プロローグ
私の名前は源美樹。30歳女で職業はWEBライター、そして平成オタクの生き残りだ。
オタク。令和の日本において、この言葉はあまりに軽薄だ。そして誤解を恐れずに言えば私は、ただモノを消費することを“オタ活”などとのたまう、現代の自称オタクたちを下に見ている。
そう、私はそういう古いタイプの、そして気持ち悪いタイプのオタクなのだ。否、気持ち悪くなければオタクではない、というのが私の持論である。
ここ最近、私が休日に一人暮らしのワンルームで何をしているのかと言うと、「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズ全巻を卓上に積み重ね、長門有希と朝比奈みくるの会話シーンだけをひたすら抜粋して表にまとめていた。
なぜこんな事をしているのか。理由は単純で、ふと気になったからである。
長門とみくるの関係性は、SOS団の中でもかなり特殊だと私は感じていて、会話シーンが極端に少ない。また作中では、みくるが長門を苦手に思っていることを仄めかす描写もある。でも簡単に不仲って断定するのも違うし…… 長門がみくるを助けるようなシーンもあるし…… だとしたらどういう関係性? 逆に長門はみくるの事をどう思ってるの? 時間経過による心境の変化は?
一度気になったらどうしようもなくなり、土日が何度も何度も読んだハルヒで潰れていく。
軟弱な令和人よ。これがオタクだ。
以下、そんなオタクの気持ち悪さをどんな言葉よりも的確に表現した、有名なネットのコピペを引用しよう。
「オウフwww いわゆるストレートな質問キタコレですねwww おっとっとwww 拙者『キタコレ』などとついネット用語がwww まあ拙者の場合ハルヒ好きとは言っても、いわゆるラノベとしてのハルヒでなくメタSF作品として見ているちょっと変わり者ですのでwww ダン・シモンズの影響がですねwwww ドプフォwww ついマニアックな知識が出てしまいましたwww いや失敬失敬www まあ萌えのメタファーとしての長門は純粋によく書けてるなと賞賛できますがwww 私みたいに一歩引いた見方をするとですねwww ポストエヴァのメタファーと商業主義のキッチュさを引き継いだキャラとしてのですねwww 朝比奈みくるの文学性はですねwwww フォカヌポウwww 拙者これではまるでオタクみたいwww 拙者はオタクではござらんのでwww コポォ」
これだ。これがオタクなのだ。ハルヒを読んでメタフィクションがどうの、セカイ系がどうの、動物化がどうのこうの言っちゃうような人種が、私の知っているオタクだった。
そして私は高校時代、オタクであれなかったことを、アラサーの今になって少し後悔していた。
私の高校時代は、それはそれは楽しいものだった。何故なら私はギャルに擬態していたからだ。
私が高校生だった2010年代前半は、オタクが市民権を得る過渡期とも言える時代。2009年から2010年にかけて放送された「けいおん!」が、オタク文化を良い感じに世間に浸透させてくれたが、それでもまだオタクに対する偏見は完全には消えていなかった。
だから私はギャルに擬態した。小学生で電撃文庫に出会い、中学生で父にエロゲを買って来て貰っていた私は、高校生でオタクを手放したのだ。
結果、“青春”と聞いて思い浮かべる大体のことは経験した。友達もいた。彼氏もいた。自転車2人乗りもした。屋上でご飯も食べた。河川敷で球技大会の打ち上げもした。ファミレスで勉強会もした。海にも行った。山にも行った。夏祭りイベントもあった。初詣イベントもあった。体育祭でクラスTシャツも作った。文化祭でバンドもした。
しかしオタクは無かった。
クラスの隅っこで、オタクを隠さない女子たちが、ちょうどアニメ化された「STEINS;GATE」の今後の展開について予想合戦していたのを見ていた。とっくに原作のゲームをプレイしていた私は、「浅いな」と心の中でイキった。だけどそれ以上に羨ましかった。
前述の「フォカヌポウwww」のコピペ。昔は「やっぱオタクって気持ち悪いなぁ」って思ったけど、今はそれがオタクの矜持のようなものだと感じられる。
実際のところギャルになったことで得られた青春は全部、ハルヒを最初に読んだ衝撃すら超えなかった。だから高校時代に周りの目を気にせずフォカヌポウって笑えたなら、どんなに楽しかっただろうっていう未練がいつまでも消えない。
高校1年生の頃、いつもあの子は、教室で一人ラノベを読んでいた。そして彼女は長い孤独の末、やっとシュタゲを語り合えるようなオタク仲間たちを手に入れたのだ。
みんなオタク知識は私よりずっと浅かったけど(オタク特有の知識マウント)、彼女たちはオタクに厳しい2010年代初頭の時代でも尚、オタクの矜持を捨てなかったのだ。私と違って。
もし高校時代に戻ることが出来たら、私は彼女たちとも仲良くなりたいな。純粋にそう思う。あの花とかシュタゲの感想を言ったり、名作エロゲを布教したり。そうだ、ちょうどまどマギが流行っていた頃だから、虚淵作品を布教したら面白そうだ。逆に彼女たちはどんな作品が好きなんだろう。自分で二次創作とかを作ったりはするのかな。
人を助けた代わりにトラックに轢かれ、救急車で搬送されながら、薄れゆく意識の中で私はそんなことを考えていた────。
良かった。死の淵にあっても私はオタクだ。
どうしようもなく気持ち悪い、平成のオタクのままだ。
何よりも感想が一番ありがたいかもです。
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