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16.どうせ、一度死んだ身だ。

【登場人物】

・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。

・リエム:黒髪の魔法使い。

・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。

 雨風が長い年月をかけて削りに削った岩。それらはやがて、自然に生成された洞窟を形作っていた。

 天井から伸びる鍾乳石から垂れる水滴が地面を叩く音が、どこまでも遠く反響する。

「……油断しないでくださいね」

「ああ」

 リエムもどこか緊張の面持ちで、周囲を警戒しながら進む。

 辺りに耳を澄ませ、どこから魔物が襲い掛かっても対処できるように気を配っていた。

 彼女の先を進む俺は、左に”炎弾”を顕現させて松明の役割を担う。

「……ちょっと待て」

 ふと、薄暗い巣窟の中に何かが見えた気がした。

「どうしました?」

「少し気になることがあった。辺りを警戒していてくれ」

「……分かりました」

 何かを察知したのだろうか、リエムは俺の指示に従い視線を逸らした。

 彼女が視界を外したことに安心し、俺はその「何か」を”炎弾”で照らす。


 それは、白骨化した亡骸の頭部だった。

 皮膚は腐敗して剥がれ落ちている。まるで頭蓋骨を祀るかのように、辺りには亡骸の所有物であったであろう武器などが飾られていた。

(悪趣味だ)

 思わず心の中で舌打ちする。

 恐らくであるが、行方不明となっていた冒険者だったのだろう。

 冒険者の末路が、ダンジョンを歪に彩るインテリアか。

 つくづく、魔物という存在の末恐ろしさを感じる。

「……っ……」

「おい、見るな馬鹿!」

 俺の隣に並んだリエムが、息を呑む声が聞こえた。

 慌てて彼女の視界を防ぐべく前に立つが、彼女は静かに首を横に振る。

「だ、大丈夫です、今は取り乱している余裕はありませんからっ。ダンジョンではよくある光景、です」

「よくある光景?」

 彼女の言葉の真意を問うべく、続く言葉を促した。

 すると彼女は苦虫をかみつぶしたような渋い表情を浮かべ、低い声で話を続ける。

「魔物にとって、冒険者を倒すことは強さの証です。だから、こうしてダンジョン内に飾られるのは何度も見たことがあります」

「……ふざけてる」

 冒険者という職業に夢を見た者の末路がこれか。

 理想とは異なる現実に、背筋が凍るような気分だ。

「俺さ、知らなかった。冒険者って……(むご)い世界で生きてるんだな」

 冒険者を知った気になっていた自分が恥ずかしく思えて、そう自嘲の言葉を漏らす。

 だがリエムはそんな俺を気遣うように、落ち着いた声音で言葉を返した。

「霧崎さんが知らなくて当然です。こういう部分は、表には出ませんから」

「冒険者を目指す人が減ると都合が悪いから、か」

「そういうこと、です。あまり気分の良い話ではないですが……」

 リエムはもう一度首を横に振り、視線を未だ見えぬ奥地へと向けた。

 吹き抜ける風が、どこまでも遠く、甲高く鳴り響く。

「冒険者を弔うのは後にしましょう。今は、ダンジョンの攻略が最優先です」

「分かった」

 

 俺はもう一度、ちらりと冒険者の亡骸に視線を向ける。

 それから、静かに亡骸に手を合わせた。

「……お前は、良い世界に転生できると良いな」

 自らが一度死を体験した身である以上、他人事には思えなかった。

 特別に信仰心を持ち合わせている訳ではないが……せめて彼の魂が安らかに続く世界へと移り変わることを祈ろう。

 

 俺の呟きが聞こえたのだろう。リエムは転生者の話題に触れてきた。

「そう言えば、霧崎さんは転生者……という話でしたね」

「俺の場合は、転生して良いことなんて無かったよ」

「……そう、なんですか?」

「俺が転生者って判明した途端、両親は『うちの子を返して』って怒り狂っていた。まあ、当然だろうな」

 自我を持って生まれた俺は、彼らの息子で居ることは出来なかった。

 何も言わず、ただ純真無垢な子供であることを演じ続ければ、幸せな家庭で育つことが出来たのだろうか。

 時々、そんなことを考える。

「……こんなプライドなんか、捨てることが出来ればな、とは思うさ。でなけりゃ、孤児として育たずに済んだはずなんだ」

「霧崎さん……」

「……悪い、無駄話が過ぎた。行こう」

 思考を切り替え、ロングソードを握り直す。

 いつもより冷たい感触となったそれは、巡り巡って俺の心を冷やしていく気がした。


 自分は生きているのだろうか?死んでいるのだろうか?

 転生して巡り巡った果ての世界で、自分という存在に何度向き合ったのか分からない。

「どうせ、一度死んだ身だ」

 他人を遠ざけるようなことしかできないのは、自分が生きていると実感できないから。

 道具のように扱われても良いとさえ思う。誰かの生活を守ることが出来るのなら、自分一人だけが傷つけばいい。

 規則さえ無ければ、俺はソロでダンジョンに潜っていただろう。


 ☆


「ゴブリンに向けて”炎弾”を放つ!」

「わかりましたっ」

 俺はリエムに向けてそう声を出す。彼女は俺の声掛けに同意し、素早くバックステップし対峙しているゴブリンから距離を取った。

 それから迷いなく詠唱をスキップし、魔法を顕現させる。

 瞬く間に、激しく熱を持った火球が俺の左手に集結していく。続いてその左手の照準を、退治しているゴブリンの胸元に向けた。

 狙うは、ゴブリンが纏う麻の衣服だ。

「燃えちまえっ!」

「ギィッ!?」

 その掛け声とともに、灼熱の火球が唸りを上げてゴブリンへと襲い掛かる。

 鬱蒼とした洞窟内を明るく照らしながら一直線に伸びていく”炎弾”は、ゴブリンへの着弾を前にして閃光を散らした。

 一度収束した光が、次に激しく爆ぜる。

 

「ギィアアアアアアアアアアア!!!!」

 断末魔を散らしながら、ゴブリンはごろごろと岩肌が露出した大地の上でのたうち回る。

 鋭利な岩肌がゴブリンの皮膚を傷つけ、大地に黒焦げた血液を撒き散らす。

 俺はそんな苦悶の悲鳴を漏らすゴブリンに向けて、ロングソードの切っ先を向けた。

「うるせぇ」

 あくまでも冷ややかな声音を作り、ロングソードの刀身で勢いよくゴブリンを弾き飛ばす。

 生きる光源となったゴブリンが「ギァ」とか細い声を喉から零しながら、続く通路へと転がっていく。

 もはや決着はついたようなものだ。

 俺はロングソードの切っ先を大地に向け、戦闘態勢を解く。

「……悪いな。俺だって必死なんだ」

 灼熱に焼き尽くされたゴブリンを一瞥し、俺はそう言葉を掛けた。

 もう絶命しているのだろう。指先一つさえ動かなくなったゴブリンの全身を炎が巡る。

 その炎を松明代わりとして、俺は更なる奥地へと視線を向けた。

 

 やがて、その視界の先にある結晶体がうすらと見えることに気付く。

 微かにそれ自体が光を放っているようにも見える。

「……リエム。あれは?」

 俺の視界に合わせるように、彼女は小走りで隣に並ぶ。

 じっと目を凝らした後、リエムは顎に手を当てて渋い顔を浮かべる。

「……ダンジョンコアですね。ですが……」

「気になることがあるのか?」

 話を促すと、リエムはふるふると首を横に振った。

「この距離で鮮明に見えること自体が、初めてです。そもそも、ダンジョンコア自体は光りません」

「……え」

「やはり、何かがおかしいです」

 彼女は短剣を腰に携えた鞘から引き抜く。

 それと同時に、張り詰めた空気が彼女を取り巻く。ヒリついた空気が、瞬く間に彼女を中心として放たれた。

 殺気とも似通った空気感に飲まれ、自然と俺の表情筋も硬くなる。

「行きましょう。これ以上街に魔物を増やすわけには行きません」

「……ああ」

「ダンジョンコアを破壊しましょう。それで、この騒動は収まるはずです」

 俺が頷くと同時に、ゴブリンを取り巻く炎が虚空へと消えた。


 代わりに俺が”炎弾”を生み出し、松明の役割を担う。

 冒険者二人が近づくにつれて、ダンジョンコアである七色の結晶体はより一層、強い光を放つ。

 ガラスを引き裂いたような甲高い悲鳴が辺り一体に鳴り響き、思わず顔をしかめる。

「……何が起きようとしているんだ……?」

「来ます……!」

 ダンジョンコアが放つ光は、俺が顕現させた”炎弾”よりも強く世界を照らす。

 図らずとも光源が不要となったことを判断した俺は、そのまま”炎弾”を掻き消した。


 ダンジョンコアを中心として、大気中に舞い上がる灰燼が集約する。

 それと同時に、無数のゴブリン達が巣窟内に降り立った。


 続く

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