うれしい!
「アレって——まさか……アレをやるの⁈」
「だから、アレって何だよ」と光が訊く。
「私達も三次元向こうの世界に行くってこと」
「だけど家族とかってどうするんだ?」
「そうだな……。家族も一緒に連れて行くしかないな」
「じゃあ俺達、転校することになるな」
「七人一緒に転校するって違和感が……」
「だよな」
「何を話してるの?」と結月が出てきた。どうやら腹痛が治ったらしい。
「ゆ、結月。出たのか」と慎二が驚いたように言った。
「じゃあ、出発ー!」
無事に電車に乗れた。
それからは誰とも遊ばずに勉強をした。
今年の夏休みは課題が鬼のように出された。まだ半分も終わっていない。
「ふぅ」
やっと半分は終わった。だけどまだ半分。もう半分を終わらせないと。
何時間勉強したのだろう。推しパワーでなんとか終わった。
推しがいれば何でもできる。
夏休みは思った以上に早く終わり、二学期になった。
私が通っている学校では、二学期が始まってすぐに体育祭がある。
私は運動音痴だ。
五十メートル十秒という記録を残した。
なぜか私がやる種目が勝手に決められていた。百メートル走だった。このままだと二十秒。
私が走っている姿を推しが見てる。そう考えると、とても恥ずかしい。
「慎二くんが出る種目って何?」
「百メートル走。結月は?」
「同じ」
「お互い頑張ろう」
「うん!」
推しに「頑張ろう」と言われると頑張れる。やりたくなくても。
忘れていたけれど明後日体育祭だった。
慎二くんは多分運動神経いいと思う。
そう思うと走る事が嫌になってくる。
当日。
「次の種目は百メートル走です」と放送部の人が言う。
「辻道明くん、山形淳司くん、澄川光くん、作山慎二くんです」
「よーい、スタート!」と先生がスターターピストルの引き金を引いた。ぱーん! と大きな音がした。
走り始めた。トップは明くんだ。
「速いなあ」と頬杖をつきながら私は言った。
すると、誰かが明くんを抜かした。
慎二くんだった。
速い。とても速い。
「ゴール!」
「一着は作山くん、二着が辻道くん、三着が……なんと、同時に澄川くん、山形くん!」と放送部の熱のこもった実況で男子の百メートル走は幕を閉じた。
緊張してきた。
慎二くんが一着だと……
「続いては女子の百メートル走です。」
「田中結月さん、川淵遥さん、江利山由依さんです」
絶対最後。
「よーい、スタート!」と先生がスターターピストルの引き金を引いた。ぱーん! という音と共に心臓がどくん、と大きく鳴った。
今の順位は由依ちゃん、遥ちゃん、そして私。運動音痴だからしょうがない、と思っている自分もいれば、頑張ればできるという自分もいる。
すると、「結月ー! 頑張れ!」と声が聞こえてきた。慎二くんの声だ。
私は慎二くんの彼女なんだ。
だから、絶対に一着になってみせる!
スピードアップし、びゅんびゅんと風の音が聞こえる。
遥ちゃんを抜いた!
最後は由依ちゃん。
──速いっっ!
抜きたいけれど速すぎる。
──やばい。このままじゃ……!
すると、「結月なら行けるっ! 頑張れっ!」と聞こえた。また慎二くんの声だ。
遠くからでも、はっきりと。誰の声よりもはっきりと。
私の身体の中にある“何か”が目覚めたような感覚がした。
もう少しでゴール。焦るな。私。
すると、由依ちゃんのスピードが遅くなった。
──今だっ!
ゴールの目の前で私は抜かした。
徒競走ビリな私が人生で初めて一位になった。
「一着は田中さん、二着が江利山さん、三着が川淵さん!」
「え……嘘……」
私が一着になるなんて。
「結月、おめでとう!」「結月ちゃん、凄いね!」「そうだね!」とみんなから祝福された。
「ごめん。なんか抜かしちゃって……」謎の罪悪感が私の心の中にあった。
「大丈夫だから! そんなの気にしてないし!」「うんうん!」と遥ちゃんと由依ちゃんが明るく言う。
慎二くんが私の方に来た。
「慎二くん、一着おめでとう!」
「ありがとう。結月もおめでとう」
「カップルで一着ってすごいな」
「そうだな」
「あと少しで抜かせそうだったな……」
明くんがへこんでいる。
「ごめん、ごめん」と慎二くんは笑いながら言った。




