昔の話は、今を縛るものなのか
クラスメイト・三浦ほのかの過去が少しずつ明かされていく第6話。
中学時代、「本ばかり読んでる変な子」と周囲から浮いていた経験から、彼女は人との距離を置いて生きてきた。
その過去を知った九條は、図書室で彼女に静かに向き合い、「それでも自分を持っていた彼女は立派だ」と伝える。
自分を否定せず、受け入れてくれる九條の言葉に、ほのかは初めて心から微笑む。
そしてふたりは、それぞれが抱える過去と向き合いながら、少しずつ“いま”を大切にし始める。
「普通の学校生活」を願うはずだった転生者の九條にとって、彼女との時間は確実に“特別”へと変わっていく――。
第6話:「“昔の話”は、今を縛るものなのか」
その日の放課後。
俺は教室を出る前に、担任の佐倉先生に呼び止められた。
「九條くん、ちょっとだけいいかな」
静かな職員室で、佐倉先生は俺に言った。
「三浦さんのことで、少し気になることがあってね」
「……はい」
「彼女、中学のときに少しトラブルがあったって聞いてる。人間関係で、かなり孤立してた時期があったらしいんだ」
俺は思わず拳を握った。
本人から聞いた話と、先生の言葉とが重なって、妙に現実味を帯びてきた。
「でも、最近は変わってきてる。君のおかげかもしれないね」
「……そんなつもりじゃ」
「どんなつもりでもいいよ。
“過去は変えられない”っていうけど、“今”を変えれば、見え方は変わる。
彼女が少しでも笑えるようになったなら、それはきっと君の存在だよ」
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図書室に着くと、ほのかは今日もいつもの席にいた。
けれどその目には、いつもより影があった。
「……今日、先生から聞いたよ。中学のこと」
そう言うと、彼女はゆっくりと視線を落とした。
「……恥ずかしい話だよ。
“本ばかり読んでる変な子”って言われて、
“本の中の世界にしかいない子”って、笑われて――
それが怖くて、誰とも関わらなくなったの」
「でも、それって悪いことじゃない」
「え……?」
「本の世界が好きなことも、自分の時間を大切にしてきたことも、
俺は全然、恥ずかしいと思わないよ。むしろ、そういうの、ちゃんと“自分”を持ってるってことだろ」
言いながら、自分の胸が少し熱くなっていた。
彼女は黙ったまま、しばらく俺の顔を見ていた。
そして、ふっと笑った。
「……ありがとう」
「別に、感謝されるようなことじゃない」
「でも、言ってくれて嬉しかった」
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図書室を出た帰り道、二人で並んで歩く。
まだ6月前なのに、空気は少しだけあたたかくなっていた。
「九條くんは、過去に後悔してることってある?」
「……たくさんあるよ。だから俺は、もう一度やり直したいって思ったんだ」
言ってから、我ながら変なことを言ったなと思った。
でも、彼女は何も突っ込まず、ただ「そっか」と微笑んだ。
その笑顔は、夕焼けよりもやさしくて、
どんな過去よりも、いま大切にしたいと思った。
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次回予告:
第7話「ふたり、傘をさして歩く道」
今回もお読みいただき、ありがとうございました!
第6話では、ヒロイン・三浦ほのかの“中学時代の過去”に少し踏み込みつつ、
それに向き合う九條の姿を描きました。
誰にでも、触れられたくない過去や、できれば忘れたい記憶があると思います。
それでも、それを受け止めてくれる誰かがそばにいてくれたら――
ほんの少しだけ、明日が変わるかもしれない。
そんな気持ちを込めた回でした。
「転生して普通に生きたい」だけだった主人公が、
“人と関わることの責任”や“ぬくもり”を知っていく過程を、これからも丁寧に描いていきます。
次回は、雨の放課後と、一本の傘が二人を繋ぐお話です。
またお会いできるのを楽しみにしています。