第15話 委員長との休日
久しぶりになんの予定もなくバイトも休みだったから、適当に学校の近くの駅前をぶらついていた。私の家の近場だと、ここら辺が一番栄えているからだ。夏の容赦ない日差しがあっちぃなぁとか思っていると、
「美樹さん! ついてきて!」
急に何者かに腕を掴まれ、一緒に全力疾走することになった。顔を確認すると、石田実咲委員長ちゃんだった。
「お嬢様! お待ちください!」
走りながら後ろを振り返ると、大人の男女2名が追いかけてきていた。これ知ってる! ローマの休日で見たやつじゃん! でも普通に「お嬢様!」とか言ってるし、後ろの人たちは絶対使用人とかそういう人たちだ。逃げたらまずいんじゃ……。
「ねぇ実咲ちゃん、後ろの人たちって」
「悪い人たちよ! ごめんなさい美樹さん! どこか隠れられる場所があったら教えてくれない?」
あとで何か問題になって、石田家の人たちに社会的に殺されたりしないだろうか。色々と心配になりながらも、取り敢えず落ち着いて話を聞くために、私は彼女の逃亡を幇助するのだった。潜伏先には心当たりがあった。
…………
……
…
「あれ、みなもっちゃんいらっしゃい! え、もしかして今日も働いてくれんの?」
私のバイト先の居酒屋「海の民」。出迎えてくれたのは店長ではなく、勤続年数が長過ぎて店長のような立ち位置になってしまった、バイトリーダーの村岡さんだ。
「いえ、今日は友達にお店を紹介しに来ました! 宣伝活動です! あ、お酒は飲めないんですけどね」
そんなやり取りをして、奥の個室に通してもらう。和のテイストを安っぽく取り入れた、いかにも大衆居酒屋といった雰囲気の店内だった。
「ねぇ、美樹さん。居酒屋って高校生が入っても良いものなの?」
「お酒を飲まなければ大丈夫だよ。 今の時間はランチメニューで普通に定食とか出してるし。まぁ座って座って!」
私にとっては見慣れた居酒屋だ。でも委員長にとっては色々と新鮮なようで、
「サイコロステーキ定食が380円…… どんなお肉を使っているのかしら……」
「安さが売りのお店だからね! これなんかすごいよ! 唐揚げ5個で100円!」
「そこまで安いと逆に頼みづらいわね」
リーマンショックからの不況ムードが尚も残る2010年。居酒屋業界では、熾烈な低価格競争が行われていた。「鳥貴族」を始めとした、均一価格を売りにする低価格居酒屋がちょっとしたブームになり、270円から300円くらいで料理を提供するお店が急増した。
そしてこのお店も例外ではなく、他店に対向するために日々価格を下げるための試行錯誤を重ねている。
「はいこちらがサイコロステーキ定食と、みなもっちゃんのアジフライ定食ね」
「ありがとうございます!」
バイトリーダーが料理を運んで来てくれて、料理を食べる。特別美味しいという訳ではないけれど、コストの割には頑張っている、食べ慣れたアジフライだ。でも、と、ちらりと委員長を見る。
今日の彼女の私服は、足首がちらりと見える落ち着いた色のフレアスカートに、ノースリーブの涼し気なカットソー。The 清楚スタイルといった雰囲気だが、素材など細かいところが洗練されていて、このままオフィスカジュアルとしても通用しそうな私服だった。
そんな委員長が姿勢を正し、完璧な所作で食材を口に運ぶのを見ていると、380円のサイコロステーキ定食が高級料理に見えてくるから不思議だ。
ただそんなことよりも、私は彼女に聞きたいことがあるのだった。
「ところで、実咲ちゃん。さっきの人たちって」
「まぁ、使用人よ。今日はお昼まで退屈な集まりに顔を出してきて、その帰り道だったの。そしたらさっき車の中から美樹さんの姿が見えて、逃げてきちゃった」
逃げてきちゃったかぁ。委員長はさらりと言うけど、
「いや、それってまずいんじゃ──」
「美樹さん、ほっぺにソースが付いてるわよ」
え、うそ。いや付いてないじゃん。なんだか今日はちょっと小悪魔な感じだ。
「そういえば美樹さん。ゲゲゲの女房って見てる?」
「ごめん、見てない」
話の転換が急だ。でも意図して話を変えたのは分かったし、彼女があえてそう伝えたのも、分かった。「この話はここでおしまいにして欲しい」ということだ。
それはそれとして、ゲゲゲの女房か。そういえば今年だったな。確か流行語大賞に選ばれてたっけ。しかし一般人の間で流行っているコンテンツを見下すタイプのオタクである私は、ゲゲゲの女房を見ていなかったのである。
「私あのドラマを見て、漫画家ってすごいのねって思ったわ。将来が見えない中であんなに頑張れるの、すごいって思った」
でもゲゲゲの女房を見ているはずの委員長の感想も、なんだかふわっとしていた。見てないから分からないけれど、多分私だったらゲゲゲの女房に見る漫画の歴史の変遷とかを、長々と語っていたと思う。
ただフットサルの時もそうだったが、彼女は世間の流行りとかに敏感で、取り敢えず一度は咀嚼してみようとする。以前はそんな彼女の性質をミーハーだと思ったけれど、今はとても大人っぽいと感じていた。
多分、社交界とか、私の知らない世界のなんかこう…… お嬢様的な社交の場で必要になったりするのだろう。今日もなんか“集まり”だとか言っていたし。
だからこうして話していても、どこか私と“同年代”の女の人と話しているような錯覚に陥る。高校生というより社会人っぽいっていうか。そんなことを考えていると、
「そうだ美樹さん! 今日は私をエスコートしてくださらない?」
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫よ。家にはちゃんと連絡しておくわ。それより美樹さんって、なんだか私が知らないことを色々知ってそうよね。私、居酒屋に入ったのだって初めてよ?」
そう言って楽しそうに微笑む委員長の顔を見て、今日はこのまま委員長と遊んでみても良いかもしれないと思った。
仕方ない、ならば教えてやろう。精神年齢アラサーのオタク女の、庶民の遊び方ってやつをな……!