第3話 ギャルがオタクに絡むということについて
ポケモンで言えば「ブラック&ホワイト」、ストリートファイターで言えば「スーパーストリートファイターIV」、アニメで言えば「デュラララ!!」や「Angel Beats!」、ニコニコ動画で言えば「エルシャダイ」、エロゲで言えば「処女はお姉さまに恋してる 2人のエルダー」。
それが2010年という時代だ。
そしてこの時代に時間遡行して、2回目の高校生活を送ることになった私・源美樹は、早くもスマホが恋しくなっていた。だから入学式の日に、そのままの足でバイトを始めた。
今はまだ4月だけど、2010年6月には「iPhone 4」が発売されるはず。そのタイミングでガラケーからスマホに変えよう。
ちなみに始めたバイトは居酒屋のホールスタッフ。大学生時代に4年間働いたお店で、強くてニューゲームをやっていた。
未来から過去にやってきたなら、もっと効率的な稼ぎ方があるだろって? わかるけど、でも株をやったり「チェンソーマン」丸パクリの原稿を書いて新人賞に応募したりする行為は、何となく躊躇われた。今年の日本ダービーでエイシンフラッシュに全財産突っ込むのも、ギリ出来ない。小心者の私は、居酒屋のホールでちょっとした俺TUEEEを満喫するのが精一杯だった。
「おはよう結愛様。昨日のモヤさま見た?」
入学してから数週間、私の朝のルーティンは、まず後ろの席の結愛に絡むことから始まる。結愛は1人の状態だと、本人の意図とは関係無く“話しかけるなオーラ”を漂わせてしまうダウナーギャルだった。
しかしそこに私が並ぶことで、このオーラが中和される。実際に私が教室に来て席に座ったのを見計らったように、数人の女子が私たちの席に近寄ってきて、グループが形成された。これもチアリーダー効果ってやつなのだろうか。ちょっと違うか。
こうしていつメンで喋って、授業が始まったら各々の席に座るというのが、私の高校生時代のモーニングルーティンだった。でも高校生2回目の今はちょっと違う。私は勝手に「β世界線」と呼んでるこの世界で、新しいルーティンを加えていた。
「あ、葵さんおはよう!」
教室で堂々とラノベを読めるオタク・泉葵が教室に入ってきたのを見て、私はいつメングループから抜け出し、声をかける。そう、朝登校してきた葵に挨拶して一言二言会話を交わすのが、私の新たなルーティンだった。
「ずっと気になってたんだけど、葵さんのそれってiPhone? Twitterとかやってる?」
「いやこれiPod touch……」
そう言えばそんなんあったな。ややこしい。私はこの会話の流れから、葵のTwitter(未来ではX)のアカウントとか、趣味を聞きたかった。iPhoneだったらどんなゲームやってるの? とか。なおモバゲーで「アイドルマスター シンデレラガールズ」がリリースされるのは、来年の2011年11月。今はソシャゲ黎明期前夜といったところだ。
でもスマホじゃないなら仕方ない。別の切り口で攻めよう。
「iPod touch! すごいね! どんな聴いてるの?」
「最近は…… THEATRE BROOKっていうバンドの曲……」
なるほど。「デュラララ!!」のOP曲か。2010年冬クールアニメはやっぱり「デュラララ!!」の話題性が圧倒的だったし、春からは2クール目が放送されるからね。それに“いかにもアニソン”って感じの曲じゃないし、私みたいな見た目ギャルの女に教えるには良いチョイスだ。
「えー知らないバンド! 今度ツタヤで借りて聴いてみるね!」
「あの……なんで……」
「ん?」
「いや……なんでもないです」
まだ葵との間には壁を感じる。でもいつか、一緒にどっか出かけられるくらいには仲良くなりたいなぁ、と思いながら自分の席に戻った。
すると後ろの席から結愛が、
「ねぇ、泉さんに毎朝絡みに行くの、あれなんなの? イジメ? もしそうなら軽蔑するけど」
確かに、何も知らない結愛からすると、そう見えるかもしれない。結愛は正義感が強い子だ。不甲斐ないけど、30歳になっても私は結愛にちょいちょい怒られたりしていた。そして私は、結愛に怒られることがあんまり嫌じゃなかった。
だから結愛にはちゃんと言わないといけないか……。
「私ね、色々あって葵さんと本気で仲良くなりたいって思ってるの。そうね、次の授業が終わったら、非常階段に来れる?」
「わかった」
いずれにせよ、青春とオタクの両方を手に入れるなら、結愛の協力は必要不可欠だ。ここで彼女との関係値を、ショートカットで進める必要がある。
…………
……
…
廊下の端の扉から出られる非常階段。学園モノでは定番な青春スポットの1つだ。実際に昼休みや放課後くらいでしか滅多に人が来ないところなので、密談にうってつけの場所だった。
私の後からやって来て、少し警戒している雰囲気の結愛。こんな彼女の表情を見るのは初めてだなって思いながら、私は、
「ねえ結愛。オタクってどう思う?」
ちなみに私の結愛の呼び方は気分によって変わる。結愛様だったり結愛ちょむだったり結愛ちゃんだったり。でもデフォルトは結愛だ。
「どうって、あぁ泉さんのこと? あたしは別にどうとも思わないけど。美樹は泉さんがオタクだから気に入らないの?」
「違う。私のこと」
結愛は致命的な勘違いをしている。だからここははっきりと告げる。
「私がオタクなの! だから葵さんと仲良くしたいって思ってるの!」
そう告白して、「え?」って顔をしている結愛に抱き着き。
「結愛様引かないで! お願い! あ、靴とか舐めるから! 靴くらいなら舐めるから引かないで!」
「いやそれは普通に引くけど」
私は結愛から離れて、彼女の表情が少し柔らかくなっているのを確認する。私でなきゃ見逃しちゃうくらいの表情の変化だ。
「でも美樹がオタクってことは別に引かない。意外だな、とは思うけど」
「本当に?納得した?」
「まぁ美樹がオタクだから、同じオタクの泉さんと仲良くなりたくて絡んでるってのは、筋が通ってると思うし」
結愛が納得してくれて良かった、とは思わない。何故なら結愛がオタクに偏見が無くて、私がカミングアウトをしても受け入れてくれることを、私は知っているからだ。
1周目の世界「α世界線」では、ひょんなことで結愛にオタクバレしてしまって、それでちょっとすれ違って、でも最終的には仲直りして、みたいなエモエモな青春エピソードがあった。結愛は本当はオタクなんて全然気にしないのに、勝手に絶望した私がちょっとだけ距離を取ってしまって、それに結愛が怒ったってだけの話なんだけど。
それも私の青春の1ページとして貴重な思い出だが、2周目の高校生活でも繰り返すつもりはない。
「ということで、出来れば結愛様にも協力して貰いたいなって思うんだけど。あと私がオタクなことは、みんなには黙っておいて貰えれば……」
すごく自分本位なことを結愛に押し付けてるのは理解している。でも結愛は、
「別に美樹がオタクでもみんなは何も思わないと思うけど、まぁいいよ」
「ありがとうございます、お優しい結愛様!」
結愛は「どうして欲しいのかはっきりしない言動」が嫌いだから。だから私も結愛に対しては、自分の要求をはっきりと口にする。
なんだかこうして話していると、自分だけ彼女の心の中が分かってるみたいで、ちょっとずるいなって思ってしまう。なんだか結愛との友情RTAをやっているみたいだ。
ともかく、結愛の協力を得ることには成功した。それだけで私には百人力だった。Wギャル構成なら、オタクちゃんなんて即落ち間違いなしだろう。泉葵、この世界で今度こそ私はお前の友達第1号になってやるからな!
そんな感じで熱意を燃やしている私に、結愛は、
「でも今の泉さんへの絡み方はちょっとウザいから直した方がいいよ」
こういう事を言ってくれるのも結愛の良さだった。