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10.お前をパーティから、追放する。

【登場人物】

・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。

・リエム:黒髪の魔法使い。

・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。

「お願いします、戻って来てください」

 何度も願った。

 自分の都合の良いことばかり言っている自覚はあった。

 なんと身勝手で、なんと他人のことを思いやることの出来ない人間なのか、と自分自身に反吐が出る。

 その度に胸の奥から沸き起こるような自己嫌悪が、全身を巡り眩暈さえ引き起こす。


 ……戻って来て、なんて言えるだけマシだったんだ。

 高名な冒険者であるはずの私は、そんなことにさえ気づいていなかった。


 ----


「……ん」

 リエムが身じろぎしたことに気付き、俺は静かに声を掛ける。

「起きたか」

 そう呼びかけると、彼女は重い瞼を開く。

 焦点が合っていないのか、何度も瞬きを繰り返した。それから、茫然とした表情で辺りを見渡す。

「ここは……」

 辺りから情報を収集しようとしたのだろう。

 だが、どれだけ周囲を見渡しても純白のビニール材の張り巡らされた壁材が見えるのみだ。

 どこか他人を遠ざけるような機械的な空間が広がるのみだった。

 リエムは縋るように、俺に視線を向ける。

「あの、私は……ここは……ん?」

「ん?」

「何してるんですか」

 困惑。呆然。驚嘆。

 ころころと移り変わるリエムの表情は、やがて冷淡なものへと変わっていく。


「何って、着ぐるみを着込んでいるだけだが?」

 そう、俺は再びクマの着ぐるみを着込んでいた。

 リエムは冷ややかな目で俺を見据えると共に、冷徹な言葉を浴びせる。

「だけだが、じゃないんですよ……しまいましょう、それ?」

「……ちょっとしたジョークだよ」

「センスないですよ」

「ははっ」

 辛辣な言葉を浴びせられ、渋々俺は”アイテムボックス”にクマの着ぐるみを格納する。

 アイテムボックスの容量がかなり圧迫されるが、特別戦闘を行うような状況ではない為、問題ないだろう。


 やがて本来の服装へと戻った俺を見て、リエムは安堵の笑みを浮かべる。

「……霧崎さんなりに私の気を紛らわそうとしてくれてるんですよね」

「ちょっと反応くらいは欲しかったがな」

「何度も同じネタを擦るのは論外です」

 

 他愛ないやり取りを交わした後、リエムは大きく虚空に息を吐く。

「ここは……ギルドと連携している療養施設、ですね」

「まあな。お前が取り乱したから連れて来たんだよ」

「見苦しいところを見せました……」

 リエムは力なく、自嘲の笑みを浮かべる。


 俺は早々にホブゴブリンの凶刃に倒れた冒険者について、出入り口で警備している中年男性に報告した。

 だが恐らく、魔物に命を奪われる冒険者と言うのは少なくないのだろう。思いのほか冷静な反応で、彼は民間ギルドへの連絡を行っていた。

 そんな淡々と行われるやり取りを遠巻きに見ながら、俺は冒険者と言う存在の異常性を改めて認識する。


 いつ死んでもおかしくない。

 今日そばに居た人が、明日この世に居ないのが常の世界だ。

 俺だって、リエムが居なければ今頃命を失っていた可能性だってある。


「お前が居なかったら俺は今頃死んでただろうな。助かった、ありがとうな」

 俺は改めて、黒髪の魔法使いに頭を深々と下げる。

 この期に及んで、俺は初めて自分の無力さを悟った。

「……あ、はい……いえ……」

 だが、俺が期待した反応とは異なり、リエムは薄暗い表情を浮かべるのみだった。

 しばらくして、彼女は静かに首を横に振る。

「……ごめんなさい。偉そうなことを言ったのに、情けないですよね」

「気にするなよ……とは言えないな」

「……はい」

 リエムの表情が苦痛に歪む。


 明らかに、彼女は人の死に強いトラウマを持っている様子だ。

 一体彼女がどのような苦悩を抱え込んでいるのか、俺には理解できない。

 だが……。


「なあ、リエム」

「何ですか?」

「助けてもらったことは感謝する、がな……」

 まだ出会って数日と経たない関係だ。

 だからこそ、この言葉を伝えるなら早い方が良い。

 これ以上、傷が深くならないように。


 覚悟を決めて、俺ははっきりと告げる。

「リエム。お前をパーティから、追放する」

「……え」

 こうするしか、きっとないのだろう。


 リエムの表情が、苦痛に歪む。

 瞳に涙を溜めて、懸命に自らの有用性をアピールする。

「わ、私……!戦えますっ、ほら、ホブゴブリンとの戦いだって!私が、私が居なかったら……霧崎さんは勝てましたかっ!倒せましたかっ!?」

「ああ、お前が居なかったら俺はきっと負けてた。勝てなかっただろうな」

「だったら!私を追放するのは得策ではないですっ、私なら!」

 懸命に居場所に縋ろうとするリエム。

 それほどまでに、どうして冒険者に執着するのだろう。

「……冒険者は、最も死に近いところに居るんだ。改めて、俺はそれを実感したよ」

「……っ」

「あのホブゴブリンに叩き潰されていたのは、もしかしたら俺だったかもしれない。一発喰らえば即死の中で、奇跡的に生き延びただけだ」

「それは、霧崎さんが無謀な戦闘スタイルを取っていたからで……他に、安全な戦い方が……」

 リエムは声を震わせて、懸命に反論する。

 

 ……本当は、彼女を傷つけるのは得策ではない。

 だが、これ以上。


 ——彼女に冒険者を続けさせるわけには行かない。

 

「それは黒髪のお前が言えたことか?」

「そ、それは……」

 他人の見た目に触れること。

 それが彼女を最も傷つける方法だとは理解していた。

 だからこそ、この手段を取る。

「奇跡的にホブゴブリン1体だから生き延びただけだ。言ってたよな、お前は魔法を使えるのは3発くらい、だと」

「……はい」

「実際にホブゴブリンとの戦いで”身体能力向上”と”アイテムボックス”の2発を使ったよな。使えて、あと1発か……もし、増援がいたら、お前は戦えたか?」

「そ、それは……」

 返す言葉もなく、リエムは口ごもる。

 

 ……だから、他人と関わるのは苦手なんだ。

 どうも俺は口下手らしい。こんな方法しかとることが出来ない自分がつくづく嫌になる。

「お前はもう、冒険者から手を引け。お前が心を傷つけてまで戦う必要はどこにある?」

「そ、それでもっ。私は逃げたくないんです……逃げたく……」

 


 それが、自分の口から出た言葉だとは思いもしなかった。

「理解しろよっ!そんなズタボロの心でこれ以上危険に身を晒すなって言ってんだっ!!人の死が怖いんだろ!?」

「——!」

「俺が死ぬかもしれないし、お前自身だって例外じゃない!言ってたよな!?石ころ1つが死ぬ理由になるかも知れないってさ!!そんな環境にわざわざお前の居る必要があるかって聞いてんだ!!」

「で、ですがっ……戦えるのなら、戦わないと……っ」

 この期に及んで、リエムはもごもごと反論を続ける。

 そんな煮えきらない態度の彼女に苛立ちすら感じる。

「引き下がるなら今しかないんだぞ!レミィさんに頼んでお前の存在を隠してもらってる今のうちに!わざわざトラウマ呼び起こしてまで戦う必要なんかないんだ!!」

「霧崎さん……」

「……話は終わりだ。今は身体を休めろ」

 俺はそう一方的に言い放ち、リエムを置き去りにして部屋を後にした。


 扉を閉めて、廊下に出たところで俺は彼女に出会った。

「はぁー……相変わらず霧崎さんは不器用ですねぇ」

「……レミィさんか」

 ギルド本部から派遣された職員であるレミィだった。彼女は困ったような笑みを浮かべて、俺を肘で小突く。

「リエムちゃんのこと心配してるのは分かりますよぅ。あの子、ひたむきでいい子ですからねぇ。まるで何か後悔に立ち向かおうとしてるみたいに」

「……何が言いたいんだ」

「私だって気にならない訳じゃないですからぁ。リエムちゃんの正体をちょちょいのちょいっと探ったんですよぅ」

「職権乱用だろ。あいつがそれを望むと思うのか?」

「ま、思わないでしょうねぇ」

 レミィは悪びれる様子もなく、けらけらと笑う。

 

 それから、途端に真面目な表情を作った。

「リエムちゃんは、身分詐称してますねぇ。ギルドの規約違反をがっつりやってますねぇ……」

「……どうして、それを俺に言うんだ」

「気になるかと思って、ですよぅ。これ以上は霧崎さんが本人から聞いてくださいねぇ?」

「いや、俺は……」

 もう彼女はパーティメンバーではない。

 そう口を挟もうとしたが、レミィは首を横に振った。

「本当は心配性なの、分かってますよぅ。そう言うところ、昔から変わらないですよねぇ」

「……ん?」

 昔から?

 俺とレミィは知り合ってそう長くないはずだが。


 疑問に思ったのも束の間。

 レミィはくるりと踵を返し、俺に背を向ける。

「じゃ、また今度ですねぇ。リエムちゃんと仲良くしてくださいねぇ」

 そう言って、彼女は俺の前から姿を消した。


 続く

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