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黄金のA

「話はそこまで複雑じゃない。

昔、一つの小さな国を無能な王が統治していた。

意味のない政策しかしないし、細かい作業をして大仕事した気になっていた。やたら税を高くして、その搾り取った金はほとんどが城の再建地区に使われた。

国民はずっと我慢してたけど、ある時王が言い出したんだ。

法律で、自分を永久の王にする…と。

不自然なまでに議論はスムーズに進み、やがてこの国が、未来永劫あの無能な王のものになったのさ。

本来だったらあと数年で代替わりするはずだったんだけど、それがナシになって国民は憤怒した。

それで、革命が起きた…って訳さ。結構定番な流れだろう?」

「国王はどうなったの?」

「もちろん処刑されたさ。三日三晩、国の全土は業火に包まれた。

何人の人が死んだだろうね…。少なくとも、この街は死んだ。」

「この街…。」

「この屋上からは本当に眺めがいい。ほらリリー。そのフェンスの隙間から下界を見下ろしてごらん。

ほとんどの建物に、燃やされて黒くなった跡があるだろう?あれは革命によってつけられた負の傷跡だ。」

「本当だ…改めて見ると、この街って結構黒いのね。」

「だからもしかしたら、革命の中で頭でも打ったんじゃない?

マヌケな顔した君ならあり得る話だろう。」

「はぁー?」

ダイヤちゃんがこっちに寄ってくる。

そこでやっと、私の本来の役職を思い出した。

「そういえば、あなたはどうしてこのゲームに参加したの?」

「そんなの君が知る必要はないだろう。とにかく、僕はもう失礼させてもらうよ。

もっと寝たいんだ。」

そう言うと彼は私を置いて、螺旋階段を下りて行った。


朝日がホテルの長い廊下を照らしていた。

窓と窓の間に等間隔で並べられた絵画は、全て世界的名画のコピーである。一応本物もあるらしいのだが、マスターの趣味なんて興味ない。

そんなことを考えながらも壁の絵画を見ていた時だ。人とすれ違った。

この長く寂しい廊下に私以外の人が…ましてや正面から歩いてきていることにすら気付かなかった。

すれ違った人の髪は長く、ノスタルジーな花の匂いが漂ってくる。その後ろ姿を見て、やっと私は思い出した。

「あっ」

思わず声を漏らし、その人は少し振り向く。でもすぐ前を向いて歩き出した。

窓から差し込む光に照らされたカーペットの上を裸足で静かに歩いているその人は、あの笛吹きだった。

照らされる彼の瞳は、相当に透き通っていて綺麗だ。絵画のようなその笛吹きは、やがて廊下の曲がり角を曲がって姿を消した。

昨晩、一時間かけて彼のプレイヤー情報を探した。

彼の名前はアス。彼は正真正銘、カリスの言っていた『笛の音で病気を治す医者』だ。

情報によると演奏する音楽の旋律によって治せる病気が違うんだとか。そしてここに来た理由は、不治の病を治す楽譜を求めてきたらしい。

カサブランカの次は彼を探るか。いや、もう少しカサブランカを深堀する?

いずれにせよ、次の夜明けの晩まではあと二日か三日はある。それまでに、カサブランカを掘れるとこまで掘ればいい。


あっという間に夜が来た。

プレイヤーが皆寝静まったであろう夜三時。

私は黒スーツで中庭に向かっていた。

引き戸を通り抜けた先に広がる中庭は緑で溢れていた。

真ん中に大きな木が立ち、その周りを囲むように円形の椅子がある。

確かこのあたりに盗聴器があるはずだ。

うちのマスターは計画を確実に遂行するタチだから、こうやって職員に渡したい物がある時は回りくどい方法で直接本人に渡す。

ガーデニング用のスコップで地面を掘っていると、結婚指輪を入れるような小さなケースが出てきた。開けると例の盗聴器が入っている。

「よし…」

ケースを閉じ、大事そうに両手で包んで中庭を後にした。

エレベーターは音が鳴るから階段を使って上の階に上る。

そうして三階まで登り切った、次の瞬間。

「ヒェッ!」

廊下の曲がり角で人影とばったり会ってしまった。

思わず尻もちをついて、だらしなく倒れてしまった。

起き上がって人影をジッと見つめる。

あまりに暗い人影だから中々分からなかったけど…逃げない人影を顔をジッと見て、ようやく正体に気付く。

「カサブランカ…?」

こんな時間に廊下でばったり会った人影の正体はカサブランカだった。

「カサブランカ、こんな時間に何してるの…?夜間の部屋移動はルール違反だよ!」

「君だって、そうじゃないか。」

真っ直ぐ言われて心臓が止まりそうになった。

とりあえずお尻をさすりながらその場に楽な姿勢で座り込む。

足元に転がったケースも手元に寄せた。

「こんな時間に何してたんだ。」

初めて会った時と同じ口調で問われる。

私としたことが…。ここで正体がバレるわけには行かない。

滝のように流れ出る冷や汗が、夜の闇に隠されるのだけが幸いだった。

「ダイヤちゃんが逃げ出したから、探しに行ってたんだよ…まだ見つけてないけど。」

ダイヤちゃんは今部屋にいる。

「ほら、私は事情を説明したわ。次はあなたが…」

「じゃぁその手元の直方体はなんだい。」

しまった、見られた!

「直方体…?何の事かしら。」

「僕は暗闇で目が効くんだ。それは…アネモネスのケースか。」

「アネモネス…?」

「僕の父が経営していた香水ブランドさ。結構有名だと思うんだけど…あ、そうか。君は記憶が無いんだった。ふっ。」

鼻で笑うカサブランカ。素直に涙が出そうだった。しかしそれは私だけでなく…彼もだ。

アネモネスの言葉を口にしてから、少し口調が弱くなった?

こんな小さな気付きも、後の大きなヒントになるだろうか。

「箱の中身を見せてごらん、リリー・ダイヤモンド。分かってるのかい?

今この状況で、君は追い詰められているんだぞ。」

足音が一歩近づく。

その時。

「そこにいるのは誰だ!」

振り向くと、そこには懐中電灯を持った巡視員がいた。

「チッ」

カサブランカは光に照らされる前に、自分の顔を隠して暗闇の廊下を走り抜けていった。

「…リリー?何があったんだ?」

巡視員が、私に近づき耳元で囁く。

「お前…顔ヤバいぞ。とりあえず涙と汗拭けよ。」

そう言って巡視員は私にハンカチを渡した。

そうか…私は今、そんなに泣いているのか。顔に触れると、柔らかい涙が指先に絡みつく。

乱暴されていたのか訊かれ、首を横に振る。

懐中電灯に照らされるケースを見た。ケースの蓋には、高級感あふれる黄金の文字で『A』と書かれている。

何を訊かれても私はただ、そこにうずくまって泣くことしかできなかった。

























「アスチルベ…?アスチルベ!」

一人の子供が、下水道の端に眠る肉の塊に駆け寄った。

子供の鳴き声と、悲痛な叫びが下水に波紋を呼ぶ。


この子供の話は、また今度。

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