12.おい、自分で魔力を封じ込めているだって?
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:黒髪の魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「あるーひっ♪」
「……ある日……」
「ギルドのーなかっ♪」
「……ギルドの中……」
「クマさんにっ♪」
「……クマさんに……」
「であーったっ♪」
「……出会った……」
レミィは楽しそうにスキップしながら、廊下内を歌いながら歩く。
何故異世界であるにも関わらず、その歌を知っているのかと問い正したい。だが、今はその話に触れることが出来なかった。
「……」
空気を読んで俺は黙りこくる。
くるりと振り返った彼女は笑顔だった。
だが、その笑顔には圧がある。まるで巨大なドラゴンに睨まれた時に、足の竦む笑みだ。
「ねーぇっ。霧崎さぁんっ♪私いつまであなたの御守りをしたらいいんでしょうねぇーっ♪」
「悪かった」
「クマの着ぐるみ気に入ったんですかぁーっ♪アホの冒険者さーんっ」
「悪かったよ」
胃の奥がズンと重くなった気分だ。
このまま罪悪感に身を潰されて意識でも失うことが出来たらどれくらい楽だろうか。
だが、現実の俺の肉体は健康そのものだ。意識なんて失うそぶりもなく、しっかりと平静を保っていた。
「私が言うまでその着ぐるみ、脱がないでくださいねぇーっ♪」
ちなみに、今の俺はレミィの指示で着ぐるみを身に着けたままだ。
これ以上面倒ごとを増やさない為、というのは容易に想像できた。
「……すみません」
隣では、リエムが申し訳なさそうに俯いていた。
騒動の原因を作った一人であるが故に、同様に罪悪感を感じているのだろう。
だが、あくまで彼女は被害者だ。
「お前が気負うな」
「……でも」
「俺こそ悪かった。元はと言えば、俺が身勝手にお前を振り回したことが原因だ」
「……あの、霧崎さん」
リエムはそこで、静かに顔を上げた。
何かを言おうとして決心したようだったが……突如としてその表情は破顔する。
「ぷっ」
「おい!」
「ご、ごめんなさい……クマの着ぐるみ相手じゃ、真面目な話できなくてっ」
「それはレミィに言ってくれ」
他愛ない雑談を繰り広げる俺達を、じろりとレミィは横目で睨む。
「あのぉ、イチャつくのは他所でやってもらっていいですかぁ」
「イチャついてないが」
「……はぁー……」
「おい」
レミィは呆れたようにため息を吐く。
散々な扱いを受けたことに物申したい気分だったが、トラブルを引き起こしたのは俺であるため何も言い返せない。
「……ぅ」
隣ではリエムが、耳を赤くして俯いていた。
☆
レミィに連れられたのは、もう何度と利用した場所だった。
つまりは、俺が冒険者パーティを結成する際に利用していた面談室である。
彼女は面談室の扉を閉めて、俺をちらりと見やった。
「霧崎さん、もう着ぐるみは脱いで大丈夫ですよぅ」
「……ああ」
ようやく脱衣の許可を得て、俺は”アイテムボックス”を利用して瞬時に着ぐるみを脱衣する。
あっという間に着ぐるみは歪んだ空間へと溶け込んでいく。
それと同時に、俺の視界が瞬く間に広がった。
俺が元の姿に戻ったことを確認したレミィは、面談室内をのびのびと歩き回る。
ひとしきり室内を見回すように歩いた後、ちらりと俺達を見やった。
「ま、安心してくださいねぇ。リエムちゃんを狙った不届き者はギルドの方で対応しますのでぇ」
「あ、ぁ、ありがとうござい、ますっ」
リエムはどもりながらも、深々と頭を下げる。
握った手は、微かに震えていた。
「わ、わた、私……霧崎さんが、いなかったら……今頃、今頃……」
彼女の声は震えている。
視線が左右に揺れ、その瞼には涙が滲んでいた。
……相当、怖かったのだろう。
「……リエム」
「大丈夫ですよぅ」
俺がリエムへと話しかける前に、レミィは優しく抱きしめた。
「っ、レミィ……さん」
「男の人に囲まれて、怖かったですよねぇ。今のあなたじゃ、どうしようもなかったですよねぇ。大丈夫、大丈夫ですよぅ」
それから、静かに彼女に耳打ちする。
「…………無くて……すねぇ……」
「——!!」
何を語ったのかは分からない。
突如として、リエムの目が大きく見開かれる。
そのまま彼女は拒絶するように、レミィを突き飛ばした。
「リエムっ!?」
「っ、は、な、なんで……そ、それ、を……」
先ほどまでの怯え切った表情は何処へやら。
リエムは明確に敵意の滲んだ目で、レミィを睨む。明らかに彼女を警戒している様子だった。
だが、レミィはまったく悪びれた様子もなく、けらけらと笑う。
「あはっ、リエムちゃんっ。私知ってるんですからねぇ、あなたのこと」
「っ、調べたのっ!?」
「まあー……分かりますよぅ。そりゃ隠したくもなりますよねぇ、ねっ」
まるでリエムをからかうように、ニヤニヤと笑うレミィ。
一体何を話したのだろうか。
「なあ、レミィさん。一体リエムに何を言ったんだよ」
俺はそう呼びかけるが、彼女はまるで問いなど聞こえていないかのように視線を合わさない。
そして、楽しそうな笑みを浮かべたまま、我先にと長机の上に配置されたパイプ椅子に腰かけた。
続いて向かいに配置されたパイプ椅子へと目配せする。
「今回の一件のことにも関係するので、ちょーっとお話ししたいだけですよぅ。座ってください、ねぇ?」
「……分かった」
原因のひとつを作った俺には拒否権は無かった。
俺とリエムは一度目配せした後、頷き合ってからパイプ椅子に腰かけた。
----
「安心してくださいねぇ、リエムちゃん。私からはあなたの正体についておおっぴらにするつもりはないんですぅ」
レミィは余裕のある表情で、そう切り出した。
それから、あらかじめ用意していたであろう書類の束をバインダーから取り出し、ひとつひとつめくっていく。
しばらくして該当の書類を見つけ出したのか、一枚の用紙を取り出した。
「ですがねぇ、これは霧崎さんにも知っておいて欲しい話なので言いますねぇ?」
「……なんだよ。リエムの許可なく話すのか?」
そこで彼女は小さく息を吐く。
「言ったでしょう。リエムちゃんはギルドの規約違反をしていると」
レミィの口調から、間延びした空気が消えた。
たった少し口調を変えただけなのに、途端に張り詰めた雰囲気が生まれる。
先ほどまでの穏やかな空気は何処へやら。冷たく凍り付くような目つきで俺を睨んでくる。
「リエムちゃん。あなた、自分で魔力を封じ込めているんですよね?」
「……っ」
リエムは息を呑んだ。それが核心をついているのだということを顕著に表していた。
だが、意味の分からない話だ。
「は?おい、自分で魔力を封じ込めているだって?何を馬鹿な話を」
「当然、自らの素性を隠す為、ですよ。ね」
そう言って、レミィは俺達に一枚の用紙を突き出す。
それは俺達が冒険者になる上で必要となる届出書の一枚である「魔力精査結果」だった。
体内に含有する総魔力量を証明する書類となる。
これがあるから、俺はブロンズ・ルーキーとして高く評価される理由となったのだが。
「魔力精査結果……これが?」
「ここを見てくださいね。確かに総魔力量という部分では最低評価……黒髪に相応しいものですね。ですが、ここを見てください」
レミィが次に指差したのは「魔力出力」の欄だ。
つまり「魔法として構築したものを、どれだけ高い火力で放つことが出来るか」という指標である。まあ言えば攻撃魔力のことだ。
「魔力出力が、ですね。明らかに抜きんでてるんですよ」
「そ、それが、ど、どうした、と……?」
普段からおどおどとした雰囲気を醸し出しているが、今は明らかに怯えが滲んでいる。
何度も俺とレミィに視線を送っては、力なく俯く……を繰り返していた。
「魔力出力は、基本的に高威力の魔法を放つことに慣れてなかったら育たない能力です。ですが、黒髪のリエムちゃんはそんな高威力の魔法を使うことなんて出来ないはずですよね?」
「……っ」
「黒髪の魔法使い、というのは前代未聞の存在です。ですから、私には問いたださなければいけない義務があります」
そこで言葉を切り、レミィは冷ややかな目をリエムへと向ける。
「リエムちゃん。あなたの口から言ってください。あなたの正体を」
続く