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12.……ちょっとした、昔の思い出ですよぅ。

【登場人物】

・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。

・リエム:黒髪の魔法使い。

・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。

 あれから、いくつかの日が過ぎた。


 これでよかったのかと言えば、よくはない。

 間違っていることは俺が一番理解していた。

「……追放なんて、しなければ良かった」

 そんな後悔が、脳裏を過ぎる。

 胸がぽっかりと空いてしまったような、空虚な気持ちに苛まれる。

「もーぅ、暗いですよぅ。仲直りすればいい話でしょぅ」

 向かいに座るレミィは、苦笑を漏らしてコーヒーの中に突っ込んだままのマドラーを弄っていた。


 今俺とレミィが居る場所は、町はずれにある小さな喫茶店だ。

 彼女が俺を気遣って、連れてきたのがここだった。

 昔ながらの、木目が目立つ構造。

 年季を感じるアンティークがカウンターの上にバランスよく並べられている。

 カウンター奥では、喫茶店のマスターらしき男性が店内に流れるレコードに耳を傾けながら、静かにくつろいでいた。

「最近は皆、何かしら時間に追われていますからねぇ。たまには秒針を刻む感覚に意識を傾けるのも悪くないと思うんですよぅ」

 そう言って、レミィは静かにコーヒーに口を付ける。


 だが。

「にがっ」

 ……舌をチロっと出したかと思えば、テーブルの上に置かれていた砂糖をこれでもかと突っ込んでいた。

「ブラックが飲める人ってかっこいいですよねぇ。私もいけるんじゃないかなぁ、って思ったのですがぁ……イメージと現実は違いますねぇ」

「イメージと現実……か」

 俺がオウム返しするのを聞き取ったレミィは、苦笑を漏らす。

「霧崎さんは何でも高望みしすぎなんですよぅ。何でもかんでも自分なら思い通りに出来るはずだ、って思っている節がありますねぇ」

「そんなことは……」

 ない、とは言い切れなかった。

 最初に冒険者を募った時だって、自分の実力に匹敵する冒険者が見つかるまで時間を使うつもりだった。

 その結果、養成学校の同期から大きく出遅れる形となった。

「今となっては、霧崎さんと同じ養成学校の出の人達は、十分な功績を残してますねぇ」

 レミィは納得の行く甘さまで到達していないのか、いくつも砂糖を追加していた。

 何度もコーヒーに口を付けては「にがっ」とぼやく。

「名ばかりで実績のない期待の新人と、知名度はないけどいくつもの任務をこなしている新人……一体、どっちが優れているんでしょうねぇ?」

「……それは……」

 時々、レミィは鋭い問いを投げかけてくる。

 間延びした口調に似合わず、核心を突いてくる様はさすが……と言ったところだ。


 結局返す言葉もなく、俺はただ机を見つめることしかできなかった。

 沈黙でやり過ごしたいわけではないが、どう言葉を返すべきなのかもわからない。

 しばらく間をおいてから、レミィは大きく息を吐いた。

「リエムちゃんとの件だってそうですよぅ。あの子がトラウマ抱えてる、ってことを知りながら霧崎さんは突き放すようなことをしましたねぇ」

「……それが最善だと思ったから、だ」

「なぁにが最善ですかぁ……」

 レミィは呆れたようにげんなりとした表情を浮かべた。

 それから、真剣な顔色を作る。

「リエムちゃんだって……断られるかもしれないって分かってて、霧崎さんのパーティに志願したんですよぅ。あれほど聡明なリエムちゃんが、冒険者として続けることの意味を分かってないはずがないじゃないですかぁ?」

「トラウマと向き合わなければならないことを分かっていて……?」

「私はそう思ってますよぅ。もう一度、ちゃんとあの子の言葉に耳を傾けるべきだと思いますがねぇ」

 そう言って、彼女はもう一度コーヒーを口に煽る。

 十分な甘さになったことに満足したようだ。もう「苦い」とは言わなかった。


「たった1回で何もかも上手くいくと思ったら大間違いですよぅ。何度も間違えて当然ですからぁ」

 そのレミィの言葉は、俺の心に深々と突き刺さった。

 常に完璧であることを求められた俺にとって、衝撃ともいえる一言だったからだ。

「……分かった、ありがとな」

 俺はカップに残ったブラックコーヒーを飲み干し、ソーサーの上に置いた。

 甲高い音が、静寂の店内の中に響く。

「お、良い顔になりましたねぇ。ここは奢りで良いですからぁ、早く行ってくださいねぇ」

 わざとらしく邪険に扱うように、レミィは手をひらひらとさせて俺を追いやる。

 

 そうだ。

 間違えて当然だったんだ。

「もう一度、リエムと話してくるよ」

「良い結果を期待してますねぇ」

 そう言い残して、俺は店内を後にした。


 ----


「はぁー、手の焼ける新人ですねぇ」

 霧崎が姿を消したのを見計らって、私は大きく息を吐いた。

 私がぼやくのを耳聡く聞き取ったのだろう。先ほどまで黙り込んでいた店主は苦笑いを浮かべて、私の独り言に返事する。

「お嬢さんや、ずいぶんとあの少年に肩を入れてるじゃあないかい?想い人かい?」

「まぁー、そういう一面もありますねぇ」

 想い人かと言えばそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 所詮は、童心の頃の思い出だが。

 と、言えども「レミィ」としての記憶の話ではない。

 

 ——わたしねっ、しょうらい、かすめくんのおよめさんになるっ!

 

「……ちょっとした、昔の思い出ですよぅ」

「若いねぇ。まあ、応援しているよ」

「ありがとうございますぅ、でも……叶わなくても良いとは思ってますよぅ」

 きっと、彼は私の素性を知ることはないだろう。

 転生者は、霧崎 掠……ただ一人ではない。

 

 ----


 どこに行けばリエムと出会えるのかは分からなかった。

 だけど、思い当たる場所は一つだけある。

「……きっと、ギルドなら」

 そう、民間ギルドだ。

 冒険者ならば利用することは避けられない場所である。

 一方的とはいえ、俺が彼女に追放を言い放ちパーティの解消宣言をした。

 もしそれでも冒険者で居ることを諦められないのなら、彼女は再びどこかのパーティへの加入を申し出るはずだ。

 あくまで可能性に過ぎない考えだったが、どこか確信はあった。


 冒険者のごった返す中、俺は黒髪の魔法使いの姿を探す。

 すると、エレベーター付近の場所から、揉め事のような声が聞こえてきた。


「……えは……な……」

「黒髪の……せに…………」

 ……黒髪。

 その単語だけを唯一の可能性と考え、俺は足音を殺して近づくことにした。


 すると、徐々にその声は鮮明になる。

 どうやら3人の冒険者達が、1人の少女を取り囲んでいるようだ。

 そのすべての冒険者に、俺は見覚えがあった。

「なあ魔法使いさんよぉ。教えてくれよ、黒髪のアンタがどんな色仕掛けを使ったんだよ」

「……使ってません」

 囲まれているのは、リエムだった。

 彼女は淡々とした表情で、男共に目を合わせることなく言葉を返す。

 ”相手にする気が無い”と全身で表現した態度に、冒険者共の目が吊り上がっていく。


「俺たちゃよぅ、あのクソ生意気なルーキーに断られたんだぜぇ。見ろよ、赤髪のこの俺をよぉ」

「俺もさぁ。青髪と言やぁさ、結構上位に食い込めるはずなんだぞぉ。それをアイツは”話にもならない”って切り捨てやがってよぉ。ムカつくぜ」

 典型的なチンピラと言った雰囲気のやつらだが……彼らは、俺とパーティを組むことを志願してきた冒険者達だった。

 舐めた態度でやってきたものだから、早々に追い返したものだ。

 だから、逆恨みも良いところである。

 魔力量のある自分を差し置いて、魔力が無い黒髪のリエムが採用されたことに腹を立てている……概ねそんなところだろう。


 だが、そんな男共をよそにリエムは及び腰で言葉を返す。

「あ、あのっ……もう、良いですか。私……もう、彼から追放されましたのでっ」

「ぷっ、追放されたぁ?」

 その言葉を聞いた赤髪の冒険者が、小ばかにしたように破顔する。

 続いて彼女の黒髪を鷲掴みにして、無理矢理自身の方へと向けた。

「きゃっ……!」

「じゃあ魔法使いさんよぅ。俺達のパーティに来いよ。自慢の色仕掛けで俺達を満足させてくれよ」

「だ、だから……っ、そんなこと……!」

 リエムは涙目となり、懸命に下卑た男共から遠ざかろうと試みる。

 だが、屈強な男共から逃れることは出来ない。

 自らの優位性を理解している奴らは、舌なめずりしながらリエムを見下している。

 

 周囲の冒険者たちも、自身よりも格上の存在に対して恐怖心を抱いているのだろう。傍観者を貫いていた。

 そんな中、俺は”アイテムボックス”を発動させる——。


「……おい」

 俺は、静かに暴漢共に背後から声を掛けた。

「あ?何だよぉ、俺らの邪魔すんじゃねえよ」

 彼らは鬱陶しそうにしながらも、俺の方を見やる。

「……は、え」

 そんな中、リエムはどこか茫然と呆けた表情を浮かべている。

 俺の姿に呆気を取られているのだろう、と容易に理解できた。

 何せ、今の俺は。

「なんだ、クマの着ぐるみがよぉ。マスコット風情がしゃしゃり出るんじゃねえよぉ」

 そう。全身をクマの着ぐるみに包み込んでいたからだ。

 もう何度もそれを見たことのあるリエムの瞳に涙が潤むのが見える。


 ……よくも、リエムに怖い思いをさせやがって。

 心の奥から滾るような怒りが滲むのを覚える。


 チンピラの様相をした冒険者共は、リエムからターゲットを切り替えて俺を取り囲む。

 傍から見れば、クマの着ぐるみを取り囲むという意味不明な現象だ。

 もし、その正体がブロンズ・ルーキーだと知れれば、問題どころじゃ済まないだろう。

「悪いことは言わない。さっさとこの場から去れ。そして、この黒髪の魔法使いに二度と近寄るな」

「はあ?何様だよおめぇ。お楽しみだったの、お楽しみ。分かる?何ならおめぇも混ぜてやろうかぁ?あ、着ぐるみの身体じゃ無理かっ、はははははっ!!」

「……お前はもう喋るな」

 もう、我慢なんて出来なかった。

 

「……ガッ!?」

 俺は何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、目の前の赤髪の冒険者を殴りつけた。

 左頬を強く打ち付けられた彼は、勢い良く吹き飛ばされる。

 恐らく、脳震盪(のうしんとう)でも引き起こしたのだろう。グルリと白目を向いて、その男は意識を失った。

「っ、てめぇ!」

「リーダーに何しやがんだっ!!」

 激昂した彼の仲間達は、ここが民間ギルドの施設内という事も忘れて腰に携えた剣を引き抜く。

「丸腰のてめぇなんざ、怖くねぇんだよっ!」

「……俺が丸腰に見えると」

「はっ、手ぶらだろうが!」

 ホブゴブリンと比べれば、彼らなど全く怖くはない。

 俺は右腕を水平に伸ばし、静かに意識を手のひらに集中させる。


 やがて、どこからともなく愛用しているロングソードがすっぽりと俺の手に収まった。

「……”アイテムボックス”……?」

「し、しかも無詠唱で……そんな、そんな……っ」

 「自分が出来るから」と忘れそうになるが……無詠唱魔法もアイテムボックスも、どちらも並大抵では会得できない技術なのだ。

「さっさと去れ。二度と彼女の前に姿を現すな」

「ひっ、あ、はいっ!」

 俺がロングソードをいとも容易く顕現させたことに恐れをなした彼らは、リーダーを見捨てて一目散に逃げおおせた。

 

「……大丈夫か」

 俺はリエムに、そう静かに呼びかけた。

 もはや、彼女は涙を隠そうともしなかった。大粒の涙が頬を伝い、地面にぽろぽろと零れる。

 それらを一度裾で拭った後、強く頷いた。

「……っ、はい……!」


 続く


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