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第5話 オタクに優しいギャルの飯盒炊爨無双(前編)

 高校に入学して初めての行事・飯盒炊爨。「はんごうすいはん」ではない、「はんごうすいさん」だ。このネタだいぶアラサーっぽいな……。


 ともかくその飯盒炊爨の班決めにおいて、私は初めて未来人らしいチートを使った。


 班決めは箱の中のくじを席順で引いていくベタな決め方だったが、私は予め出席番号20番の橋本はしもとさんに、賄賂(お菓子)を渡していた。何故なら彼女が引く番号は、あおいと同じ班になれる番号だからだ。


「じゃあ次、橋本さん」


 橋本さんがくじを引いて、その紙が授業中の手紙交換の要領で私の席まで回されてくる。    


 班決めを仕切るクラス委員長の石田実咲いしだ みさきさんは大のレクリエーション好きで、このくじ引きにおいても、全員にくじが行き渡った後に、一斉に開いて各々が黒板に書きに行くというサプライズ要素が用意されていた。


 つまりくじを開く前に橋本さんと交換して、意図的に葵と同じ班になろうという作戦だ。これは《《このくじの結果を知っている》》未来人の私にしか出来ないことだろう。


 タイムリープする前の時間軸「α世界線」での、葵の班を覚えていた自分の記憶力を褒めたい。というより、それくらい私は一周目の世界でも、葵を目で追っていたんだなって気付く。なんか恋愛的な話じゃなくて、単純に「オープンオタク」という存在があの頃の私にとって衝撃的だったということだ。


 ともかくこれで私の班は、私、結愛ゆあ、葵、そして石田委員長の4人になった。そう、前の世界でも結愛は葵と同じ班だったのだ。一体どんな会話をしてたんだろう。


…………

……


 で、飯盒炊爨当日のバスの中。私はずっと石田委員長と会話していた。何故かって? 結愛と葵があまりにも喋らないからだ。


 私の隣の窓際の席でずっと、珍しくラノベじゃない単行本を読み続ける葵。私の前の席でずっと、クソデカヘッドホンで音楽を聴き続ける結愛。いや学校行事にヘッドホンって……。ちなみに何かあってギスギスしているとかじゃない。これがこの2人のスタンダードなのだ。


 結愛はギャルではあるものの、「陰キャ」というくくりでは、葵と良い勝負だった。この時代ではまだ陰キャという言葉が広まっていないので、大っぴらに「結愛ちょっと陰キャ過ぎ」みたいにイジれないのが歯がゆい。


 一方で、石田委員長は真面目で眼鏡をかけていて勉強が出来て、いかにもな感じの委員長キャラだが、根が陽キャだ。そして私もオタクだけど、陽キャの皮を被ることが出来る陰キャだ。


 そうなると必然、私と石田委員長が延々と喋っているだけの班になる。これはまずい。


「ねぇ葵! 石田委員長も本好きなんだって、今それ何読んでるの?」


 葵に話を振るものの、彼女はブックカバーを外してこちらに見せるだけ。それは「ハイペリオン」というタイトルの小説だった。まさかお前……。


「葵、それ面白い?」

「ユニーク」


 オタクちゃんさぁ……。いや、やだよ私これに「ちょwwwおまwwwそれ長門ネタじゃんかwww」みたいな感じで突っ込むの。


 仕方なく葵は放置して、今度は結愛のヘッドホンを片耳だけずらし、


「結愛、それ何聴いてるの? 委員長も結構バンドの曲とか聴くんだって」

「これ? SuiseiNoboAzってバンド」


 知らねえええええええ!


 いや私は以前の世界で結愛に教えてもらったから知ってるけど。NUMBER GIRLの向井秀徳プロデュースで2010年1月に1stアルバムをリリースしたばかりのバンドでしょ?


 でも今の私がこのバンドを知っているのは明らかに不自然なので、話を広げられない。ギャルならもっと話を広げられる曲を聴いててくれ。いきものがかりとか。


「へぇ~! 柳瀬やなせさんってとっても音楽に詳しいのね!」


 それでも委員長は本当に興味津々といった感じで、結愛の話に乗ってくる。オタクに優しい委員長だ。というか多分全人類に優しい委員長だ。


 結局結愛はすぐにヘッドホンをかけ直して自分の世界に入ってしまい、また私と委員長だけのトークが続く。まぁ委員長と話すのは楽しいし、それでもいいんだけどさ。もうちょっと2人とも協調性とかさ、あるじゃん。


 腹いせ、という訳ではないが、私は本に没頭する葵の口に次々とポッキーを放り込んでいった。草食動物に餌を与えているみたいで少し面白かった。


…………

……


 結局委員長と喋り倒して飯盒炊爨の会場となる山中湖湖畔のキャンプ場に到着したが、それはもう良い。実のところ私は、この飯盒炊爨というイベントにかなりワクワクしていた。


 アラサーオタクの知識をフル活用してガチで飯盒炊爨に挑んだら、どこまでの料理が作れるのか──。これが今日の私の最重要テーマだった。


 私はオタクだけど、キャンプの知識はあった。否、オタクだからこそキャンプの知識があった。ある特定の時期をオタクとして過ごした者は、全人類“ソロキャン”の知識があるのだ。これはこの世界の真理である。松ぼっくりで火を起こせることを知らないオタクはいない。


 今回の飯盒炊爨は、班のみんなでカレーを作るという、良く言えば王道、悪く言えばありきたりな飯盒炊爨だったが、目にもの見せてやる。なんでそんなことをするのかって? ちやほやされたいからだ。


 すごいカレーを作って、みんなにSUGEEEされたい! 私は主人公が無双するジャンルを斜に構えて見るタイプの面倒くさいオタクだったが、まさか自分が当事者になった時に、こんなにもお前SUGEEEされたくなるとは思わなかった! すごい褒めてほしい!


 要は承認欲求を満たしたいというありきたりな動機が8割だったが、葵に学校行事を楽しんでもらいたいという動機もちょっとはあった。


 深呼吸をすると、木や土の匂いを含んだ綺麗な空気が体を満たして気持ち良い。この山中湖湖畔のキャンプ場で、アラサー死に戻りオタクギャルの飯盒炊爨無双が、今、始まる──。

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