第9話 オタク女子とのゲーセンデート
一口でオタクといっても、アニオタ、ミリオタ、ドルオタ、声オタ、鉄オタなどなど、それぞれ専門としている分野がある。例えば比較的雑食な私も、一応エロゲという専門があり、エロゲの主人公を私自身に改変した二次創作の夢小説を書くのが主な活動だった。
もちろんその夢小説は封印指定だ。だけどそんな夢小説を書いていた頃の経験が、社会人になってスキルとして役に立っていたので、一概に黒歴史とも言えないのが複雑なところである。
ともかく、今の自分の興味は、葵がなんのオタクなのかってことだった。
自分で言うのもあれだけど、最近はだいぶ葵と仲良くなったと思う。間違いなく友達と呼べる仲だ。
だけどそれはただの女子高生同士の関係というだけであって、葵の“オタクの部分”にはアクセス出来ていない。なんだかんだで葵はオタクトークが出来る友達が欲しいだろうし、そもそも私も葵とそういう話をするのが、この世界に来てからの目標だった。
ということで6月に入った最初の休日、私は葵をデートに誘ったのである。
まぁただ遊びに行くだけなんだけど、葵と二人で休日に遊ぶのは初めてなので、ちょっとドキドキしている自分がいた。
今日の“装備”は、当時流行ったギャルの標準的なスタイルである、いわゆるガーリー系のファッション。盛り髪などのブームが落ち着いてきた頃に、西野カナのファッション性などを取り入れて流行した、“甘ギャル”などと呼ばれるタイプのギャルに擬態した。全体的にふわふわしたイメージだ。
そんな装備で私は、葵が指定した待ち合わせ場所にだいぶ早く到着してしまい、暇を持て余していた。場所は都心のとある街の、駅構内。あまりオタクなイメージが無いところで、葵が指定したデートスポットとしては意外な街だ。
そう、今回のおでかけのコンセプトは、葵の行きたいところに行く、というものだった。
突然だけど、実はデートには必勝法がある。それは相手にプランを考えてもらい、何が起きても全力でポジティブなリアクションをするというもの。相手の私服がダサくても、微妙なお店に連れていかれても、ネガティブなことを言わなければ失敗することなんて基本的にあり得ないのだ。
「ごめん源さん。待たせちゃった?」
そんなことを考えていると、葵が来た。時間通りだ。まずはお決まりの、相手の私服を褒めるところから……。
「ダッッッッッッ……!」
あっぶな。「ダッ」まで出てしまった。いやでもあまりにも服がダサ過ぎる。
奇抜とかじゃなくて、シンプル過ぎるって方向で。パーカーとジーパンでよく都心まで出てこれたな。「デニム」なんておしゃれなもんじゃない。ジーパンだよこれは。リコリス・リコイルの初期のたきなの方がまだまともな服を着てたぞ。というかあれ普通におしゃれだったよね。
とはいえ今日は葵の休日を全肯定する日。口が裂けてもダサいなんて言っちゃいけないんだ! それにギャル擬態オタクの私が言うのもあれだけど、人間は中身だ!
「おはよう葵! 全然待ってないよ! うわー私服姿めっちゃ新鮮! すごい似合ってるね!」
なんか京都人みたいになっちゃったけど、貫くしかない。こうして私と葵の休日デートが始まった。
…………
……
…
ほう、開幕ゲーセンですか、たいしたものですね……。
ただデートスポットとしてはともかく、遊びに行くという点では結構無難なスポットだと思う。令和の時代では若者のゲーセン離れとかいう世知辛い事情があるけれど、やっぱり楽しいよね、ゲーセン。
もちろん葵がゲーセンに来て、UFOキャッチャーやプリクラやマリカや太鼓の達人をやる訳はない。よどみなくゲーセンの奥の方に進む葵。私はその後ろをついていくだけだった。
駅からここに来るまでの道中の会話でわかったことだが、葵の専門は“格闘ゲーム”だった。2008年、それまで停滞気味だった格闘ゲーム業界は、「ストリートファイターIV」と「BLAZBLUE」の稼働開始で再興。同時にとある伝説的な格闘ゲームプレイヤーの復活により、日本で“プロゲーマー”という道が拓かれていくことになる。
葵もそんな格ゲーリバイバルの影響で、この界隈に足を踏み入れた“戦士”の1人。今は2010年4月に稼働したばかりの、「スーパーストリートファイターIV」を中心にプレイしているらしい。
当然今日も、葵は一直線で「スパIV」の筐体に進み、私に「座って」と言うのだった。オタクちゃんさぁ……。
「ちょっとやり方わかんないかも。 そうだ、葵が隣で教えてよ」
ここで私は“教えて作戦”を差し返す。葵から格ゲーを教わることで、ただ黙々とゲームをするだけでなく、コミュニケーションに昇華しようという青写真だ。しかし葵は、
「いや、まずは勝負でしょ」
なるほど、そっちのコミュニケーションね。さて、ここで私が困っているのは、格ゲーがわからないということじゃない。「本気を出して良いのか」ということだった。エロゲオタクの私は、型月作品を元にした格ゲー「Fate/unlimited codes」と「MELTY BLOOD」シリーズを、結構ちゃんとプレイしていたからだ。アケコンも買った。
しかしギャルが、なんなく真空波動コマンドを入力出来て良いものなのだろうか……。いやダメだ、せめて昇竜コマンドまでだ。使用キャラクターは、「スパIV」で初めて実装されたジュリ。ということでラウンド1、ファイ!
キンキンキンキンキンキンキンキン! ソンナバカナー!
「はいわたしの勝ち。対戦ありがとうございました。源さんも結構やるじゃん。初めていきなりコマンド技出せるなんて才能あるよ。100年に一人の逸材」
格ゲー沼に落としたい格ゲーマーってみんなそれ言うじゃん。
結果として、想像以上に葵は強かった。恐らく私がちょっとコンボ練習をして、ギャルを捨てたコマンドテクを全解放しても勝てないだろう。
そんな葵とのゲーム対決に全身全霊で挑まないのはちょっと罪悪感があったけど、それ以上に嬉しかった。葵がオタクとして一番熱を注いでいるものに、触れることが出来たのだから。
なので私はその後も何度か連コインして葵と戦い、気付けば昼過ぎになっていた。さすがにお腹が空いたので、どこかにご飯を食べに行こうと、葵と一緒にゲーセンを出る。
しかしお店を探している最中に、ふいに葵が、
「あの、源さん。すごい変なこと聞くけど、もしかして源さんって、ちょっとオタクだったり、する?」
なんてことを聞いてきた。一瞬、私がオタクだってバレたのかもしれないと焦った。だけど葵の顔を見て、そうじゃないとわかった。彼女は私に、「もしそうなら良いのにな」という希望を抱いているだけだということが、ひしひしと伝わってきた。
「あ、ごめんね! そんな訳ないよね! 何言ってるんだろわたし」
一縷の望みを振り払うように質問を撤回する葵を見て、私の頭の中にエロゲの選択肢のように、次に自分が言うべき言葉がいくつか浮かぶ。多分一番簡単なのは「そうだよオタクだよ!」と素直に言うことだった。
でも私はこの2周目の世界で数ヶ月を過ごして、ただオタクとして彼女と接するのも何か違うと思い始めていた。
まず私は、「本当の自分」みたいな言葉があまり好きじゃなかった。私は人間を玉ねぎのようなものだと思っていて、いっぱい皮を剝いた後には何も残らないんじゃないか、という持論がある。つまり「ギャルの私」だけでなく、「オタクの私」も、結局は皮の一枚にしか過ぎないのだ。
そして葵と友達になったのは、ギャルの私だ。だからここで私が選ぶべき言葉はこうだ。
「そうかも。葵の影響で、私もオタクになっちゃったのかも」
「いやまさかそんな……」
「だからこれからももっと教えて? 葵の好きなこと」
私は産まれた瞬間からオタクなので全くの嘘だが、それはそれとして本心だ。この嘘が、葵にちゃんと伝わっていればいいな、なんて思っていたら、ぽつぽつと雨が降り始めた。6月だからそういうこともあるか。思えば葵と二人でいる時は、雨の日が多いな。
「あ、雨。そんな…… ごめんね、今どっか雨宿り出来るとこ探すから……」
今日のプランナーの責任を感じているのか、わたわたしている葵。ただ令和のようにスマホでなんでも探せる訳じゃないので、目視できょろきょろするしかないようだった。
今日は彼女の行きたいところに行く予定だったけど、ここは助け舟を出してあげるか。
「ねぇ葵、ちょっとあそこで休んで行こっか」
「あそこって…… え」
私が指をさしたのは、ラブホテルだった。
「え」の口で固まっている葵の手を引いて、私は雨の繁華街を歩いていく────。