第11話 キラ☆キラけいおん・ざ・ろっく!
「ハァイここ! ストップ! このシーン! また家族が目的の妨げになりましたね! そうなんです! 細田守作品は家族の絆を盲目的に信仰するのではなく、負の部分も描くことに定評があります! しかし家族を全否定する訳ではなく、それが助けになるところまでしっかり描き切るところに、既存の家族をテーマとした作品と一線を画す中立性がある訳です! 家族の絆の呪いと祝福! これがサマーウォーズという作品の真骨頂で──」
「深いなぁ」
葵とのデートから数日後、私は結愛を自宅に呼び出し、無理矢理「サマーウォーズ」を見せて一方的にオタクを解放していた。ラブホで不完全燃焼だった細田守語りたい欲を、結愛で発散するためだった。
葵との交流をギャルで貫くと決めた以上、私がオタクを遠慮なくぶつけられるのは、この世界では結愛しかいなかった。結愛に電話をかける時、デリヘルを呼ぶ男の人ってこんな感じの気持ちなのかなぁって思った。
「ちょっとお姉ちゃんうるさい! 静かに──」
部屋に怒鳴り込んで来た妹の梨花が、結愛の姿を見た瞬間静止した。今日は私の部屋に泊まっていくので、いつもよりラフな格好をした結愛を、網膜に焼き付けているようだった。
「梨花ちゃん久しぶり。お風呂まで借りちゃってごめんね」
「あ、結愛先輩いらっしゃったんですか…… いえ、私もこの後お風呂飲む、じゃなくてお風呂入るので、大丈夫です。お姉ちゃん、もうちょっと声のボリューム落としてね」
結愛信者として完成していく妹の姿を見るのは、姉として複雑な気分だ。
それはそれとして“問題”が起こったのは、妹が退出してすぐ後のことだった。さっきまで死んだ目で私のオタトークを聞いていた結愛が、私のベッドの上で携帯電話をイジりながら、
「美樹さぁ、文化祭のライブに出てみる気ある?」
その言葉を聞いて、私は「ついに来やがったか……!」と思った。
説明しよう。私がタイムリープする前の「α世界線」での話。高校時代の私は、ちょうど今みたいな感じで誘われて、文化祭のライブに出たのだった。私と結愛と、そしてお人好しな橋本さんの3ピースバンドだ。
しかし、結愛が作曲したかなりマニアックな方向のオリジナル曲を引っさげてライブに出演した私たちは、「これ以上滑ることってある?」ってくらい滑った。1年生で! 軽音部でもないうえに! オリジナル曲で出演して! 滑らないわけないだろ!
私は今でも、気を遣ったクラスメイトたちの「私は良かったと思うよ……」という精一杯のフォローと、彼女たちの気まずそうな視線をたまに夢に見る。2年生でなんとか雪辱を果たしたが、あの文化祭クソ滑り事件は私の消えないトラウマとなってしまった。
「あたしたちでさァ!“本物”の“音楽”を“奏でて”やろうぜ!」
いつものダウナーギャルのキャラがどっかに吹っ飛び、ヤバいスイッチが入っている結愛。もちろん普段は私が結愛のお世話になっているので、断ることは出来ない。しかしあの惨劇は、絶対に回避しなくてはならない!
最初の結愛を騙せ。世界を騙せ。策を講じるために、私はもう一人の被害者候補である橋本さんに電話をかけるのだった。
…………
……
…
「みーちゃんこれ、この前言ったわたしのおすすめのラノベ。ソードアート・オンライン」
「持って来てくれたんだ! ありがとうねぇ! 葵は偉いねぇ! よしよしよしよし!」
「えへっ、えへへ、えへえへ」
翌日。私におすすめラノベを持って来てくれた葵を、えへえへ言わせている昼休み。私はのんきに「葵にみーちゃんって呼ばれるの悪くないなぁ」とか思っていた。
悪いギャルに脅迫されて、私のことを「美樹ちゃん」と呼ぶことになった葵だったが、「みきちゃん」の「き」って意外と発音しづらい。だから「みきちゃん」が段々「みぃちゃん」みたいになっていき、最終的に「みーちゃん」に落ち着いた。
さて、どうして昨日の今日で私がこんなにのほほんとしているのかというと、もう打てる手は打ったからだ。
私は昨日、やっと携帯電話から買い替えたスマホで、橋本さんに、
「ごめん! お金は出すから! 明日のお昼ご飯だけ学食で食べてくれない?」
と、お願いした。かなり不自然なお願いだったけれど、橋本さんは二つ返事でOKしてくれた。さすが何でもやってくれる橋本さんだ。
これには理由があって、「α世界線」で結愛は今日この時間、教室で橋本さんとぶつかり、その流れで今までよりもちょっと仲良くなって、彼女を学園祭のライブに誘うのだ。
だから今日この場に橋本さんがいなければ、バンドは結成されない。結愛には悪いけど、一分の隙もない、未来人らしい解決方法だ。これは勝ちました。風呂食ってきます。
ところがそんな私の自信をよそに、事態は思わぬ方向に転がっていくのだった。
トイレから戻ってきて私と葵に合流し、お弁当を食べ始めた結愛が、
「泉さん、学祭のライブに出てみない?」
と、葵をバンドに誘うのだった。
卒倒しそうになる私の頭に浮かんだのは、オタクの基礎教養であるカオス理論。蝶の羽ばたきが台風を起こしたり、桶屋が儲かったりするやつだ。
いやそんな大層なものじゃないかもしれないけれど、未来人だからといって、未来を完全に制御することは困難だということを、肌で痛感した。もう私が高校時代を過ごした一周目の世界とは、周囲の人間関係も環境も何もかもが違うのだ。
「でも葵って楽器出来たっけ? それに学祭ライブって、結構たくさんの人の前に出なきゃいけないんだよ? 大丈夫? 無理しなくていいんだからね?」
私は尚も悪あがきを見せるが、
「怖いけど、でもやってみたい! それにみーちゃんも出るんでしょ? なら多分、大丈夫だと思う……」
葵、変わったなぁという母性と、もう学祭で滑りたくないという自己保身の狭間で、どうにかなりそうだった。
でも本当にギリギリで「葵がここまで言うなら」という思いが勝ち、私も腹をくくった。学祭に出ても、要は滑らなければいいんだ。
「葵偉いねぇ! よしよしよしよし」
「えへっ、えへーへ」
一通り葵を撫でてから、
「で、この3人でやるの? パートは?」
「いや、あと一人、委員長にも頼もうと思ってる。委員長ってピアノ習ってたらしいし」
なるほどさすがお嬢様。そういえば令和では、お嬢様ロックバンドのアニメが始まったばかりだったなぁ。あれ最後まで見てからタイムリープしたかったよ。
「じゃあ委員長がキーボード担当ってこと?」
「そんな訳ない。キーボードが入ってるバンドは全部クソだ。委員長にはドラムをやってもらう」
言葉つっよ……。キーボードが入ってたって、良いバンドはいっぱいあると思うけど。結愛はバンドのことになると、急に思想が極端になる。闇のオタクの才能がありそうだ。
「じゃあ委員長がドラム、結愛がベースは確定として、私と葵は?」
「性格的に美樹がフロントマンで、泉さんがギターをやるのがいいと思うけど」
私は実際そこまで人前に出るのが得意では無いのだけれど、まぁそうなるか。一応ギターボーカルの“経験”はあるし。クソ滑った負の経験も含めて。
ただ私は、この前ラブホで葵とカラオケルームに入ったことを思い出していた。だからこんな提案してみることにした。
「ねぇ葵、やっぱ葵がボーカルやってみない?」
「えっ!?」
基本的に困ったら「え? え?」ってなる葵の、これまでで一番でっかい声の「え?」が出た。でも葵がボーカルをやってくれたら、きっと素敵な思い出になるという直感があった。
大丈夫。もし滑ったら、滑ることに関しては大先輩の私が一緒に死んであげるから。