第10話 オタク女子をラブホに連れ込むギャル
(※このエピソードでは未成年のラブホテル利用、及び飲酒などの表現がありますが、犯罪行為の肯定・助長を意図したものではありません。未成年者の飲酒・ラブホ利用は法律で禁止されています)
ラブホ女子会。
令和では広く浸透した文化だが、ラブホ女子会の概念が生まれたのは、まさに今私がいる2009年から2010年にかけての時期らしい。もちろん諸説ありだ。
2009年に「ホテルバリアンリゾート」が、ラブホ業界で初めて「女子会プラン」をスタートさせた。これを皮切りにラブホテルを女子会で利用する顧客が少しずつ増加。2010年は、ラブホ女子会の黎明期とも言える。
そして私と葵は、そんなホテルバリアンリゾートによく似た、リゾート感溢れる大型のラブホテルに入った。施設も設備もほぼバリアンリゾートと同じだが、よく似たホテルだ。
このホテルでは他のラブホテルと違い、一般のビジネスホテルのようなサービスカウンターでチェックインを行う。ギャル装備を完全武装した私はともかく、高校生の中でも背の低い葵はどう見ても未成年だったが、年齢確認もされず「女子会プラン」で通してくれた。
多分、女同士で服も濡れていたので、大目に見てくれたらしい。ここら辺が令和とは違うところだ。コンプライアンスもそうだし、女同士だって“本来の利用目的で”ラブホを利用することもあるのにねって意味でも。
「あの…… 良かったのかな…… わたしたち、こうこうせ──」
「葵!」
「はい!」
「貸し切り露天風呂もあるっぽいけど、どうする? 一緒に入る?」
「え? えっ? いや、あの……」
露天風呂はあんまり乗り気じゃないようなので、無しにした。まぁお部屋にも広いジャグジーがあるからそれで良いよね。
「葵!」
「はい!」
「入浴剤選んで」
アメニティバイキング。このホテルの目玉の1つだ。ロビーに設置されているアメニティバイキングコーナーでは、入浴剤から爪磨きに至るまで、何十種類ものアメニティが無料で選び放題。定番のものから、季節ごとの限定品まで取り揃えられている。
その中でも私は、赤、青、黄色の入浴剤の中から、好きな色を好きな分量で組み合わせられる入浴剤が好きだった。せっかくだから葵に入浴剤を選ばせてみたところ、
「いや全部青って!」
「え、あ、ごめん……」
「でも逆に斬新かもね全部青! 逆にね! あ、葵だけにってこと? ウケる~」
さっきから葵は、心ここにあらずといった雰囲気だった。
「見て葵! アメニティバイキングなのにワインも飲み放題だって! 飲む?」
「わかんない…… ワインって飲めるんだっけ…… ちょっと電話でパパに聞いてみるね……」
今の葵はアメニティとかワインどころではないらしい。楽しんでくれると良いんだけど。って本当に自宅に電話かけようとしないでよ!
仕方なく私のチョイスで色々なアメニティを選んで、なすがままな葵を連れて、私たちの部屋に入った。
「おぉ~ テンション上がるね」
リゾート感と高級感溢れる部屋でありながらも、大きなクイーンサイズのベッドと並んだ二つの枕が、なんだかんだでラブホテルだということを主張している。これぞバリアンリゾート! といった感じの部屋だ。よく似ている!
さっそく私は濡れてしまった服を脱ぎ散らかしていった。
「うわぁ靴下びちょびちょ……。服も全部脱いで乾かしちゃおっか。ねぇ見て葵! ドラマとかでしか見ないようなバスローブ! なんかえっちじゃない?」
そんなことを言いながら着替えていると、ベッドの上で葵が、
「あの…… 優しくしてください……」
何やら覚悟を決めた顔をしていた。いや、そういうのじゃないから。ただの雨宿りだから。
…………
……
…
「ねぇ葵! 何食べる? ハニトーは外せないとして、なんかご飯ものも。やっぱナシゴレン?」
「あわわわわわわわわ……」
「ねぇ見て葵! ハイビスカスの下にコンドーム! こういうところ、やっぱラブホだよね」
「あわわわわわわわわ……」
結局別々にお風呂に入って、二人ともバスローブに着替えてからも、葵はずっとあわあわしていた。そしてこっちもそんな葵を見るのが、段々楽しくなってきたところだ。
でも私が雨宿りであえてラブホテルを選んだ本当の目的は、あわあわした葵をイジり倒すことじゃない。
ラブホ推し会。これも令和の時代では、そこそこ広く知られている言葉だ。ラブホに向かう途中で私たちはレンタルショップに寄って、葵セレクトのおすすめアニメのDVDをレンタルしてきた。これをこのホテルの部屋にある大型モニターで、二人で観賞しようというプランだ。だってそもそも私は、オタクの葵に触れるためにデートに誘ったんだから。
クイーンサイズのベッドに二人並んで座って、モニターを見る。葵が借りたのは、「おジャ魔女どれみドッカ~ン!」の第40話が収録されたDVDだった。
オタクの私は「ふーん、やるじゃん」と思ったけど、ギャルの私は「オタクちゃんさぁ……」って思った。第40話「どれみと魔女をやめた魔女」。魔女見習いの主人公・どれみが、ガラス工芸をしている大人の魔女に出会う、一話完結のエピソードだ。個人的にこのエピソードが、細田守監督の最高傑作だと思っている。
でも葵が私に見せるエピソードとしてこれを選んだのは、なんだか意外というか、もっと続き物を布教してくるかと思った。
いや「おジャ魔女どれみ」だって続き物ではあるけど、「どれみと魔女をやめた魔女」を見て感動しても、「どれみ」を追おうとは中々ならないじゃん。だってもう子どもの頃に見てるし。
ただ葵とこうして大きなベッドで一緒にアニメを見るのは、不思議な充足感があった。そうだ、私は十分に、この時間を楽しんでいたんだ。
しかしそんな私の安らぎに水を差すように、急に葵がこんなことを言うのだった。
「あの、源さんは、わたしと遊んでて楽しい?」
その言葉を聞いて、私は一つ腑に落ちたことがあった。ラブホに来る前の、葵の「源さんってもしかしてオタクなの?」という問い。あれって多分、本当は「わたしと遊んでて楽しい?」って聞こうとして、言葉を飲み込んだのかもしれないな、と思った。
そして私はそんな葵を見て、わからないやつだな、と少しイラつく。だからおもむろに、あまりアニメに集中していない葵に、後ろから抱き着いた。
「え! 源さん!?」
「葵はさ、いつになったら美樹って呼んでくれるの?」
少しこわばった葵の小さな身体は、私の腕の中にすっぽりと収まった。私の腕に、葵の艶やか髪がかかる。彼女自身が選んだ、青い入浴剤の華やかな匂いがした。
「あの…… それは」
「今名前で呼んでくれなかったら、このまま絞め殺しちゃうかも。多分あなたより、私の方がずっと力強いよ?」
葵はその細い首を回して、後ろから抱き着く私を見ようとする。
「葵、アニメを見て」
暗くした部屋を、「どれみと魔女をやめた魔女」が上映されているモニターの明かりだけが照らしていた。
「ねぇ、葵はそのアニメのどこが好きなの? 私と一緒にアニメ見るの楽しい?」
葵の髪を撫でながら、まるで意趣返しのような少し意地悪なことを聞く。
「源さん、もしかしてお酒飲んでる?」
「ふふっ、ちょっと」
さっき葵がお風呂に入っているうちに、ちょっとだけ飲み放題のワインを飲んでいた。でもお酒を飲んだ私よりも、葵の体温の方がもっと高くなっていっていることが、バスローブごしにわかった。早すぎる心臓の音がなんか可愛い。
「はい、美樹って呼んで。さもなくばこのまま葵を襲う」
「み、美樹、さん……」
「なんでそこでヘタレるの! 美樹」
「美樹、ちゃん」
「まぁいいでしょう」
葵を解放して、代わりに彼女の手を取って、手揉みマッサージをしてあげる。これはよく私が結愛にしてあげるやつだ。人に抱き着いたりするのが大好きな私と、スキンシップが嫌いな結愛の折衷案で生まれた、私と彼女の間の唯一のスキンシップ方法だった。
「美樹ちゃん、ごめんね」
「いいけど、今度はちゃんと、本当に葵が私に教えたいアニメを見せてね」
「うん」
葵は、実は私がちょっとだけ傷ついていたことに気付いたようだった。モニターを見ながら、小さな葵の手のツボをそっと押していく。
「あとここカラオケあるから、アニメ終わったら一緒に行こうね。ちゃんと好きな曲歌うこと!」
「えー……、いいけど。わたしあんまり歌上手くないよ?」
「いいからいいから! えい!」
「いったっ!」
アニメが終わったのを見計らって、少しだけ強く葵の手のツボを押した。思いの外オーバーリアクションで笑ってしまった。
主な目的だったアニメ上映会は、残念なことにあまり集中出来なかったけど、このホテルにはカラオケもダーツもビリヤードも卓球台も太鼓の達人もある。せっかくだから、葵と二人で遊び尽くしてしまおう。
あと窓の外はすっかり晴れているようなので、もう一度露天風呂に誘ってみても良いかもしれない。
「じゃあ行こうか、葵。あ、さすがにバスローブで部屋の外に行くのはだめだから、館内着に着替えてね?」
なんだかデートというより、葵と旅行に来たような気持ちになってきた。いつかこうして、本当に葵と旅行に行ってみても面白いかもしれない。
そんな小旅行感も味わえてしまうのが、このバリアンリゾートとよく似たホテル! ゲーセンに行くのと同じくらい楽しいよ!