第55話〜小さな反抗〜
ピンポーン__
キャラバンの次の日、
開店前からアトリエに来客があった。
「実くん……?」
髪がボサボサで寝起きのかなうさんの代わりに
インターホンを覗くと、そこにはギルドAYAKASHIの
メンバーの1人。
ご飯大好きショタンクの実くんの姿があった。
「かなうさん、実くんです。どうしたんでしょう?」
「実〜?平日の朝だけど。」
「なんかあったんじゃないか?」
少し心配気味なわっさんと、
まだふわふわしているかなうさん。
時計の針は9時18分を指していた。
彼はまだ12歳。
この時間は、学校に行ってるはずでは……。
なんて思いながら、私は1階のアトリエへ向かい
鍵を開けた。
「実くんおはよう。どうしたの?」
おはようと声をかけるが反応がない。
いつもなら飛びついてくるのに。
心配になった私は、実くんの背丈に合わせてしゃがみ
彼の顔を覗き込んだ。
「うつつ……ねぇちゃん…………。」
実くんの大きな瞳には大粒の涙が溜まっていた。
「ぼ、く……いえで……したぁ……っ!!」
「家出?!!!!」
一体何が……?!
私は驚きながらも、彼をアトリエの中に入れて
寝ぼけたかなうさんがいる2階へと連れて行った。
「おはよ〜実。」
まだ髪がボサボサのままのかなうさんは、
眠たそうに目を閉じながら歯磨きをしている。
「かなねぇ……ぶさいく……。」
「うるへー!!」
流石、最近まで小学生だっただけある。
怖いもの知らずな実くんは、寝ぼけてだらしない
かなうさんを、ハッキリ不細工だと言い切った。
私は大人だからね。
吹き出しそうになった笑いはもちろん堪えたよ。
「ニヤニヤしてんなようつつ。」
見えてるからなと閉じた目でプンプンと怒るかなうさん。
いいから早く口を濯いできてくれ。
そんな私の想いが通じたのか
かなうさんは、洗面所へと向かった。
「実くん、朝ごはんは食べた?」
「うん。少しだけ。おにぎり5個……。」
それは、"少し"なのか……?
「ふぃー。お待たせ。」
閉じていた目もしっかり開き、髪も整っている。
いつものイケメンなかなうさんだ。
「本物だ…。」
かなうさんを見た実くんが言った。
「馬鹿野郎。ずっと本物だわ。」
実くんのおでこをペちっと叩き、ソファへと座る。
「それで、どうした?こんな時間に。」
おいでと言って、かなうさんは実くんを座らせた。
座った実くんの膝の上に、さらにわっさんが座る。
「家出……した……。」
少し悲しそうに下を向いて話す実くん。
「なんで?」
「学校行きたくなくて…。」
それは、学生なら誰でも通る言い訳だった。
「じゃあ家にいればいいだろ。
なんで、家出したんだよ。」
確かにそうだ。
学校が嫌なら家にいれば良い話だ。
「親と喧嘩したのか?」
行き着く答えはそこだった。
家出する理由は、家にいたくない気持ちがあるからだ。
「喧嘩じゃないよ…。」
「じゃあなんだよ。」
実くんは言葉を詰まらせた。
静まる部屋の空気。
そんな空気に耐えられなかったのか、実くんは
小さく口を動かした。
「い……じめ……。」
その言葉を聞いて、何故ここまで彼が
渋ってまで言いたくなかったのか理由が分かった。
大丈夫だと言うように、わっさんが実くんの手を舐めた。
「えーと……親はそれ知ってるのか?」
なんて声を掛けたらいいのか分からない。
そんな中、かなうさんは次の会話に繋げるために
実くんへ質問をした。
「知らない……。言ってない。」
「それはなんで?」
少しずつ実くんの本音を引き出せるように
かなうさんは上手くリードしていた。
たまに感じる時がある。
この人は、人の気持ちを"操る"のが上手い。
実くんは、リードされながら気持ちを言葉にした。
「ママとパパは、僕を自慢の息子だって
いつも褒めてくれるんだ……。
だから、イジメられていることを知ったら……。」
自慢の息子じゃなくなる。
自分の口でその言葉を言うのは、
12歳の子供にとっては辛いだろう。
実くんの口は悔しそうに歪めていた。
「イジメの原因は?」
いつも明るくて空気を和ませてくれる実くん。
私にも、何が原因なのかが分からなかった。
「僕、可笑しいんだって。」
皆よりもいっぱい食べて、皆よりもゲームができる。
皆よりも成績が良くて、皆よりも……。
それは集団生活特有の、潜在意識の暴力だった。
学校では特に、集団生活を強いられる。
右を向きなさいと言われれば、全員右を向く。
その中で左を向いている人がいれば
右を向いた全員から、その人は変だと認識される。
「僕と遊ぶのはつまんないけど、
僕で遊ぶのは楽しいんだって言ってたんだ。」
今では、小学から中学までの教育機関は
同一学校でのエスカレーター式になっている。
中学になる時点での転校は中々珍しいケースで、
自慢の息子でいるためには"イジメで転校"なんて
以ての外。
実くんへのイジメもまたエスカレーター式に
則ってしまったと言う。
「典型的なイジメのあれだな。
にしても、どうして今行きたくなくなったんだ?」
イジメは1年近く続いていたらしい。
1年耐え、なぜ今になって行きたくなくなった
というのかは、確かに不思議ではあった。
「この前あったでしょ……?」
実くんの口から語られたのは、
舞依さんのライブハウスでの事件のことだった。
「人って簡単に死ぬんだって、怖くなった。」
今まで実くんがされてきたことの中には、
生死に関わる内容の物もあったと言う。
教えてはくれなかったけど、きっとそれだけ言えない
嫌な思い出なんだと思った。
「いつ死ぬか分からない恐怖で頭いっぱいになってて、
夜になると一人で泣いて、気付いたら朝になってた。」
最近は、そんな日常の繰り返しだと実くんは言った。
夜寝る前の時間って、自分と向き合う時間でもあるから
一度考えを引き摺ると止まらないよね。
頭が良い人あるあるだ。
考え事を溜め込んで溜め込んで溜め込んで、
その結果何も変わらない朝が始まる。
彼らはそれを"恐怖"だと言う。
「そして今日爆発しちゃった……。」
今まで溜め込んでいた不満や葛藤、
苦しみから解放されたくて
初めて親に"反抗"した。
それが家出に繋がったと、実くんは話してくれた。
「かなねぇなら解ってくれると思ったから……。」
だから、アトリエを訪ねたと
全てを話して少しだけスッキリした表情の実くん。
「うつつねぇちゃんも聞いてくれてありがとう……!」
いつものように実くんは、二カッと笑った。
その笑顔からは考えられないほど、
人は大きいや小さいに関係なく悩みがあるのだと
痛感した。
「ううん。話してくれてありがとう。」
彼はこれからどう現実と向き合うのだろう……?
私がこの世界と向き合うための
ヒントが得られそうだった。




