15.……やっぱり、バカですね。霧崎さんって。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
魔物発生区域までたどり着いた俺達を迎え入れたのは、魔物だった。
光が閉ざされる。まるで突如として夜の帳が降ろされたように、闇が世界を覆い隠す。
「やはり、予想通りですね」
リエムは淡々とそう告げる。その間にもスライムの猛攻をいとも容易く潜り抜け、的確に核だけを貫いていく。
「ピギッ」だか空気の抜ける音を漏らしながら、30㎝はくだらない物騒な生物は灰燼と消えた。
「この魔物の量が予想通り、だってのかよ!」
対峙するゴブリンの喉元を掻き切りながら、俺は半ば苛立ちを籠めて言葉を返す。
次から次に襲い掛かる魔物の猛攻に、一向に進めやしない。次から次に襲い掛かる魔物を対処している内に、体力と気力がごっそりと削られていく。
だがそんな状況下でもリエムはいたって飄々とした立ち姿を崩さなかった。
「冒険者たるもの、いつでも冷静な判断を怠るべからず、ですよ。何を対処しなければいけないのか、周りを見ることを心掛けてください」
「どうもご指導ありがとうございますっ!」
半ば皮肉を込めて言葉を返す。冒険者歴が長いであろうリエムの発する言葉は正論なのだが、それがより不甲斐なさからくる苛立ちを加速させる。
ブロンズ・ルーキーと高い前評価を貰って有頂天になっていた自分が恥ずかしくなる。
戦えるか、戦えないか。
咄嗟の状況下において、求められるのはそれだけなのだと改めて実感させられた。
『名ばかりで実績のない期待の新人と、知名度はないけどいくつもの任務をこなしている新人……一体、どっちが優れているんでしょうねぇ?』
ふと、脳裏にレミィの言葉が蘇る。
「……くそっ!」
そんな呪いとも言えるような、脳裏に焼き付いた言葉を振り切るように俺は悪態を吐く。
どれだけ自分に言い訳しようとも、目の前に立ちはだかる魔物の軍勢には知ったことではないのだ。
「っ、あ……ぜっ……ぜっ……」
「一区切りですね。身体を休めましょう」
リエムは周囲を見渡し、それから短剣を鞘に納めた。
辺り一帯に広がる草木は、物音ひとつ立てることなく佇んでいた。
それから肩に掛けていたカバンから、一本の水筒を取り出す。
「はい、水分を取ってくださいね」
「……悪い」
俺は素直にリエムから水筒を受取り、何の迷いもなく口に煽る。
冷たい水分が喉に染み渡るのを感じる。それと同時に、血管と言う血管に血が巡っていく感覚を抱く。
徐々に思考が冷静になる。
「……リエム、お前が居てくれて助かったよ」
「ん、えっ。ど、どうしたんですか?」
突然俺がそう語り掛けたからか分からないが、リエムは動転したようにどもる。
目を丸くした彼女をよそに、俺は自らの後悔を語る。
「お前を冒険者という道から遠ざけるのが最善だと思っていた。だけど、リエムだって思うところがあって冒険者を続けているんだよな」
「……はい。私は、冒険者を絶対に辞める訳にはいかないんです。そうする理由があるんです」
「そう、だよな。俺一人の考えを押し付けていいはずがない。なかったんだ」
ふと、ロングソードを握った手に力が籠る。
想いを振り切るように首を横に振り、それから大きく息を吐いた。
「本当に申し訳なかった。もしよければ、また改めてパーティを組んで欲しい」
俺はそう、リエムに深々と頭を下げる。
しばらく彼女は「えっと」とか「その」とか動揺している様子を見せていたが、やがて呆れたようにため息を吐いた。
「……やっぱり、バカですね。霧崎さんって」
「バっ……!?」
その一言に驚愕して顔を上げれば、苦笑いを浮かべているリエムの姿があった。
彼女は流れる黒髪を弄りながら、どこか気恥ずかしそうに明後日の咆哮を見やる。
「黒髪の魔法使いをパーティに入れようとは思わないですよ、普通。魔法はロクに使えないですし、現に霧崎さんに負荷掛かってますし」
自嘲の言葉を発する彼女だったが、言葉とは裏腹に嬉しそうに口角が上がっている。
そんな彼女に対し、どう言葉を返すのが正解なのだろうか。
「あー、いや。その、なんだ……魔法は俺が使えるし、お前は、その、実力もあるから……」
「……ふふっ。優しいんですね」
「っ、そ、そういう訳じゃ……っ」
慌てて弁明しようとするが、もうリエムは聞いていなかった。
にやけた口元を隠すように、深々と帽子を被り直す。
「少しだけヒントをあげますね」
「ヒント?」
俺が言葉を反芻すると、リエムはそのまま自らの素性のヒントを語り始めた。
「もう筒抜けかも知れませんが、私は……昔、それなりに高名な魔法使いでした。”神童だ”……なんてよく言われるほどの、実力者だったんです」
「……どうして」
どんな言葉を返すのが最善なのか分からない。
どうして、そんな魔法使いが今は黒髪となっているのか。
どうして、今は1人で行動しているのか。
どうして、俺とパーティを組もうと思ったのか。
聞きたいことは沢山あった。
だけど、今ではない。
リエムはもう一度、帽子を深くかぶり直した。
それからダンジョンへと続く、森の茂みへと視線を送る。
「冒険者として引けを取るつもりはありません。魔力が限られているとはいえ、それに見合った戦い方は会得していますので……それに」
「……?」
「……いえ。なんでもありません。戦闘のノイズになる情報なので、今は喋りません」
一体彼女が何を続けようとしたのか、分からなかった。
恐らく、彼女の素性に関係するところなのだろう。
「……分かった。それじゃあ、ダンジョンへと行くぞ」
「はいっ。霧崎さんの動きに合わせますね」
合わせる、か。
そんな大口を叩くことが出来るのは、リエムだからこそなのだろう。
「俺だってダンジョンの勝手を理解している訳じゃない。リエム、お前の知識が必要だ」
「ふふっ、分かりましたよっ。任せてください」
素直に知識不足を認めると、リエムはどこか嬉しそうにくすりと微笑んだ。
……そうか。
これが誰かとパーティを組むってことなんだ。
俺は、改めて仲間とパーティを組む意味を理解した気がした。
続く