鐘と笛
一応捕食者のカードが手元にあるが、私は梟を狩らない。ルール上狩らなくてもいいし、どちらにせよ別の捕食者が勝手に梟を殺すだろう。
そんなことより私の目的はプレイヤーの情報をかき集めることである。
『カリス・カンパネラ』。
昨晩あの少女の経歴を確認してみたけれど、人生のほとんどが入院期間だった。
香水会社の部長の父。家政婦の母。病弱なお嬢様。
彼女の父は社会的にもそれなりに成功している人だった。
だからこそ、当たり前化した幸福が崩れ去った時失うものが大きかったのだろう。
詳しいことは書かれていないが、経歴書には『カリスの父は職場で不祥事を起こした。そして家庭には修復不可能な亀裂が走った』と書かれている。
修復不可能な亀裂…。
その後両親は離婚。裁判の末カリスの親権は母親が勝ち取ったらしい。
当時カリスは九歳。質素でも幸せな母子家庭を築けそうだったが、金銭的な理由で一年後母親が他界。一方父もこの世を去っていたらしく、取り残されたカリスは孤児院に送られるもその先で精神疾患を発症。
わずか三か月で孤児精神病院送りにされている。
そんな経歴書の束の最後の一枚に、少し謎が残った。
ゲームの参加理由が「人探し」だったからだ。
割と悲惨な経歴書だったからか、朝になっても目の奥がヒリヒリした。
目頭を押さえながら片手でカーテンを広げる。
一瞬で部屋に充満する太陽の温もりが私を快眠へと誘った。
…あぁ、ダメダメ。これから報告書を提出しに行かなくちゃ。
その後は朝食時にカリスと合流して…。
詰まったスケジュールを考えていると、外からくぐもった音がした。
非常事態だろうか。
試しに窓を開けると、その音は一気に透明度を増した。
ホテルの下の公園で一人の少年が笛を吹いていた。
…少年?遠目からじゃ分からない。もじゃもじゃの、獣みたいな髪が目立つ。
ベンチに腰掛けて、呑気に横笛を吹いていた。
「おはよー」
私の分の給食も先に取っておいてくれたらしい。カリスの座るテーブルにはお盆が二つ置かれていた。
「おはよう。」
笑顔で返して、正面に座る。さりげなく食堂の隅っこを見てみたが、相変わらず隅の席を独占する様にカサブランカが座っている。
「今日さ、リリーと一緒に行きたい所があるの。」
「行きたい所?」
「うん。」
熱々のミルクを冷やす合間に彼女は言う。
「北の方にある病院。元々私が入院してた病院なんだけど、そこにリリーを紹介したいんだ。」
結構…ってお断り出来たらいいんだけど、これも仕事だ。
「本当!?一緒に行こう!」
淡々と話が進んでいく。病院…。きっと彼女が孤児院の後に送られた孤児精神病院だろう。
そこに招待することに意味があるとは思わないけど、彼女がそうしたいなら私は従うだけだ。
この食事中。ずっとどこかから視線を感じていた。
後ろから?横から?少なくとも、カリス以外からの執拗な視線を感じるのだ。
「お手洗いに行ってくる」と言って席を立つ。
この時さりげなく周囲を三百六十度見渡したが、誰とも一切目が合わなかった。
気のせいだろうか。いいや、そんなことはない。確実に視線を感じる。
それも、ただ「可愛いあの子を見る視線」ではなく「獲物を狩る強者の視線」だ。
なぜここまで正確に感じ取れるかは分からない。
しかし誰かに私の存在が怪しまれているのなら、それは一大事だ。
プレイヤーに偽装している以上、デスゲームの運営から派遣された偵察員…もっと言えばスパイだということに気付かれてはいけない。
最後の勝者が出るまで私は粘らねばならんのだ。
もしこの段階で私を睨んでいる人がいるのなら…私は「捕食者」のカードを掲げて、そいつを先に潰さねばならないだろう。