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第4話 オタクなあの子と帰る放課後

 神はいる。そう思った。


 私の帰宅路を説明すると、学校から自転車で最寄りの駅の駐輪場まで行き、そこから電車を2本乗り継いで、ドアtoドア約1時間で帰宅、という道順。しかしこの日は雨が降っていたので、自転車を学校に置きっぱにして、バスで学校最寄りの駅まで行こうとしていた。


 そのバス停に並んでいる時に、(あおい)が来たのだ。こんな奇跡があるんだ、と思った。


 私はすかさずバスの列から抜けて、最後尾に並んだ葵の隣に合流する。


「葵さん奇遇だね。もしかしていつもバスなの?」

「げえっ(みなもと)さん」

「あははウケる。げえってなにー? あはは」


 こんな軽口を言ってもらえるくらいには距離が縮まったのかもしれない。ともかく、私は放課後に葵と仲良く帰る権利を手にしたのだった。


 隣を見る。立って2人で並ぶのなんて、もちろん初めてだ。こうして見ると、やっぱり葵って背が低いなって思った。


 さて、いきなりですが、“オタクに優しいギャル”の定義とは一体なんでしょうか? 答えは簡単。“オタクと一緒にモンハンをやってくれるギャル”のことだ。


 要は自分の趣味を肯定してくれるギャルを、オタクはDNAレベルで求めているということ。別にモンハンじゃなくても良い。今日の私の切り口はこうだ。


「THEATRE BROOKってバンドのシングル借りたよ! 『裏切りの夕焼け』って曲めっちゃ良いね! あれなんかのアニメの主題歌なんでしょ?」

「うん……デュラララってアニメの」

「へーそうなんだ! 面白い?」

「面白いけど、個人的には同じ作者の作品だったら『バッカーノ!』の方が好きかな。『スナッチ』みたいなクライムコメディムービーっぽい群像劇が前面に出てて。何よりクレアってキャラが格好良くて!…… あ、ごめん1人で喋っちゃって……」

「えー普通にもっと聞きたいけど! じゃあその『バッカーノ!』ってやつから見ればいいのかな?」


 ちなみに私が一番好きな成田良悟作品は(ここで重々しく一呼吸入れて)、「がるぐる!」ですかね……。


 私の心の中の成田良悟ファン古参面イキりはもちろん葵には聞こえていなくて、彼女は、


「いや、デュラララで良いと思うよ。なんだかんだ見やすいし」

「そうなんだ! じゃあ今度見てみるね!」


 そんなことを話しているうちに、あっという間にバスが来てしまったので、葵と一緒に乗る。そして当然のように彼女の後にくっついていき、葵の一つ前の席に座った。真隣に座るという選択肢もあったが、葵にとってはこれくらいの距離感の方がきっと良いだろう。


 雨でちょっと制服とか靴下とか濡れてるし。衣類が濡れてる日ってなんかあんまり人とくっつきたくないよね。


 そんなことを考えながら葵とトークを楽しんでいると、彼女が不意に、


「あの、これ……」


 何やら紙袋を取り出して私に手渡してきた。


「それ…… 入学式の日に保健室で見せた、『虐殺器官』っていう本。わたしはもう読んだから、源さん興味あるなら…… 読む?」


 え? 貸してくれるってこと? 私に?


 正直この作品自体は何回も読んだけど、葵が私物を貸してくれたという事実がすごく嬉しかった。


 それと今からすごいキモいこと言うけど、受け取った紙袋を開いた瞬間めちゃくちゃ葵の匂いがした。ちょっと柑橘系が感じられる、私が好きな匂いだ。


「ありがとう! 今日帰ったら読むね!」


 どんなに心の中でキモいことを考えていても、表面上は社交的に振舞うのが社会人の必須スキルだ。自分の匂いと混ざっちゃうのがもったいないけど、私は葵からもらった紙袋を大事に鞄にしまった。


…………

……


 バスが駅前に着いた頃にはあたりが少し薄暗くなっていて、店先からもれる明かりに、濡れた道路がてらてらと光っていた。葵と歩く雨路はなんて綺麗なんだろう。


 そんなことを思っていると葵が、


「ねぇ…… 源さんは何でわたしなんかにこんな構うの?」


 背の低い彼女の表情は、傘に隠れてよく見えない。


「源さんがオタクに偏見が無い人ってのは、わかった。でもそれって源さんが私の趣味に興味を持つ理由には…… ならないんじゃないかなって」


 なるほどな、と思った。ギャルとしては、「友達になりたいってことに理由なんている?」みたいなことを言う場面だ。


 でも私は生粋のギャルでは無いから、人間関係には少なからず利害関係が発生するものと思っている。ギャルに擬態した根暗だ。だからこそ、私には彼女の不安を理解してあげることが出来た。


 確かに、今の私と葵の関係はフェアじゃない気がする。葵は2010年という時代においてもオタク趣味を隠さないから、私にも色々と自分のことを開示してくれている。でも私は何一つとして、私自身のことは彼女に明かしていないのだ。


 最近はオープンオタクな葵のことを少し「格好良いな」って思い始めているけど、それはそれとして私は別にフェアにやろうとは思っていない。自分の目的のために、今後もオタクに優しいギャルとして接していく。


 しかしもう少しだけなら、彼女の側に歩み寄っても良いなと思った。だから、


「ねぇ葵。見て?」


 どさくさに紛れて呼び捨てにしつつ、私は鞄の中から葵に貰った紙袋を取り出した。そしておもむろに匂いを嗅ぎながら、


「さっき思ったんだけど、これすっごい葵の匂いがするよね! すっごい良い匂いだよ!」

「え? え?」

「一生嗅いでたい! あ、もちろん返さないよ? 家に帰ってもめっちゃ嗅ぐから」

「あの…… 茶化すならさっきのわたしの話は、無かったことに……」

「茶化してないよ?」

「ヒェッ……」


 本格的に引き始めた葵の顔を覗き込んで、


「葵はさ、オタクだけが気持ち悪い人間だと思ってない? でも世の中にはもっと気持ち悪い人がたくさんいるよ? 私みたいに」

「それはつまり、どういう……?」


 話が見えないといった雰囲気の葵に私は、


「だから『わたしなんか』なんて言わなくてもいいんじゃないかなって、私は思う」


 自分を肯定出来ないオタクの気持ちもわかる。だけど仮に私に「オタク」という属性が無くても、私はだいぶ気持ち悪い人間だと自負している。


「私は単純に葵が好きだから、友達になりたいってだけ。それじゃダメかな? 気持ち悪い?」

「ダメじゃないけど、あの、好きっていうのは……」


 もちろん恋愛的な好きではない。でも友達として好きっていうのも、今の段階では違う気がする。葵に対する好きは、例えば結愛ゆあに対する好きとはまた違うように思える。


 そして私はこの気持ちを一言で表現する言葉を知っている。それはまだ、現時点では一部のアイドルオタクの間でしか広まっていない言葉だった。多分ちょうど今年くらいからAKB48が世間一般に認知されて、それに伴い少しずつ広まっていくことだろう。


 でも、私は葵との関係を今よりもほんのちょっとだけフェアにするために、その言葉を使おうと決めた。


「好きっていうのはね、葵が私の“推し”ってこと」

「推し?」

「そう、アイドルみたいな存在」


 気付けば私たちは足を止めて向かい合っており、雨に濡れた道路を走る車の音を聴きながら、


「葵の好きなものは好きって言えるところ、私はすごい憧れてるし、話しててすごい楽しいって思う。だから友達になりたい」

「いや、あの、えっと」


 葵が照れているのがわかる。もうひと押しだ。


「友達の匂いを嗅ぐ気持ち悪い私とは、友達になれない?」

「そんなことない。匂いを嗅ぐのは正直やめて欲しいけど、そんなことない」

「やった。じゃあ友達ね! あと匂いを嗅ぐのはやめないからね!」

「やめないんだ……ふふっ……ふふふっ」


 あ、私の知ってる葵の顔だ。私の前で初めて笑顔を見せた葵の表情が、タイムリープする前の世界で見ていた葵の顔にちょっと被った。その時は私じゃなくて、オタクグループの友達と話している時の顔だった。


「ちょっとさすがに寒いね。駅行こっか」

「うん…… 急に変なこと言い出しちゃって、ごめんなさい……」

「全然! めんどくさい彼女みたいで可愛かった!」

「めんどくさい彼女って…… ふふっ、源さんって結構変な人だよね」


 よし、楽しく話せたな。


 アイドルゲームでパーフェクトコミュニケーションを引いた時のような満足感で、私は葵と一緒に駅に向かって歩き出した。今日から学校が、もっと楽しくなるような予感がした。

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