1.”身体能力強化”の魔法は、厳密に言えば雷属性だ。
転生前の世界でいうところの「会議室」に似たような空間だ。
重厚感を生み出すダークオークの木目が目立つ柱で建てられた部屋。
四角形の形に並べられた長机。静寂の中、静かに秒針を刻む音だけが鳴り響く。
「……私は”アイテムボックス”と”炎弾”、また回復系統の魔法が使えます。私の魔法であれば、貴方様のご期待に添えると思います」
そんな中、“面談”に訪れた橙色の髪を伸ばした冒険者の男性は、懸命に己の能力についてアピールしていた。
余計な装飾が多い、派手さが目立つ法衣を身に纏っている。恐らくは僧侶、と言った役割だろう。
話を聞きながら、事前にギルド本部から配られた履歴書に目を通す。確かに、相応に勉学に励んできたのだろう。
だが、俺が求めるのは実績ではない。
「……なるほどな。アンタも勉強は十分にこなしてきた訳だ」
すると、目の前の彼は鼻息荒く、より自らの有用性をアピールする。
「はい!ですから是非!私をパーティとして認めて頂きたく!!」
「無詠唱魔法は出来るか?」
「……は?」
俺がそう質問を投げかけると、僧侶の男性は目をぱちくりとさせた。
恐らく、質問の意図が理解できていないのだろう。ぽかんと口を開けて、俺の続く言葉を待っているようだ。
……こいつも駄目か。
心の中で”不合格”の烙印を押す。
それから、俺は彼に説明を始めた。
「”アイテムボックス”……厳密に言えば”物体格納魔法”か。それと”炎弾”……どっちも、冒険者養成学校で習う基礎の魔法だ。出来て当然だろ」
「っ、それが一体どうしたと……?」
僧侶は食い下がる。
俺は呆れを強調するように大きくため息を付き、履歴書を机の上に置いた。
「良いか?俺が求めるのは実績でも、学力でも何でも無い。臨機応変に対応する能力だ。詠唱なんてそんな煩わしいことに時間を割くつもりか?」
「で、ですが詠唱が無いと魔法は発現できないのでは……」
「詠唱なんて、所詮魔法を構成する為の形式に過ぎないだろう。”魔法詠唱学会”で決められただけの定型文だ。詠唱なんてしなくても発動自体は出来る……こんな風にな」
僧侶に見せつけるように、右の掌に”炎弾”に用いる火の玉を、左手に”アイテムボックス”を駆使して短剣を発現させた。
無詠唱魔法の実践を行うと、目の前の僧侶は「え……」と困惑の声を漏らす。
「そ、そんな。詠唱も無しに……神の領域だ……」
「何が神の領域だ。俺よりも格上の冒険者は皆これを簡単にやってのけてる。お前が知らないだけのことだろ」
僧侶の呆けた顔を見ながら、俺は発現させた炎弾をかき消した。それと同時に、短剣も再び”アイテムボックス”の中に格納する。
かつて授業の一環として受けた冒険者実習では、上級冒険者達は皆、無詠唱魔法を活用していた。
俺だって、そんな者達から教わったに過ぎない。
「唐突に不意打ちを受けたら?いつだって魔物は俺達の目の前に現れるわけじゃない。ゴテゴテの装備のお前はそんな状況に対応できるのか?」
まるでダンジョンに潜入する様相に見えない、派手な装飾をあつらえた法衣を身に纏う僧侶に向けて、俺はせせら笑う。
それを挑発と受け取ったか、僧侶の彼の目がつり上がっていく。
敵意とも取れる低い声音で、苛立ちの言葉をぶつけてきた。
「それはあなたが天才だからでしょう?出来ないことを補うのがパーティというものでは?」
「出来ない、という問題を無視するなよ。”身体能力強化”の魔法くらい使えるだろ、自衛くらいしろ」
「……身体能力強化?」
”身体能力強化”の単語を聞いた瞬間、怯えにも似た表情に代わり、情けない声音でそうオウム返しをしてきた。
もはや、論外も良いところだ。
「嘘だろ、身体能力強化の魔法も使えないのか?」
「ヒーラーを守るのは前衛の役割でしょう?」
返す言葉も無かったのか、何故だか強気でそう反論する。
もはや”面談”ですら無いのだが、ここはひとつお灸を据えないと行けないようだ。
「良いか?魔法だって、原理不明の不可思議な力って訳じゃない」
「……何の話を?」
じっと警戒するように俺の目を見据える僧侶に、問いを投げかける。
「じゃあ、回復魔法……そうだな。”創傷治癒”の魔法について、簡単にメカニズムを解説してみろ」
「……それは、傷付いた皮膚を……魔法の力で元の姿に戻すことで……」
たどたどしくも解答するが、まるで魔法について理解していないようだ。
「違う」と解答の中断で言葉を遮り、俺は問題の解説を始めることにした。
「厳密には”傷付いた細胞組織を、魔法構造式を介して擬似的に再現した人工細胞で補う”だ。自然に元の細胞に置き換わるまでの応急処置と言うことを忘れるな」
「……」
「最近は”全ての組織が創傷治癒の魔法で補われた人間は、元の人物と同一なのか?”という議論もあるようだがな。魔法を使うというのは、そういう倫理的な問題にも抵触することだ」
「わ、私は……」
もう、返す言葉がないようだ。
口を何度も開いては閉じ、餌を待つ金魚のようにも見える。
もごもごと何かを言いたそうにしては、逃げるように俺から視線を逸らしている。もはや、当初の目的であった「俺とパーティを組みたい」というよりは「この場から逃げ出したい」という気持ちの方が強いのだろう。
俺としてももはや、これ以上面談を続ける意味は無いと思っていた。
だから、最後に簡単な授業だけ行うとしよう。
「お前の今後の為に教える。身体能力強化の魔法についてだ。冒険者として活動するなら、お前も覚えておいた方が良い」
「は、はあ……一体、どうやったら扱えるようになるんですか?」
ビクビクと俺の言葉に怯えながらも、続く言葉を待つ僧侶。
だから俺は、なるべく簡単に理解できるように、言葉を選びながら言葉を続けた。
「身体能力強化の魔法は、厳密に言えば雷属性だ」
「は?雷属性?」
2つの単語が結びつかないのだろう。彼は目をしばたかせた。
「簡単に説明すれば、身体能力強化は”全身の神経や筋肉に伝達する電気活動をより一層活発にさせる魔法”だ」
「全身の神経や筋肉を?」
「人の筋肉は電気活動によって機能している。身体能力強化の魔法は、その活動を補助するものに過ぎない」
「……あなたは、一体どこからそんな知識を」
信じられない、と言った様子でふるふると首を横に振る僧侶。
まるで、俺を化け物か何か……とでも言いたげな表情で見据えている。面談に来たくせにあまりにも失礼だとは思うが。
「当然、そんな原理で成り立つ魔法だから過度な使用によって筋肉組織が破壊される可能性だってある。魔法に伴う副反応についても、勉強は怠るな」
「……」
「話は以上だ。冒険者は責任が伴うものだと……改めて理解しろ」
俺が最後にそう吐き捨てると、面談に来た彼はいそいそと荷物を纏めて部屋を後にした。
「……はあ」
面談室の中が俺一人になったのを見計らって、俺は肺の奥に溜め込んだ空気を全て吐き出すようにため息を付く。
とても疲れた。
本当はここまで言葉を浴びせるつもりでは無かったが、つい熱くなってしまった。
しばらくしてから、一度閉ざされたはずの扉が再び開く。
「ん~、お邪魔、しますねぇ」
俺が返事する前に、その扉は開かれた。ひょっこりと顔を覗かせる銀髪の女性が、困ったような笑みを浮かべて俺を見る。
「……悪いな。また、不合格だったよ」
「ですよねぇ、先ほど出ていった僧侶さんの顔色見てたら分かりますよぅ。相変わらず説教くさいですねぇ、期待のブロンズ・ルーキーさんはぁ」
”ブロンズ・ルーキー”とは俺の呼び名のことだ。
「止めてくれよ、まだ一度も正式に冒険者として依頼を受けてないのは負い目に感じてるんだ」
「そう思ってるなら早くパーティメンバー決めてくださいよぅ。レミィちゃんを早くギルド本部に返してくださいよぅ~」
銀髪の女性――レミィは口を尖らせ、いじけたように地面を蹴った。
すらりと線の細い身体に重ねるように着込んだ、灰色のスーツ。毅然とした装いとは真逆に、どこか幼さの滲む言動というギャップを兼ね備えている。
彼女はギルド本部から派遣された職員だ。
「善処はする。俺一人の為にギルド総出で計らいを掛けてくれているのは有り難いことだからな」
「ホントですよぅ。あなたが金の成る木じゃなかったら、今頃出禁ですよぅ。で・き・んっ」
「……はは」
返す言葉も無かった。
俺が加入するパーティメンバーの選定に拘り続けるせいで、未だにギルドからの依頼をこなすことが出来ていないのだから。
レミィは俺の前髪を摘まみ、にこりといたずら染みた笑みを浮かべる。
俺が”ブロンズ・ルーキー”と呼ばれる所以となった、ブロンズヘアを。
「あなたの同期達はみーんな冒険者として仕事をこなしてますからねぇ?そこのとこ、よーく考えてくださいねぇ?霧崎 掠さん?」
「……分かってる」
可愛らしい笑みとは反対に、鋭く突きつけられた正論。
俺――霧崎 掠は彼女の目をまともに見ることが出来ず、顔を背けることしか出来なかった。
続く




