第31話 文化祭本番がやって来た!
極論、ビジネスは足し算と引き算が出来れば良い。掛け算や割り算も出来れば便利だが、それでも必須ではない。つまるところ売上から諸費用を引いて、売上の方が高くなれば良いのだ。
そう考えた時に、文化祭の喫茶店で利益を出すのは、実際の飲食業に比べて遥かに簡単だ。何故なら家賃や光熱費、人件費といった、いわゆる固定費が実質0円。この条件で利益が出せない経営者は、恐らくこの世界に存在しないだろう。
で、私たちのクラスの「お化け屋敷ショー喫茶」のメニューは、以下の通りだ。
・ホットサンドセット 【350円】
・クッキー3種セットとワッフル 【300円】
・スティック揚げパン 【100円】
・コーヒー 【150円】
・ミルクティー 【200円】
・タピオカミルクティー 【250円】
このメニュー、恐らく誰も「ミルクティー」を注文しないだろうなってところが重要なポイントだ。このメニューを見て「ミルクティー」を頼むくらいなら、安い「コーヒー」か、あと50円出して「タピオカミルクティー」を頼むだろう。
そしてもう一つの重要ポイントは、「ミルクティー」と「タピオカミルクティー」は原価が一緒であるということ。そもそもタピオカミルクティーとは、原価の安いタピオカで、ミルクティーをかさ増ししたドリンクだ。国内で数年ごとにタピオカブームが繰り返される背景には、そういった事情もあるのだという。
つまりこのメニューは、私と委員長が2人で考えた、「タピオカミルクティー」で利益を回収するメニューなのだ。
他にも「ホットサンドセット」で捨てられるはずの食パンの耳を、「スティック揚げパン」に流用したりと、細かいところで工夫がある。なので実質的なフードメニューは、わずか2種類しかない。しかし商品をギリギリまで絞ることで、学校から支給された材料費の2万円以内で収めることが出来た。
もちろん喫茶店としてはしょぼくなってしまうが、そこは「お化け屋敷」と「ショー」の部分で付加価値をつける。3時間に一回、ステージでダンスパフォーマンスが行われる際には、立ち見客も入れて、その人たちにもタピオカミルクティーを売る。
内装費や機材費、もろもろの備品の購入なども含めて、かかった費用は計3万円程度。大体タピオカミルクティーを120杯程度売れば、損益分岐点には届く計算になる。
まだインスタが生まれていない2010年9月という時代において、いかに客を“タピらせる”かが、この喫茶店の命運を握っていると言っても過言ではなかった。
まぁいくら儲けても収益は生徒会費に回されたり、寄付したりするから、私たちの手元に入ってくる訳ではないのだけれど。
「美樹ぃ…… 仕事ばっかじゃなくてさぁ…… ライブの練習しようよぉ……」
文化祭当日の1日目。喫茶店のキッチンとバックヤードを兼ねた調理室で、結愛が私に抱きつきながら子供のように駄々をこねていた。スキンシップ苦手設定はどこに行ったんだろう。
調理室内のクラスメイトも、普段はダウナーギャルを気取っている結愛の見慣れない姿に、驚いているようだった。
「練習するって言ったってどこでするのよ」
「屋上とかさぁ…… 近くの河川敷とかさぁ……」
「アオハルかよ」
ぐずる結愛を、椅子に座らせて大人しくさせる。そろそろ結愛のシフトの時間だから、彼女にゾンビメイクを施さなきゃいけない。
「あれだけ練習したんだから大丈夫。あと今日も夜にスタジオ入るんでしょ?」
そう言い聞かせながら、私は結愛の顔にメイクを施していく。白いマットのベースに、暗い色のアイシャドウで目の隈っぽくして、元から長いまつ毛もこれでもかってくらい盛っていく。目指すところは病みカワのメイドゾンビ。既にメイドの衣装は着ているから、後は顔に色々と塗りたくっていくだけだった。
といっても映画の特殊メイクみたいな本格的なゾンビメイクじゃなくて、ハロウィンイベントに参加する一般人レベルのメイクだ。頑張れば結構グロい傷跡とかも描けるけど、結愛に関しては、彼女のビジュアルの良さを損なわないレベルに抑えた方が、客からのウケが良さそうだと考えた。
「葵を見てみなよ。初めてのライブでギターボーカルなのにあんなに堂々として」
「あおさん……」
何度もバンドで集まって練習しているうちに、いつの間にか結愛は、葵のことを「あおさん」とか「あおち」とか呼ぶようになっていた。
葵は私の前ではあわあわしたりするけど、本質的には“恥に強い”性格だ。伊達に2010年という時代で、教室でラノベを堂々と読むオープンオタクをやっていない。今も調理室の椅子に座って、ラノベを読みながら休憩している。
一方で結愛は、意外と繊細な性格だった。ステージの上で緊張している姿は見たこと無いけど、本番前は結構緊張したりする。それと今回に関しては、私たちを巻き込んだことへの責任感とかもあるのだろう。
「はい完成。喫茶店の仕事もライブの成功に必要なことなんだから、頑張って!」
結愛の不安を少しでも晴らしてあげられるように、つとめて明るく、結愛の背中を押す。普段はこっちが色々と迷惑をかけているから、結愛の心が弱っている時は、なんとか私が支えてあげたかった。
…………
……
…
結愛を送り出してすぐ、私は葵を連れて他の学年やクラスの出し物を回る。一見ただ葵と文化祭デートを楽しんでいるように見えるが、これも仕事だった。
「お! 美樹ちゃん来てくれたんだ! すごい格好だね」
「おっすー来たよー。ゾンビだけどお化け屋敷入っていい?」
元から他のクラスの子とも交流はしていたが、文化祭実行委員補佐の仕事や、ライブに向けて軽音部の子たちとも連携していくうちに、さらに人脈が広がった。
そして今の私は、結愛に施した病みカワ系ゾンビメイクとは違う、かなり本格的なゾンビの仮装をしていた。水性ペンなども駆使して痛そうな傷痕を作って、カラコンで瞳孔の色も変えた、ガチなゾンビだ。
一応コンセプトはギャルゾンビ。記号としての“ギャル”を強調するために、当時既に時代遅れだったルーズソックスも履いている。
そう、つまりこれは、インパクト抜群なゾンビメイクを活かした営業&あいさつ回りだ。そして大事なのは、あいさつ回りの方。1年生でオリジナル曲を演奏するというハードな条件下でなるべく滑らないように、前もって少しでも自分たちの顔を売っていく必要があった。葵を連れてきたのもそのためだ。
ライブの本番は、文化祭二日目の明日。しかし戦いは既に始まっているのだった。
ちなみにお化け屋敷の中では、お化け役を頑張っている他のクラスの友達との交流が主だったので、純粋に“お化け屋敷”としての怖さを楽しんだりとかは無かった。他にも葵と一緒に色々なお店を回ったが、どこでも大体そんな感じで雑談がメインだ。
ただそれでも、デートではないと言ったけど、文化祭で賑わう見慣れた廊下を葵と練り歩くのは、それだけで楽しかった。
しかしそんな憩いの時間も長くは続かないようで、私のスマホに委員長からの着信が入る。
『もしもし美樹さん? 外回り中にごめんなさい。ちょっとお店でトラブルがあったみたいで』
委員長は今、文化祭実行委員会の仕事で借り出されている。私は急いで引き返して、自分たちの教室に向かった。
…………
……
…
今は「お化け屋敷ショー喫茶」になっている我が教室に到着すると、小学校低学年くらいの幼女が泣きながら結愛に謝っており、その幼女の両親と結愛が一緒になってなだめていた。
クラスの子に聞くと、どうやら前方不注意の幼女が、結愛にタピオカミルクティーをかけてしまったらしい。その時に両親が少しきつく叱り過ぎてしまい、幼女が泣き出してしまったそうだ。
結愛は「大丈夫だから……」を繰り返して、ギャン泣きする幼女におろおろしている。トラブルって聞いた時は焦ったけど、大したトラブルじゃなくて良かった。私はさっき他のクラスのお店で貰った紙袋を持って、結愛と幼女のところに行く。
「お客様申し訳ございませんでした。お子さんにお怪我の方は?」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ本当にごめんなさい」
客の無事を確認してから、私は幼女と目線が合うようにしゃがみ込んで、
「ごめんねー、お姉ちゃんの服がちょっとミルクティー飲んじゃって! でも大丈夫だよ! ちょっとこの紙袋を見て! ひっくり返しても何も出てこないけど、ワン・ツー・スリー!」
紙袋の中から、新しいタピオカミルクティーが出てくる。
「キャッキャ!」
喜ぶ幼女。ちょろくて可愛い。
タイムリープする前に、YouTubeで見た簡単なマジックだ。令和の素敵なインターネッツでは、こうした情報が簡単に手に入った。マジックと言ってもタネはとても単純で、紙袋の後ろに穴が空いているのだ。
「こちらサービスとさせていただきます」
「そんな、悪いです!」
「いえいえ。あ、もしよろしければ、また1時間後くらいにお越しください。今のマジックよりもっと素敵なショーをお見せ出来ます」
そして私は幼女の方を見て、
「お嬢ちゃん、次は五段重ねだよ」
「五段重ねってなに~?」
なんだろうね。ともかく、なんとかこの場は丸く収めることが出来た。前の世界も合わせれば計5年くらいの居酒屋ホール経験が役に立った。
「結愛様は大丈夫?……じゃなさそうかも?」
「ごめん……」
「結愛が謝ることじゃないって」
見るとメイド服の衣装が、飲み物で汚れていた。私が自費で買ったド◯キとかで売っている安いコスプレ用衣装だけど、このまま結愛を店に出す訳にはいかなそうだ。別のクラスの人にシフトを変わってもらって、その間に対応するしかない。
私はスマホに保存したシフト表を見て、どう組み替えようか考えていると、
「美樹さん! そろそろタピオカが無くなりそう!」
「さっきのお客さん、お釣り貰い忘れて帰っちゃった!」
「このままだとクッキーが今日で売り切れちゃうかも!」
何故かトラブルは重なるものだ。しかし私は精神年齢で言えば、先生(26歳)も含めたこのクラスで最年長のアラサー。私がなんとかするしかなかった。




