図書室で出会った君は、たぶんヒロイン
転生したのに、世界を救う使命も、特別な力もなかった。
あるのは、普通の通学路と、見知らぬクラスメイトたち。
だけど、朝の電車で偶然隣に座った女の子。
その姿が、ずっと頭の片隅に残っていた。
静かで、少し不思議で、本のページをめくる指先がやたら綺麗だった。
前世の俺なら、絶対に関わらなかったタイプの人間。
でも――
今の俺は、「普通の高校生」として生きてみようと思ってる。
そのためなら、少しくらい、話しかけてもいいかもしれない。
そんな気持ちになった、放課後の図書室。
第2話:図書室で出会った君は、たぶんヒロイン
初登校の朝は、やけにあっさりしていた。
自己紹介の時間はちゃんとあったけど、クラスメイトたちは「あー新しい転校生か」くらいの反応。変に絡まれることもなく、空気のように馴染んでいった。
――いや、馴染んでいったというより、「干渉されない空気感」が心地よかった。
前世では営業トークで胃をすり減らしてたし、こっちではしばらく静かにしていたい。
「九條くんって、けっこう静かだよね」
放課後、教室で荷物をまとめていた時に、隣の席の男子──綾瀬颯太が声をかけてきた。
明るい茶髪に軽いノリ、いかにも“陽キャ”っぽい雰囲気。だが、根っからの善人らしい笑顔だった。
「静かっていうか、転生してきたばっかだからな」
「えっ!? ガチ!? 異世界から? ドラゴンとか倒してきた!?」
「いや、ただの事故死です。記憶そのまま持ってこっち来ました。多分、神のミス」
「そっち!? てかそのテンションで言う!?」
軽い会話。こういうのも、なんだか懐かしい。
前世では会社の飲み会すら行かなくなってたからな……。
⸻
帰り道、俺はふと、学校の中を歩き回ってみた。
昔の学生生活じゃ、放課後に校内をうろつくなんてこと、あんまりしなかったから。
ふと、開いたドアの先に静かな空間が広がる。
――図書室。
中には、誰もいない……と思ったが、窓際にひとり。
茶色のセミロングに眼鏡の少女が、静かに本を読んでいた。
朝、電車で隣に座った子だ。
俺が入ったことには気づいていない。ページをめくる指の動きが、とても丁寧だった。
「……あの、本、好きなんですか?」
思わず、話しかけていた。
少女は少し驚いたように顔を上げ、俺を見た。
「あ……九條くん、ですよね。朝、電車で……」
「うん。たぶん、同じクラスだよな」
少女は少し恥ずかしそうにうなずいて、本の表紙をそっとこちらに見せた。
『午後の雲と約束の声』――名前だけは聞いたことがある、有名な青春小説だった。
「読んだことある?」と彼女。
「……いや。働いてて、読む時間なかった」
「働いて……?」
「あ、いや。前世の話。転生してきたんだ、俺」
「ふふっ。……変わってますね、九條くん」
その笑顔は、どこか優しくて、どこか切なかった。
転生者の冗談をまともに受け取らない、ちょっと不思議な子だなと思った。
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放課後の図書室。誰もいない静かな空間。
ひとりの転生者と、ひとりの文学少女。
ここから、俺の“高校生活の物語”が少しずつ動き出す。
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次回:
第3話「図書室の彼女の名前は、三浦ほのか」
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
第2話では、転生後初めての“ちょっとした出会い”が描かれました。
図書室にいる文学少女。落ち着いた雰囲気の中で始まる会話。
なんでもないようなやり取りの中にも、少しずつ「物語の始まり」の気配がしてきました。
前世で疲れきった主人公が、誰かと関わることで変わっていく。
そういう小さな変化を、ひとつずつ丁寧に描いていけたらと思っています。
次回は、いよいよあの女の子の名前が明らかに――。
少しずつ、青春が動き出します。
また次の放課後にお会いしましょう!