三浦さんって、誰かと仲良くなることあるんだ?
誰かのことを少し気にし始めると、周りの声が気になってくる。
あの人はどう見られてるんだろう、自分はどう思われているんだろう――
そんなこと、前世では気にも留めなかったのに。
「普通の高校生活」を送るはずだった俺の心に、
少しずつ、誰かの存在が根を張り始めていた。
彼女の過去を知っても、俺の気持ちは変わるのだろうか。
それとも、もっと近づきたくなるのだろうか。
第5話:「三浦さんって、誰かと仲良くなることあるんだ?」
昼休み、俺は校舎の裏のベンチに腰を下ろしていた。教室より静かで落ち着くこの場所は、最近の俺のお気に入りだ。
パンをかじっていると、クラスメイトの会話が頭の中でふとよみがえった。
――「三浦さんって、誰かと仲良くなることあるんだ?」
昨日、図書室の帰りに耳にした、何気ない一言。
問いかけというより、少し冷めた呟きに近かった。
俺はその声に、なぜか少しだけ胸がざらついた。
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放課後の図書室。
俺がドアを開けると、三浦ほのかはすでにいつもの席にいた。
いつも通り静かに本を読んでいて、俺に気づくと軽く会釈する。
「……今日も来たんだね」
「来ちゃダメだったか?」
「ううん、嬉しいよ。少しずつ、“来てくれるのが当たり前”になってきてる」
その言葉に、俺の心のざらつきは少しだけ消えた。
けれど、どうしても気になっていた。あの言葉のこと。
「……ほのか」
「え?」
「クラスで、ほのかのこと、“人と仲良くならない”って言ってる人がいた」
「……そう」
彼女は本を閉じた。いつもの落ち着いた表情から、少しだけ目を伏せた。
「実はね、中学のとき、少しトラブルがあったの」
「トラブル?」
「簡単に言えば、“本ばっかり読んでる変な子”って言われて、ちょっと浮いてた。
それで、誰とも深く関わらなくなったの」
俺は何も言えなかった。
彼女の静けさには理由があったんだ。
「だから、九條くんとこうやって話すの、今でも不思議なの」
「でも俺は、変だなんて思わないよ。むしろ……本を大事にしてるの、いいと思う」
彼女の表情が少しだけ緩んだ。
それは、図書室の柔らかな夕日にも似た、優しい笑顔だった。
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帰り道、俺はふと、空を見上げた。
“普通の生活”を望んでいたはずなのに、少しずつ、誰かのことを考えて動くようになっている自分がいた。
もしかしたら、これはもう“普通”じゃないのかもしれない。
でも、それでも――悪くないな、と思った。
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次回予告:
第6話「“昔の話”は、今を縛るものなのか」
今回も読んでいただき、ありがとうございました!
第5話では、ほのかの少しだけ触れにくい「過去」と、それに対して九條がどう向き合うのかを描きました。
“図書室の彼女”という存在が、だんだんと物語の中で特別なものになっていく――そんな気配を感じていただけたら嬉しいです。
「普通の生活」を望む主人公が、「誰かと関わることの難しさ」と「それでも踏み出す意味」に気づき始めた回でもあります。
小さなやりとりや言葉の選び方が、二人の距離を少しずつ縮めていくのを、これからも丁寧に描いていきたいです。
次回は、彼らの日常にちょっとした“波”が立ち始めます。
「静かな青春」のその先へ。ぜひ楽しみにしていてください。