止まぬ慈雨
二度目の夜明けの晩が訪れた。
招集された人数は、前回と大して変わらない気がする。
きっと私以外の狩人も、様子見で流したのだろう。
ホールの隅っこでジッとしていた私だが、人込みの中にあの笛吹きの少年を見つけた。
一昨日の朝、公園のベンチで笛を吹いていた少年。カリスの話を思い出した。白くて長い髪…。
いや、偶然の一致かもしれない。カリスみたいに笛吹の医者を真似ているだけの可能性もある。
少し歩みを寄せて、笛吹きの肩に手を置く。
「アァーッ!」
「ヮ…。そ、そんな驚かなくても。ごめんね急に。」
こちらを振り向いた少年の目は…ラピスラズリのように、深い青をしていた。
そのタイミングでブザーが鳴る。
「プレイヤーが揃いました。」
それからしばらくい沈黙が続き、例の放送が入る。
「親愛なるプレイヤーの皆さま。これより名前を呼ばれた方は、出口奥の面談室に向かって下さい。
リリー様、面談室一へ。ミモザ様、面談室二へ。カサブランカ様、面談室三へ…」
「呼ばれちゃった。」
笛吹きの少年に手を振って面談室に向かう。ホールを出て、細長い廊下を歩いていた。後ろからついてくる他のプレイヤーの足音が寂しく響く。
…そういえばさっきカサブランカの名前が聞こえたな。
振り向くと、やっぱり彼がいた。寝起きなのかぐったりしている。
歩みを遅めて彼の横を並んで歩くと、彼も私に気付いたようだ。
「あぁ…君か。」
「おはよう、カサブランカ。ほら、朝なんだから元気出しなよ!」
「朝だから元気ないんだよ。」
若干怒りを込めた彼の返答だが、そこには前ほどの警戒心を感じない。
このまま信頼関係を築けたら、もう私のものだ。
「次のゲームでは、組めるといいね。」
伏線を散りばめておこう。
会議室に入ると、前と同様仮面の男(いや…今回は女?)と会った。
「お疲れ様、リリー・ダイヤモンド。」
「あら。今回は女性なのね。お疲れ様。」
席に座り、先に仲間の紙を貰う。
前回の要望通り、紙には『カサブランカ』と強く書かれていた。
「希望の役職カードはある?」
「今回も捕食者でお願い。」
束の中から捕食者のカードを引き抜き、私に渡された。
「リリー。今回の『仲間』との合流場所はホテル屋上ね。」
紙とカードを貰い会議室から出ようとすると、仮面の女に呼び止められた。
「この前マスターが、偵察員全員に小型盗聴器を配布するって言ってたの。」
「あら。」
「リリー用の盗聴器は、ホテルの中庭にあるミカンの木の下に植えてあるから。
適当なタイミングで掘り返して回収して頂戴。」
厚いコンクリートの階段を上り、屋上に着いた頃には汗だくだった。でも露出が多い服だからか、風に当たった瞬間暑さが寒さに変わる。
まだカサブランカは来ていない…と思いきや、頭上から声が響いた。
「遅いじゃないか、リリー・ダイヤモンド。」
振り向くと、ハト小屋(屋上によくある箱型の設備)に腰かけるカサブランカがいた。
「一体いつから!?」
「ふん?十分前にはここにいたよ。まぁ君はそこのフェンスにでも もたれかかるといい。」
よろよろと屋上フェンスに近づき、言われた通りフェンスにもたれかかる。
ここから落ちたら派手に死ぬだろうな。
「君の役職は?」
「狩人。あなたは?カサブランカ。」
「僕も狩人だ。でも、誰かを狩るつもりはない。」
意外と喋るな…。きっと気分がいいのだろう。
そんなことを考えていると、背中に隠れていたダイヤちゃんが表に飛び出してきた。
拾い屋上で、あちこち跳ねまわっている。
「あのちっこいのは?」
「ダイヤちゃん。私の相棒なの。」
ジッとダイヤちゃんを見つめる彼の目には…光がなかった。
「実は私ね、記憶がないの?」
「記憶喪失的な?」
「そう。一番古い記憶は、森の深くにある花畑で目を覚ました時。
その時顔を覗いてきたのがダイヤちゃん。」
「…じゃぁ、君は『革命』を知らないのか…。」
彼にとっては呟いた程度なのだろうが、耳を澄ませていた私にはよく聞こえた。
そして思わず聞き返す。
「な、なんて?」
「『常識革命』さ。」
きっと私が記憶を失う前の出来事なのだろう。
詳しく、知りたかった。
「常識革命…であってる?それは何なの?」
「この国で昔起きた革命さ。知らない君に説明してやろう。」
そうして彼は、『常識革命』の歴史を語り出した。