14.奇襲は戦闘の基本ですから。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「ひっ、こっち来るなっ」
冒険者の一人は、押し寄せてくる魔物に対して怯えた表情を向ける。
持った剣を振り回してはいるが、もはや子供の遊びと何ら変わりない攻撃動作だった。
地面にへたり込んで、もはや戦闘態勢を取ることさえ出来ていない。
「たすけ、たすけて……!」
彼が怯えている対象は蛇型の魔物。ポイズンスネークと呼称される、名前の通り強力な毒を持つ蛇だ。
それも、何体も地を這うように集っている。
神経毒を含有する牙に一度噛まれれば、瞬く間に呼吸筋が機能しなくなり息が止まるという。
「……ひっ」
「大丈夫かっ!」
言葉通りの毒牙に掛かろうとしていた冒険者を庇うように俺は躍り出る。
ロングソードの切っ先をポイズンスネークの喉元に突き刺し、その攻撃を止めた。
「焼き尽くすっ!」
それから迷いなく左手を前に突き出し、”炎弾”を放つ。
ただ魔力に任せただけの炎爆風がポイズンスネークの軍勢を一斉に焼き払う。
「ギッ、ガ……ッ!」
苦悶の断末魔を漏らしながら、ポイズンスネークの姿が灰燼と消えていく。
大地に転がる魔石を絶命の証として、俺は左手を振り払う。
「っ、助かった……ありがとう」
「気にするな。後は任せろ」
俺は一度ロングソードを”アイテムボックス”を使って格納し、身軽な体制を取る。
「……っう……っ」
ちらりと一瞥すれば、彼の隣には他の魔物に切り付けられたのだろう。左腕から出血したまま悶えている他の冒険者の姿があった。
かろうじて致命傷は避けているようだが、放置すれば出血多量を引き起こす可能性だってある。
「腕を出せ」
「な、なにを」
俺は身を屈め、出血を引き起こしている冒険者の腕を掴む。
それから衣服の袖をめくり、傷口を観察する。
どれだけ出血を衣服でぬぐい取ろうとも、出血は止まらない。動脈が傷ついている可能性があるか。
「……灯火。そして雷電よ、命を繋ぐ為の導となれ」
普段使わない魔法である為、火力調整を目的として詠唱を行う。すると右手の指先に徐々に熱が集っていく。
電気をぱちぱちと散らす熱が、俺の指先に集結する。
「少し痛むぞ。動脈を灼く」
「……っ、あ……がっ……」
俺はなんの躊躇もなく、傷口へと指先を近づける。やや酸性の鼻腔まで貫くような、血肉が焦げる臭いが漂う。
それと同時に傷口からスパークする煙が巻き起こった。
しばらくしてから、傷口からの出血は止まる。
「これで出血は止まった。ただこれ以上は戦うな、安静にしておけ」
「は、はいっ……本当に、助かりました……っ」
傷の止血処置を受けた冒険者は、深々と頭を下げる。
再び”アイテムボックス”を活用し、ガーゼと包帯を取り出す。それから傷口にあてがうように包帯を強く巻いた。
「霧崎さんっ、大丈夫ですかっ」
俺の後を追いかけるように、リエムが小走りで駆け寄ってくる。
全身に纏ったぶかぶかのローブが、走る動きに伴ってぱたぱたと揺れていた。
「ああ、こっちは大丈夫だ……っ!?」
リエムの方に振り返った瞬間、俺の喉から驚愕の声が漏れる。
彼女の背後を狙うように、一匹の小柄なゴブリンが短剣を握って駆け寄っていたからだ。
「っ、リエムっ!!」
咄嗟にロングソードを顕現させ、彼女を守ろうと前傾姿勢を取る。
だが、既にゴブリンの切っ先はリエムを捉えている。
間に合わない。
その先に起こる現象に恐怖している最中、リエムはぽつりと呟いた。
「気付いてますよっ」
「え?」
次の瞬間、リエムの姿が陽炎のように揺らめいた……ように見えた。
ゆらりと揺れるようなステップを繰り出し、ゴブリンの奇襲をいとも容易く回避する。
「……ギッ?」
空を切る一撃に、ゴブリンは呆けた顔を浮かべる。
既にリエムは冷ややかな視線でゴブリンを見下ろしており、逆手に握った短剣を振り下ろす。
「よっと」
もはや掛け声とも呼べない声と共に、的確にゴブリンの急所を貫く。
「……ギァッ……」
喉から空気が漏れるようなか細い声を漏らしながら、瞬く間にゴブリンは絶命した。
倒れる動きに連なって、その姿が灰燼と消える。
先刻までゴブリンが居た場所を一瞥し、リエムは短剣を腰に携えた鞘に戻す。
「奇襲は戦闘の基本ですから。いつでも私達は死と隣り合わせだということを忘れてはいけません」
「……さすがだ」
「行きましょう。まだ魔物は残っています」
淡々とした振る舞いでリエムは先を見据える。
まるで疲れを知らない彼女は、我先にと魔物のいる方へと駆け出した。
俺も彼女の後ろに続くべく駆け出そうとするが……。
「ま、待ってくれ。あんたら……何者だ?」
背後から、命を救った冒険者が俺に問いを投げかける。
ほとんど魔力を持たない黒髪の魔法使いが、いとも容易くゴブリンを屠ったことに驚愕している様子だった。
そんな彼らに、俺が返せる言葉は一つだけだ。
「俺だって知りたいよ」
たったそれだけの言葉を返し、リエムの後に続くべく駆け抜ける。
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俺がこの世界に転生してからのことだ。
一度だけ、今回のように魔物の軍勢に襲われたことがあった。
当然、魔物と戦う力を持たなかった俺は逃げるので精一杯。避難所に逃げ遅れた俺は、無様にも魔物に追われる形となっていた。
「た、助けて……っ」
現代で命を終えた俺は、この訳も分からない転生先で再び命を終えようとしているのか。
親に見捨てられ、孤児となり。誰に俺の存在を認められるでもなく、こんな魔物に命を散らされるのか?
そんな世界の理不尽に絶望したまま、魔物の凶刃に掛かろうとしていた時だった。
「おい、大丈夫か坊主っ」
肉厚の剛剣を持った冒険者が、俺を庇う形で立ち向かった。
今にして思えば、恐らく戦士と言った役職か。
毅然と魔物の軍勢に立ち向かう姿は今でも覚えている。そんな彼は、ずっと俺をちらりと見た後、ある方向を見ていた。
「お嬢っ、むやみやたらに魔法を使うな!無駄遣いだっ!」
”お嬢”と呼ばれた薄紫色の髪を揺らす俺とそう年の変わらない少女は、苛立った様子で戦士を睨む。
「うるさいっ!私に指図をするなっ!さっさとそのバカガキを避難させてっ!」
「お嬢と似たような年だろうがっ!」
”バカガキ”などとぞんざいな扱いを受けた俺へ、戦士は穏やかな笑みを浮かべる。
「安心しろ。坊主は俺が守る、ほら。立てるか?」
「あっ、う、うん」
俺を気遣ってくれていると分かる優しい声。その声音に、とてつもない安心感を覚えた。
「よーしいい子だ。じゃあ、俺とそこの避難所まで競争しよう、良いな?」
「……うんっ!」
あの優しい言葉を掛けてくれた戦士。
彼は一体どこで、何をしているのだろうか。
俺が冒険者を目指すきっかけとなった、金色の髪を持つ彼は——。
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「……霧崎さん?」
リエムにそう声を掛けられ、現実の世界に呼び戻される。
俺は頭を左右に振って、改めて前へと向き直った。
「……悪い、ちょっとだけ物思いに耽っていた。今回みたいに魔物の襲撃に掛かったことがあってな」
「そう、ですか……。魔物の襲撃に」
「過去の話だ。気にするな」
今、この状況には関係のない話だ。
リエムは刹那に逡巡する様子を見せたが、小さく息を吐いてから自らの意見を提案する。
「霧崎さん。恐らくですが、この魔物の襲撃には”ダンジョンコア”が関係していると考えます」
「ダンジョンコアが?」
ダンジョンコアとは、要はダンジョンを構築する核のようなものだ。
魔力の結晶体であるそれは、巣窟の奥深くで作られることが多い。その結晶体を通じて、魔物が生み出される。
俺の理解力を信じているのだろう。リエムはそのまま話を続けた。
「はい。ダンジョンコアの暴走から、魔物が多数出現している……そして、限界量を超えた魔物の軍勢が街へ降りてきた……あの時も」
「……あの時?」
「……後で話します。きっと、ダンジョンコアを対処しない限りずっと魔物が出続けるでしょう。行きましょう」
「分かった」
ほとんどリエムの独断だった。
街に現れた魔物達を対処するために、俺達はダンジョンへと駆け抜ける。
続く