっただけだ。
——身体能力強化の魔法は、厳密に言えば雷属性だ。
かつて、面談に来た冒険者へそう告げた自身の言葉を思い出す。
そうだ、雷属性だ。
全身の抹消と言う抹消へ意識を向けるように、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
失敗すれば、自らの身体だって無事では済まないだろう。
だけど、自分のせいで誰かが傷つくのは御免だ。
「”雷弾”よ、力を貸してくれ」
俺は左腕を高く掲げ、手のひらを広げた。その動きに呼応するように、大気中から集う稲妻が、俺の手の平に集約する。
やがて巨大な球体の形となった雷弾。それはふわりと一度手のひらから離れ、空へと浮かぶ。
そして。
「……っ」
リエムが息を呑む声が聞こえた。
傍から見れば無謀そのもの、というのは自覚している。”雷弾”をこんな形で使うなど、どこの文献にも載っていなかった。
「っ、ぐ……がっ……!!」
——”雷弾”を自らに浴びせる、などという使い方は。
全身に迸る電流が、筋肉を不本意に緊張させる。心臓を巡る電流に、鼓動が加速するのを感じる。
その全身を駆け巡る電流を自らの意思で調整し、支配する。
駆け巡る雷電が、俺の肉体から放出した。
「霧崎さん、一体何を……っ」
リエムは困惑の表情を絶やさない。
「これが、俺の奥の手だっ!」
いわば”身体能力向上”の魔法の強化版。
全身を駆け巡る稲妻が、俺の力となる。
そうだな、名を付けるなら——。
”ブロンズ・スパーク”とでも名付けようか。銅色の髪を持つ俺に、相応しい技だろう。
「っ、あああああっ!!」
もうなりふりなど構っている暇はない。
稲妻迸る身体で駆け抜ける度に、筋肉と言う筋肉が悲鳴を上げているのが分かる。
全身の痛みに気付かないふりをして、幾度となくゴブリンを刃で穿つ。
「ギガッ、ガガッッッ……!」
伝播する電流に、ゴブリンが苦悶の声を漏らす。ぐたりと項垂れる身体を確認した後、素早く剣をゴブリンの身体から引き抜く。
己の姿さえも残像になっていくのを自覚しつつ、素早く次から次にゴブリンの首元を切り払う。
大気を舞う紫電だけが、俺が存在する証明となる。
「俺はっ!ブロンズ・ルーキーだああああああっ!!」
他者からの評価だけが、俺が存在する証明だった。
誰からも愛されることのなかった俺が、俺自身を認めることの出来る理由だった。
「ああああああああああっ!!」
ブロンズ・スパークを駆使してゴブリン共を灰燼へと変えていく。
迸る稲妻が、虚空に溶ける度に灰燼が混ざり合う。
一体。
また一体。
もう一体。
幾度となく世界から消えるそれに手ごたえを感じながら、俺は勢いのままにホブゴブリンへと駆け抜けた。
「お前を倒して、終わりだっ!!!!」
——そう思っていた。
突如として、生み出されたのは心臓が跳ね上がるような感覚。
「——っ!?」
全身が激しく脈打つような気分だった。
筋肉と言う筋肉が硬直し、途端に自分の身体だけがスローモーションになったような感覚に苛まれる。
稲妻が虚空に散って、消えた。
「っ、は……」
吐息が零れる。
足元さえもおぼつかなくなっていく。
——優れた冒険者であっても、たった石ころ1つに蹴躓けつまづくような些細なことで命を落とすことだってあります。
「あ、れ……」
足がもつれ、地面に転がった石ころに躓いた。
それも、ホブゴブリンの目の前で。
動かなきゃ。
動けよ。
動いて。
でなけりゃ。
「……グガァ」
ホブゴブリンは、恍惚の笑みで俺を見下ろす。
ブロンズ・スパークによって体力も魔力も使い果たした俺に、立ち向かう術はもうない。
「……はは、これが、俺の最期か」
何とも、情けない最期だ。
名誉ばかりに気を取られ、調子に乗った結果がこの様か。
ホブゴブリンは、ゆっくりとその巨大な棍棒を振り上げた。
電柱並の太さを持つそれで叩き潰されて、生き残れるはずがないだろう。
「次は……もっと、良い世界に転生できると……いいな」
静かに、ゆっくりと。
次に起こる事象から目を逸らすように、俺は瞳を閉じた。
続く