鏡の向こう
毎朝顔を洗うたびに、意識せずとも自分の顔を見る羽目になる。最悪の気分で一日が始まる。目が悪けりゃこんな顔も見ないで済むのに。胸の辺りがムカムカするったらない。
私は自分の顔が嫌いだ。ふてぶてしくて、いつも不機嫌そうな目が嫌いだ。私の顔を見て話す人はいつも、何が不満なのだと私に尋ねる。その目つきはなんだと責めてくる。生まれつきの顔に文句を言うなんて、こんな理不尽はない。
私の顔に直接からかいの言葉をかける奴はいないが、どうしたって伝わってくるものだ。侮蔑の目と嘲笑の直前、その視線は私の顔に向いているのだ。
「また〜さん……」
教室の後扉から席へ向かうと、背後ヒソヒソとした声が耳に入る。ああ、なんて煩わしい。
ここ最近は特に、周りの目が気になって仕方ない。そのせいで外に出るとひどく疲れる。
周りの人間を一掃したい。総入れ替えして、やり直せたらどんなに良いか。
夜、ふと目が覚めた。トイレへと足が向かう。部屋へ戻る途中、階段脇にある姿見が目に留まった。
鏡に映る自分は、なんだかいつもより良く見えた。
「この中に入れたらなあ。」
なんて呟いてしまったのは、寝ぼけているせいに違いない。
だから、思わず鏡に触れようとした手が、どこまでも鏡に届かず、前につんのめってしまったのも、寝起きでふらふらしていたせいであって、仕方のないことだったのだ。壁への衝撃を覚悟して目を瞑ってしまったが、やって来たのは柔らかい感触。誰かに受け止められたかのようかな感覚だった。
顔を上げると、そこには女の子の姿が。
「まだ起きてるの? 早く寝なさいねぇ。」
母の声がして、私たちは咄嗟に部屋へ入った。ふと違和感を覚える。
部屋の扉の位置が違う。部屋の間取りも違う。全てが左右対称になっているのだ。
「ねえねえ、あなた誰よ。」
さっき見た女の子は、よく見ると私と同じ顔をしていた。
「私? 私よね。何これ、どう言うこと?」
くるくると変わる表情は、なんだか可愛らしくて、自分の顔だと気づけなかったのだ。きっとここは鏡の中の世界なのだ。だからものは左右対称だし、私と同じ顔をしたこの子は、私とまるで違う性格なんだ。私は自分のアホさ加減に呆れた。鏡の世界に来れたってそこには私がいるんだから、やり直しなんてできっこないのだ。
「ごめんなさい。何かの間違いで。」
引き攣った笑みで誤魔化しながらそうっと部屋から出ると、私は鏡の中に戻ることにした。
彼女が元気なら、私が笑顔になる日も遠くないだろうし。