13.この期に及んで、覚悟の出来てないやつがいるのか。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「……私は」
リエムの視線が逡巡に揺れる。
まさか、この期に及んで自らの素性を突き詰められるとは予想だにしていなかったのだろう。
何度も深呼吸を繰り返し、辛うじて平静を保とうとしているのは明らかだった。
「リエム、辛いなら言わなくても」
「……全ては語れませんが、言わせてください」
そこで彼女は顔を上げ、決意を滲ませた表情で口を開く。
「……あの、私……リエムは」
だが、俺はその言葉の続きを聞くことが出来なかった。
『緊急事態発生。至急、冒険者一同は総合受付へと集合してください』
途端にけたたましく鳴り響く警報音が、俺達の会話を遮る。
一刻の猶予を争うその警報音に、俺達は顔を見合わせた。
レミィは面倒が起きた、と言わんばかりにため息をつく。それから、俺達へと視線を送った。
「あー、もう。最悪のタイミングですねぇ……霧崎さんもレミィさんも来てくださいよぅ」
再び、彼女の口調は間延びしたそれに戻っていた。
それからスーツの内ポケットに忍ばせていた短剣を取り出し、くるくると手慣れた動作で振り回す。
「じゃ、お仕事の時間みたいですし、行きますよぅ。二人とも貴重な戦力なので、無理ですはナシでお願いしますねぇ」
「なぁ、レミィさんよ。緊急事態って……?」
状況に追いつくことが出来ず、そう問いかける。だがレミィはちらりと俺達を一瞥し、簡潔に情報だけを告げた。
「ま、概ね魔物がらみでしょうねぇ。この間のホブゴブリンの一件とか関係してるんじゃないですかぁ」
「ホブゴブリン……」
改めて考えれば「冒険者のオリエンテーションの為に使われるクエスト」という場所に「冒険者の命を容易く奪うホブゴブリンの出現」するという事態は明らかに異常なのだろう。
ただならぬ異変を匂わせるその事態に、思わず胸が高鳴るのを覚える。
それと同時に脳裏を過ぎるのはやはり「人々の死」という避けられない現象だ。
冒険者という戦力を要する事態だ。きっと、死傷者だって現れるだろう。
そうなれば、予想できる可能性として……。
「大丈夫です」
俺の思考を先回りするように、リエムはそう告げた。
震える手を押さえつけ、腰に携えた短剣を触る。
「リエム……でもお前は人の死にトラウマを抱えているんだろ?」
「構いません。もし役に立たなければ捨て置いてください」
「そんなこと出来る訳ないって分かってて言ってるよな?捨て置く訳ないだろ」
「……後悔しますよ……」
既に彼女の顔色は優れていない。これから起こる事態を推測してしまっているのだろう。
だが、今はゆっくり寄り添っている時間はないようだ。
「二人とも、時間が無いので早く来てくださいねぇ」
唆され、俺達はそれ以上言葉を交わすことなくレミィの後に続いた。
☆
ギルド内の総合受付に戻った時には、大勢の冒険者達が互いに顔を見合わせながら集まっている状態だった。
その群衆の中に入り込むが、俺達のことなど気にしている余裕などないのだろう。こちらに視線が集中する気配は全く感じ取ることが出来なかった。
「……およそ、100人は要るな」
目測で、冒険者の人数を確認する。
ざっと髪色で判断できる限り、赤や青、橙など相応の魔力量を含有した髪色の者が多い印象だ。
ただその中でもブロンズヘアは俺だけであり、黒髪はリエムだけだった。
リエムも同様に冒険者の実力を確かめるように、周囲に目配せしている。
しばらくして、彼女は俺の元へと静かに耳打ちした。
「あの、何人か戦力にならなさそうです。恐らく、敵を目の前に逃げ出すでしょう」
「……どうして、分かる?」
「腰が引けてます。同じく逃げ出しそうな仲間を探そうとして、きょろきょろと周りを見てます。一応、念頭に入れておいてください」
「分かった」
俺とリエムが簡単に情報を共有している最中。
「はいっ、注目ですぅ!皆さん良くお集まりいただきましたぁっ!」
銀髪のレミィが、そう声を上げて俺達の前に現れた。
ちなみに、銀髪もかなり珍しい存在だ。上位の冒険者に匹敵する魔力量を持つという証明である。
……俺でさえも、彼女の魔力量には届かないほどだ。
だからこそ、実力者の証明である銀髪を伸ばしたレミィには、誰も逆らうことが出来ない。
それをギルド側も理解しているからこそ、彼女を説明役に抜擢したのだろう。
「回りくどい説明をしている時間は無いので端的に。魔物の群れが街になだれ込んできてますぅ」
魔物の群れが。
街になだれ込んできている。
端的に、恐ろしい説明を行うレミィ。
冒険者一同は恐れをなした表情を浮かべ、互いに顔を見合わせる。
(この期に及んで、覚悟の出来てないやつがいるのか)
心の中でそう落胆の声を漏らす。
だが、それと同時に「仕方ないのだろう」と思う自分も居た。
結局、冒険者と言えども誰かの為に戦っている訳ではない。日々の生活を守る為、自分の身を守ることの出来る範疇で冒険者をやっているに過ぎないのだ。
そして、ギルドとしても冒険者を守る為のシステム構築を行ってきた。
……その代償が、庇護の元でぬくぬくと育った冒険者の完成……と言う訳だ。
レミィとしてもそれは理解しているのだろう。苦笑をちらりと見せた後、話を続けた。
「別にぃ、逃げたいって人は逃げても構いませんよぅ。逃げてもペナルティはありませんし、不利益を被ることはしませんのでぇ」
そう、慈悲の言葉を告げるレミィ。
「……良いの、ですか?」
冒険者のうち一人が、おずおずと問いかける。
その問いかけに、レミィはこくりと頷いた。
「はい、大丈夫ですよぅ。死にたくないって思うのは当然ですからねぇ」
「……は、はい……」
レミィの返事を聞いた冒険者は、どういう訳か生唾を飲んでその場に留まった。
「……?逃げないのか?」
逃げても良い、それを咎めるようなこともしない、そうレミィは大々的に告げただけだ。
冒険者だって、逃げ出したいと思ったからそう問いかけたはずだ。なのに、どうして?
「……レミィさん、人の心を誘導するのが上手ですね……」
そんな中、リエムはぽつりと呟いた。
「リエム、どういうことだ?」
彼女の言葉の真意を理解できずに問いかける。
すると、リエムは前に立つレミィの方を見ながら話を続けた。
「あの、ですね。レミィさんは、冒険者としての矜持を引き出したんですよ」
「冒険者の矜持?」
「は、はい。逃げたいなら逃げても良い、それを咎めたりはしない、って冒険者の気持ちに寄り添ってますよね?」
「……確かにな」
死ぬのが怖い、と思うのは道理だ。
「逃げるという選択肢が任意になった以上、優先されるのは”残る理由”です」
「……なるほどな。冒険者としてのプライドを優先させた、と」
リエムの説明を聞いて納得がいった。
結局のところ「一般人よりも優れた能力を持つはずの冒険者が尻尾撒いて逃げたら、それは一般人と大差ない」という意識を引き出したということだ。
「そういうこと、です。ギルド本部所属の職員は伊達じゃないですね……」
「……だな」
それには頷かざるを得なかった。
レミィの説明を纏めると、以下のようになる。
・街へ攻め込む魔物の迎撃を頼む。
・原因は検索中だが、魔物発生区域からの集団発生によるものと考えられる。
・魔物の残党については適宜ギルドから情報を伝達する。
……とのことだ。
「リエムはバックアップを頼む。俺が前に出る」
俺とリエムは改めて作戦会議を行う。すると、彼女は不安そうな目を向けた。
「無茶しないでくださいね。霧崎さんの立ち回りは、見ていてひやひやします」
「……善処はするよ」
色々と思うところは多い。
だが、魔物を殲滅しないことには何も始まらないのだ。
「リエム、後で教えてくれるんだよな。お前のこと」
「……はい」
リエムは未だに恐れと葛藤の滲む表情を浮かべていた。
だが、俺だって何も予想が出来ない訳じゃない。
黒髪の冒険者、リエムは恐らく……。
——行方不明扱いとなっている、高名な冒険者の一人……なのだろう。
続く