朝が来た
カーテンの隙間から差し込む細長い陽光が私の頬をなぞった。
朦朧とする意識の中ダイヤちゃんが顔面に飛び乗ってきて眠気が吹っ飛ぶ。
ようやく『朝』が来たことを認知した。
ホテルではフロアごとに朝食時間が違う。
二から四階の人は六時から七時、五階から八階の人は七時から八時だ。三階に部屋がある私はなんて早起きしないといけないんでしょう!
経費削減のために階段の方を使って一階フロアまで降りていく。
六時二十分。
初日という事もあってか、丁寧に早起きしたプレイヤーで食堂が溢れている。
今食事を終えて部屋に戻る者さえいた。
給食係の待機するカウンターに向かい、献立通りの給食を貰う。
お盆を持ってうろついていると…
「あっ」
食堂の隅で一人寂しく食事をしている彼を見つけた。
学生帽の、不愛想な少年。
丁度正面の席が空いているし、合席でも問題ないだろう。
会釈だけして少年の前に座った。
彼は少し驚いたような仕草をしたが、すぐ周りを見渡して他に席がないことを確認し納得したように私を睨みつけた。
私のスープからは湯気が出ているけど、彼のスープからは湯気が出ていない。
であるにも関わらず、見るところ一口も手を付けていなかった。
「食べないの?」
訊くと、彼は少し黙った後お盆ごとこちらに寄せた。
「食べない。よければ僕の分も食べて構わないよ。」
毒を警戒しているのだろうか?
でも残念ながらこの給食に毒はないよ。
それを伝えられないのが、もどかしかった。
「私の名前はリリー・ダイヤモンド。あなたは?」
適当に雑談でもしよう。
しかし彼はまた私を睨みつけた。
「…分かってるのか?これからデスゲームが開かれるんだぞ?
無意味に馴れ馴れしく会話するつもりはない。」
「名前くらいいいでしょう?第一、友好関係を築くのも勝ち残る秘訣だと思うな。」
そう言うと、少し考えて納得したらしい。
声のトーンを変えず、光を失った瞳をこちらに向けて彼は呟いた。
「僕はカサブランカ。こんな見た目だけど、学生じゃないよ。」
「え?成人してる…ってこと?」
「もう成人してる。背丈が小さいからよく勘違いされるんだ。
郵便会社で働いてる。」
『カサブランカ』…『成人』…『郵便会社』。
机の下でプレイヤーの情報をメモする。
カサブランカは優雅に足を組み、見下すようにこちらを見ている。
よく観察した結果の推測だが、身分階級は高そうだ。
帽子の羽も、貴族の冠についてそうなやつ。
その態度、口調、衣装。完全に『人生に勝ち続けてきた者』のそれである。
ならばきっとゲームに参加した目的は『金』ではないだろう。
このゲームに参加する理由は人によって異なる。
賞金目当てだったり、復讐目当てだったり、情報目当てだったり。
運営はある『共通点』を持つ人全員に招待状を送っているらしいが、
その共通点が何かは私に分からない。あくまで私は偵察員。必要最低限の情報しか知らない。
だから、運営側である私ですら『このデスゲームの目的』を知らないのだ。
答えはゲームマスターだけが握っている。
「今日の夜明けの晩、君はどのカードが来たら嬉しい?」
唐突な質問に、思わず訊き返してしまった。
優しいことに、彼は舌打ちした後に律儀に復唱する。
どのカードが来たら嬉しいか…。
運営側である私にとって『捕食者』はアタリ枠だ。
なぜって、狩る側なのだから狩られる心配をしなくて済む。
人は常に優勢でありたがる生き物だ。
追いつめられる以外道がない『梟』は精神的苦痛が大きいだろう。
「捕食者かな。」
淡々と答えると、少し彼の口元に笑みが見えた。
「奇遇だね。僕も捕食者がいい。逃げっぱなしの梟は嫌だからね。
楽団に関しても、殺害される可能性があるのは間違いない。」
私と全く同意見だ。コイツはゲームをよく理解している。あらゆる盤面も有利に進めることができるだろう。
そういう意味では、とても興味深い観察対象だ。
カサブランカは壁の時計を見るなり、私に向かって言う。
「もう数分で七時だ。上の階の奴らも来るだろうし、僕は先に失礼するよ。」
そう言うと彼は、一切手の付けられていないお盆を机に残して人込みの中に姿を消した。