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第2話 自己紹介(この世の全ての悪)でオタクちゃんを助ける

「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」


 あまりにも有名な、ハルヒの自己紹介の台詞である。私の記憶の通りなら、泉葵いずみあおいはこれを自分の自己紹介でやるのだ。この頃はまだ共感性羞恥という言葉がそこまで浸透していなかったが、私は共感性羞恥で死にそうだったのを今でも鮮明に覚えている。


 このクラスのみんなは基本的に良い人たちなので、それが原因でイジメに発展したりなんてことは無かった。でもクラスで浮いてしまったことは事実だ。無視されるなんてことはないが、この後彼女に友達と呼べる友達が出来るのが確認されるまで、ざっと1年くらいかかる。確か他のクラスのオタク友達だった。例のシュタゲで盛り上がってたメンバーだ。


 どうする?このまま何もしないで“その時”を待つか?


 今さっき担任の佐藤七海さとう ななみ先生の自己紹介が終わり、アイウエオ順で生徒たちの自己紹介が始まったところだ。このクラスにはア行の生徒が比較的多いものの、泉葵の順番は5人目。時間が無い。私は意を決した。


「先生!自己紹介中にすみません!ちょっとお腹が痛いので保健室に行ってきても良いでしょうか?」


 ちなみにこの学校は女子高だ。女子高の私がどうやって彼氏を作ったかは今は良いとして、「お腹が痛い」と言えば色々と察してくれる環境なのだ。


「わかりました。保健室の場所はわかりますか?」

「ちょっと自信無いので誰かに付き添って貰って良いですか? あ、泉さんお願いしても大丈夫?」


 今しがた、ちょうど彼女が「泉葵です」と自己紹介を始めたところだった。この後に“アレ”が来るところだった。だから私はそれを逆手に取り、あたかも「ちょうど良いから」みたいな感じの雰囲気を出して、泉葵を教室から一時退避させる作戦に出た。


「わかりました。泉さんもそれで良いですか?」

「え、あ、わたし? えっと、あの、良いですけど……」


 泉葵はちょっと不満そうだ。それはそうだ、考えてきた自己紹介のネタを潰されたのだから。でもそれはとても幸福なことなんだ。互いのメンタルにとって。後で感謝して欲しい。


 それはそれとして許可が出たので、私は「泉さんごめんなさい。あとありがとう」と言って廊下の方に向かう。教室を出る間際、


「あ、ちなみに私は源美樹みなもとみきって言います! よろしくお願いします!」


 ついでに自己紹介しておいた。結愛ゆあから「自己紹介雑過ぎるでしょ」みたいなツッコミが飛んで、教室にひと笑い起きた。結愛のそういうところが大好きだ。


…………

……


「付いて来てもらってごめんね! 自己紹介の途中だったのに!」


 保健室で、図らずも泉葵と2人で話す時間が出来た。いや図ったけど。お腹が痛いのも「緊張でちょっと痛くなっちゃったっぽいです……たはは」みたいな事を言って誤魔化した。こういうのも社会人スキルってやつなんだろうか。


「いや……いいけど……ごにょごにょ」


 というか泉葵と2人で話すのは、「α世界線」の高校3年間で1回も無かった。そしていざ2人っきりで話してみた感想は、「思ったよりも内気だな」って感じだった。なんかごにょごにょしてるし。


 私が知っている泉葵は、2年生になってからの、オタク仲間と楽しそうに喋ってる時のイメージがほとんどなんだなって再確認した。


 それがなんだかちょっと悔しい。なんでだろう。


「そういえば泉さん、あ、名前で呼んでいい? 私のことも美樹でいいよ! 葵さんさっき本読んでたよね。自己紹介の直前まで。本好きなの? 何の本読んでたの?」


 まぁいいか。こうなったら全力で距離を詰めてやる。あと何の本を読んでたのか気になるのもある! 答え合わせしたい。


「いや…… 源さんに言っても…… 多分わかんないかも。SFだし」

「美樹でいいよ!」

「源さん……」


 強情だ。ATフィールドが厚い。ゼルエルか?


「まぁ源さん呼びでもいいけど。で、なんの本読んでたの?」

「あんまり…… あの…… タイトルもちょっと怖い感じだし」

「お願い教えて!」

「教えたら…… なんか引かれそうだし」

「お願いお願いお願いお願いお願い!」

「なんで…… そんなに……」


 なんでそんなにはこっちの台詞だ。なんでそこまで引っ張るんだろう。ちょっとタイトル教えてくれたって良いじゃん。


 私が心の中で葵に理不尽な怒りを向けていると、彼女は、


「あの…… 源さん。オタクってどう思う」


 そんなことを聞いてきた。


 そして「そうか」と思った。この時代はまだあんまりオタクが世間に受け入れられてはいない時代だ。一時期よりは良くなったけど、それでも令和ほどじゃない。実際にそれは私も分かっていたけど、多分私の想像以上に、葵は恐怖しているのだ。オタクとして蔑まれることに。


 教室でラノベを読む行動と矛盾しているんじゃないかって? その通りだ。でもそうやってオタクアピールをすることで、“同志”を探す行動もまた、当時のオタクたちの行動様式として存在していた。オタクとして蔑まれたくない、でも仲間は欲しい。そこにはなんの矛盾も無いんだ。


「オタクって何かがすごい好きな人でしょ? だったら私もメイクオタクだよ?」


 だから私は、令和の世で見つけた“答え”を先回りして彼女に教えてあげた。ちょっと可愛い子振りながらだけど。でもこの認識は、あと10年も経たないうちに真実になるんだ。


「そう、かな? 本当に、そう思うの……?」


 どこか祈るような目でこちらを見る葵に、「私はそう思うよ!」と念を押す。すると葵は俯いて、「じゃあ」と言いながら文庫本を取り出した。


 黒くて艶のある長い前髪が彼女の顔を隠していて、表情はよく見えなかった。けれどその本のタイトルはよく見えた。真っ黒な表紙の文庫本。そこに書かれていたのは、


『虐殺器官』


 ほう、伊藤計劃ですか…… たいしたものですね。


 私は彼女のことを浅いオタクだと思っていたが、考えを改めなくてはならないようだった。


 この「虐殺器官」という作品の文庫版が刊行されたのは、2010年の2月。つまり発売されたばかりだ。「SFが読みたい!」のベストSF2009を見て買ったのかもしれないが、それでも当時の女子高生としてはかなりアンテナの感度が良い。


 私はそんな感じで心の中でイキりながら、


「えー、なんかすごいタイトルだね。でも面白そう! 本好きなんだね! 今度、何かおすすめの本貸してよ!」


 ここで「実は私もオタクでしてね」とCO(カミングアウト)することも考えた。でもしない。何故なら欲張りな私は、この時点で1つの目標を掲げたからだった。


 リア充(死語?)とオタク友達、どちらも手に入れる、と。


 α世界線ではありとあらゆる青春を手にしたものの、オタクの友達は出来なかった。でもだからといってβ世界線で、かつて手にした青春を諦めるつもりはない。オタクと青春は、紅莉栖とまゆしぃではないのだ。


 でも実際にどうするのか。2010年の世界でキラキラした青春を送りながら、オタク友達とも仲良くするなんて、そんな都合の良いポジションがあるのだろうか。


 ある。リア充グループとオタクグループを自由に行き来出来る存在が。


 そう、“オタクに優しいギャル”になるのだ。

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