第14話 ネトゲでオタク女子と結婚するギャル
結婚システム。
MMORPGにおいては、1997年サービス開始の「ウルティマ オンライン」で、とあるアメリカ人カップルがゲーム内の結婚式を企画し、それを当時のGMがサポートしたのが始まりらしい。ただMO(Multiplayer Online)のゲームにまで範囲を広げれば、もっと古くからゲーム内結婚の概念があったのだとか。
つまりマルチプレイのオンラインゲームというものが登場しただいぶ初期の段階で、人類は仮想空間での結婚という概念に思い至ったのである。
そして私は2010年、「クラフト・オンライン」という謎のクソゲーMMORPGにおいて、葵にゲーム内結婚のプロポーズをした。結婚すると各種ステータス補正で、葵が操作するガチムチ僧侶がさらに強化されるからである。
『じゃあ葵、結婚資金を稼ぐわよ』
『わかったよみーちゃん』
『今は美樹って呼んで!』
『……美樹』
『あなた……!』
このゲームの結婚には条件があった。それはプレイヤーごとに設定されている「好感度」を2000以上にするというもの。「好感度上昇アイテム」を他のプレイヤーに譲渡することで、好感度を上げられるのだという。
そして好感度上昇アイテムは、モンスターなどからドロップする非課金通貨「ギル」を集めて購入することが可能。だから葵と結婚するために、ざっと100万ギルを集めなくてはならなかった。
これはかなり骨が折れる作業になりそうだ! でも葵との初めての共同作業、頑張るぞ! と、私は少しマリッジハイになっていた。しかし、
『みーちゃ…… 美樹、この金策ダンジョンに潜れば30分くらいで100万ギル調達出来るみたいだよ』
『うーんゲームバランス』
ひょっとしてこのゲームが過疎っている一番の原因は、プレイヤーのコンテンツ消化速度に、ゲームの更新速度が間に合っていないからなんじゃないだろうか。よくサービス続いてるな。
『あ、でもこのダンジョン入場制限があって、3人以上のパーティじゃないと入れないって』
『なるほどなぁ』
葵からそう聞いた私は、ノータイムでスマホを取り出し、結愛が最近始めたTwitterのアカウントをチェック。そこには「帰宅なう」と書かれていた。ヨシ!
…………
……
…
『で、あたしは何すればいいわけ?』
程なくして、結愛がパーティに合流。ゲームと一緒にダウンロードさせたスカイプを通して聞こえてくる彼女の声は、普段のダウナーさから輪をかけて低かった。スカイプの音質で聞くとイケボな男性の声に聞こえなくもないな、と思った。
『結愛様は立ってるだけでもいいから! 私と葵が結婚するとこ見てて』
『まぁいいけど。というかお前なんで全裸なの?』
『それは早く動くためだよ。騎士なので』
『ふーん』
説明しよう! 結愛はダウナー値が限界突破すると「お前」呼びになるのだ! でも決して怒っている訳ではないぞ!
さて、魔法使いの結愛が合流して、3人パーティで金策ダンジョンに挑む。ダンジョンの最奥にある宝箱から「竜の金冠」というアイテムをゲットして、それを売却すれば100万ギルだ。
一応ギミックとして竜の卵というものがあり、プレイヤーが卵に触れるとドラゴンがポップし、難易度が跳ね上がる。だが卵に触れなければどうということはない、初期装備でも攻略出来てしまうダンジョンである。イージーだ。勝ちましたこれ。
『おいお前。魔法ってどうやって撃つんだ?』
『あー魔法はね、まずキーボードの数字キーに魔法をセットして』
結愛に基本的な操作方法を教えながら、ダンジョンを進んでいく。呼んだからには、少しでも結愛にゲームを楽しんで欲しい。葵が盾も捨てて二刀流になり、本格的にキリトくん状態になって敵を蹴散らしてくれるので、私たちはついていくだけだった。
『みーちゃ……美樹! 最後のフロアについたよ!』
はっや。こっちはやっと結愛の操作設定が終わったところなんだけど。しかしこれでついに葵と結婚出来るのか。そう思って最終フロアの扉を開けたところで、“そいつ”はいた。
ドラゴン。
もちろん誰も卵には触れていない。じゃあ何故ドラゴンがポップしているのか。答えは簡単。バグだ。
私は過去に「ワールド オブ ウォークラフト(WoW)」というMMORPGで起こった、とある事件を思い出していた。
「WoW」の有名プレイヤーであるリロイ・ジェンキンス氏が、仲間と共に、ドラゴンの卵ギミックがあるダンジョンに挑戦した時のこと。作戦会議の間に「チキンを温めなおす」という理由で離席していたリロイ氏は、卵ギミックの話を聞いていなかったため、席に戻ってくるや「Let's go!」と突貫した。
結果、リロイ氏が踏み荒らした卵からドラゴンが大量発生し、パーティは全滅。このチキン暖めなおし事件は当時のMMOプレイヤーの間で話題になり、後に「ハースストーン」というゲームでは、リロイ氏をモチーフにしたカードが作られたほどだ。
しかし今回私たちは何も悪いことしてない! 何もしてないのにゲームが壊れた!
さっきまでひたすらレベリングしていた私と葵の強さ的には、ドラゴンを倒せないこともない。でもかなりギリギリだ。全ロスのリスクを負ってでも、挑戦するべきか否か……。私がそんな風に悩んでいると葵が、
『俺の命は君のものだ、アスナ。じゃなくて美樹。だから君のために使う』
『キリトくん……』
二つの刀を構え直し、フロアに侵入する葵。刹那、ドラゴンの炎が襲い掛かる。しかしその灼熱の息吹が、葵を捉えることは無かった。なぜなら──
『絶空!?』
燃え盛る炎の中、閃光のように大地を滑る葵の姿を私は見た。物理演算処理の隙をついたバグ利用。しかし格闘ゲームプレイヤーの葵にとって、グリッチ行為などという概念は存在しないも同義だった。
『結愛様! 葵に氷のエンチャント魔法を!』
『えっと…… これか』
詠唱の後、葵の双剣が冷気を帯びる。ドラゴンの弱点である氷属性。さらに私の弓による援護と、結愛の初級氷魔法も加わり、ドラゴンのその命が尽きるまで、あと一歩のところまで追い詰めた。しかし、
『あれは……っ!』
瀕死のドラゴンが放つ、起死回生の範囲炎魔法。広範囲を面で薙ぎ払うその魔法は、葵の絶空でも回避不可能だった。──だがそんなドラゴンの最終奥義も、葵に届くことはない。
『美樹……!?』
『葵、早くとどめを』
全裸を捨てて鎧を着こんだ私が、葵と炎の間に立ちふさがる。あらかじめ継続回復魔法をかけてもらっていた私が今、騎士というジョブの本来の役割を果たすのだった。
その隙に葵が二本の剣を突き刺し、ドラゴンの巨躯が崩れていく。私たちはやったのだ。
『美樹! しっかりして! 美樹!』
『葵……私は大丈夫、それよりも竜の金冠を』
『なにこれ』
スカイプ越しでもわかる結愛の冷めた目線に見送られ、私と葵は宝箱の前に立つ。
『葵、結婚しよう』
『うん!』
2人で愛を確かめ合い、同時に宝箱を開いた……のだが、
『あれ、宝箱の中、“空”って判定になってる』
あー、あーなるほどね! ドラゴンとアイテムのポップを同じ領域で管理でもしてたのかな? もしくは2名のプレイヤーで同時に宝箱を開けたのがまずかったのかな? なるほどなるほど!!! ああ、ああ~~~~!!! なるほどーーーー!!!!!
「クソゲー乙」
結局あの後、結愛に牧師役を頼み簡易的な結婚式ごっこをして、今日はお開きとなった。ゲームをアンインストールしてヘッドセットを外し、部屋の時計を見るともう夜中の1時だった。
窓の外から聞こえてくる虫の声と、机の上のすっかり炭酸が抜けてしまったコーラの缶。
もうすぐ夏休みかぁなんて思いながら、ベッドに寝転んで天井を仰ぎ、さっきまでの冒険を振り返る。これ以上無いほどのクソゲーだったけど、正直なところ楽しんでいる自分がいた。
「MMOの面白さ=アクティブプレイヤー数の多さ」という持論は、訂正しなくてはいけない。「一緒に遊ぶ友達」が同封されていれば、どんなクソゲーも神ゲーになるんだ! きっと!