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第1話 2010年、2度目の高校入学

「お姉ちゃん、そろそろ起きてだってさ」


 妹の梨花りかの声で目を覚ます。実家のベッドの上だった。


「あれ? 私って実家に帰って来てたんだっけか?」


 いまいち状況を飲み込めない寝ぼけた頭でそう言うと、梨花は「は?」とだけ言って部屋を出ていってしまった。


 その瞬間、私ははっとなって、ベッドの上で飛び起きる。すっかり脳が目を覚まして、おかしな状況になっていることに気付いた。


 さっき私はトラックに轢かれて、救急車で運ばれていたはずだ。なのに何で実家にいるんだろう。


「それにこの部屋……」


 最初は、意識が無いうちになんか良い感じに完治して、良い感じに病院から実家に送られて来たのかもしれないと思った。だけどそれでも、色々と変だということに思い至る。例えば学習机の上のパソコンが、ノートPCのままだったのだ。


 あのノートPCは、大学生になってゲーミングPCを買った時に破棄しているはず……。私はかつて苦楽を共にしたノートPCを起動し、絶句した。Windows7だったのだ。あの懐かしき「ててん、ててん」という起動音。


 そしてデスクトップに表示されていた日時は、2010年4月7日だった。


 夢だろうか。ここ数日ハルヒを読み返していたから、こんな夢を見ているのだろうか。何か条件を達成したら、パソコン画面に「Ready?」とか出たりして。


 でも夢にしては現実感があり過ぎる。このあまりに奇異な状況について、30年間数多のオタクコンテンツを摂取し続けた私が導き出した推論は、1つだった。


「私、タイムリープしてね?」


 にわかには信じがたいが、状況から考えるとそう言うことになる。


 しかし、よく分からないけどよく分からないなりになんとなくで行動出来るのは、私の長所だと自負している。色々不明な点はあるが、今は間違いなく2010年4月7日で、それは私が高校に入学する日だった。つまり兎にも角にも、学校に行かなくてはならない。


 そして急いでメイクをしている時に思った。「あ、これ今強くてニューゲームしてるかも」と。


 私は高校入学当初、中学卒業からの短い期間で必死に学んだギャルメイクで高校デビューを果たした。つまりRPG風に言えば、レベル1のメイク技術だったのだ。


 しかし今私が身に付けているのは、高校卒業から大学に進学し、社会人経験を経て洗練されたレベル99のメイク技術。その結果どうなるか。洗面所の鏡には、完璧な2010年代のギャルが映っていた。私が実際に高校に入学した時は、ここまで完璧にギャルでは無かったはずだ。


 まさか化粧で強くてニューゲームを体感するとはなぁ。


 もう少し不慣れな感じにしようと思ったけど、逆に難しいし時間がない。また2010年という時代を完全に覚えている訳でもないため、時間に余裕を持って家を出たかった。スマホは…… あ、ギリ“ガラケー”だ。確か高校2年生になって初めてスマホを買ってもらったんだっけ。


 ガラケーとiPodと、あとその他もろもろの必要なものと、お母さんが作ってくれたお弁当を新品の通学カバンに詰め込んで、私は家を出た。


…………

……


「スマホが無いと通学時間クッソ暇だなぁ」なんて思いながら電車を乗り継いで、我が母校・私立誠林(せいりん)高校に到着。そう言えばこの学校に決めた動機は、学食が充実していたからだったなぁと思い出す。


 中学時代の私は理想の学食を見つけるために、ギネスに乗るんじゃないかってくらい学校説明会や授業公開などに参加し、学食を比較した。学食に自信がある学校は、学食体験をやっているものだ。


 要はそれほど当時の私は、“理想の青春”を過ごすことに熱意を燃やしていたのだ。


 そんな「懐かしいなぁ」って感じでのほほんとしていたから、1年7組の教室に入った時の何とも言えない衝撃は、不意打ちのように私を襲ってきた。


 私にとってはすっかり見知ったクラスメイトがそこにいた。教室の風景もあの頃のまんまで、私は一瞬にして高校時代に戻された。おかしな話だ。今朝私はパソコンの画面で今が2010年であることを確かめたのに、いまいち実感がなかった。でも今この瞬間、私は確かにタイムリープしてきたのだなと、やっと心も時間を逆行したような気持ちだった。


 まるで夢の中を歩くような足取りで、私は指定された席に座る。受け取った案内も見ずに。間違えるはずがない。窓際の前から3番目。冬になるとストーブが近くて、ちょっと暑い席。


 私は後ろを振り返る。そこに座っているのは柳瀬結愛やなせ ゆあという名前の、ちょっとダウナーで怖い感じの女子。私が高校3年間で一番仲が良くなる、恐らく親友と呼べるギャルだ。そして私は初対面の時、確かこんな感じのことを話しかけたと思う。


「それすごいね。ギター?」


 違う。ベースだ。


「違う。これはベース。軽音部に入ろうと思ってて」


 知ってる。だってこれは私にとって、()()()()()()だから。


 素っ気ない感じで答える結愛だけど、これが彼女の性格で、実はかなり優しいことを私は知っている。そして軽音部に入る気はさらさら無いことも。彼女は外でバンドを組んでおり、帰りにスタジオに入るからベースを持って来ていることも知っている。そしてギャルな見た目とは裏腹に、ガチでプロを目指していることも知っている。そしてその夢が叶うことも知っていた。


 でも“今の私”はそんなことを知らないはずだ。だから、


「あ、私は源美樹。取り敢えずメアド交換する?」


「柳瀬結愛。メアドね。いいよ」


 今はあの日の再現で良いと思った。


 ちなみに結愛は昨日…… ややこしいな。ややこしいからタイムリープする前の時間軸を今後は「α世界線」、そしてタイムリープ後の時間軸を「β世界線」と呼称する。その「α世界線」における昨日、結愛は私の家に来てしこたま酒を飲んでいたので、なんかその結愛と「β世界線」でこうして自己紹介をするのは少し変な感じだ。


 ダウナーギャル系女子高生な結愛に一方的に話しかけながら、私は教室の中を見渡す。当然みんな私にとっては知っている顔で、その中にあの“オタク女”を見つけた。まだオタクに風当たりが強い2010年において、教室で堂々とハルヒを読むあの子だ。


 彼女の名前は泉葵いずみ あおいで、廊下側の最後方の席。教室の隅っこで、今もなんらかのライトノベルを読んでいるが、ブックカバーが付けられており何の作品かはわからない。ただ文庫本の厚さとこの時代の流行りから、「文学少女」シリーズかもしれないと、私のオタクアイは察知した。何となく彼女は「このライトノベルがすごい!」の1位の作品から読むタイプのオタクだと、私は分析している。2009年の1位が「文学少女」シリーズだったのだ。


 そう、どういう現象かはわからないが、私は2010年に戻ってきて、2度目の高校生活を送ろうとしている。もうそれは一旦受け入れよう。受け入れた上で、それならこの高校生活では、泉葵とも仲良く出来るのだろうか。


 もしそうだったら良いな……なんて考えていたところで、思い出した。泉葵、この後の自己紹介で盛大に滑ります。

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