「奇跡の子」
これから先の話は、主人公が『リリー』から『カサブランカ』に移ります。
月が空に昇る頃。
僕達はゲームの脱出計画を開始した。
「はい、これ。頼まれてたやつ。」
アスは僕の手を握り、開くとそこには懐かしい簡易式の銃があった。
ジップロックに入れられた爆薬とピンポン玉数発。うん。これだけあれば十分だろう。
「じゃあ二人とも、頑張ってね。僕はそこのゴミ箱の中に隠れてるから。」
「了解。じゃぁ…行ってくるね。」
リリーがアスにハグをする。そしてすぐ僕に向き直り、真剣な眼差しで呟いた。
「行こう。カサブランカ。」
原子力発電所入口。
物陰に隠れて僕は周囲を見渡していた。
「リリー。そのランプ貸して。」
「これ?はい。」
渡されたランプを掲げる。
すると発電所内の数か所が白く光った。
「…ッ」
その白く光ったところを素早く銃で撃つ。
直後、金属の弾ける音が何発も響いた。
「なんて正確!どうして防犯カメラの場所が分かるの?」
「カメラのレンズは光を反射する。光を掲げた時に白く光ったら、そこに防犯カメラがある合図になる。」
さぁ…一旦このフロアのカメラは全部壊したかな?
「リリー。情報管理室はどこにある?」
「ついてきて。」
しゃがんだ体勢のままリリーは僕の腕を引っ張った。
タンクの後ろを回り込んで、耐久性が不安な階段を上る。
階段を上る途中また防犯カメラを見つけたが、そこも無事撃ち抜いた。
二階フロアを進んだ先に一つの頑丈そうな扉があった。
「ちょっと待ってね…鍵…鍵…これだ!」
鍵穴にそれを刺して回転させると、カチッと音がした。
ドアノブに手をかけて押すと…
「ここが情報管理室か。結構散らかってるんだな。」
管理室内のカメラを壊した後に、痛めた腰をさすりながら立ち上がった。
「さて。鍵を探そう。」
「多分壁のどこかに掛かってるはず。一緒に探そ?」
リリーは部屋の左半分を、僕は右半分を探すことになった。
磁石で壁に貼られてる資料を一枚一枚剝ぎながら探した。
正直こんなの終わりがない作業だけど…ん?
僕はテーブルに置いてある二枚の資料を手に取った。
片方はゲーム参加者の情報。そしてもう一枚は…
「あった、あった!これ鍵だよ。思いの外早く見つかってよかった!
…ん?カサブランカ、その手に持ってるのは何?」
しまった見られた!
咄嗟に片方の資料を隠したが、それはバレていないようだった。
手に持っているゲーム参加者の情報資料を渡す。
「これは…プレイヤーの情報だね。カサブランカもいるじゃん。」
差された先には僕の顔写真が印刷されていた。…が、見ればみるほど知り合いの顔が多く記されていた。
カサブランカ、アス、カリス、サルビア。
そして資料の一番上には…
「え?私?」
リリーの顔写真が印刷されていた。
写真の下に
『リリー・ダイヤモンド
評価:___
・運営の偵察員
・ウサギが相棒(ダイヤちゃん)』
と手書きで書かれている。
「…ねぇカサブランカ。この資料、書き方に悪意ない?」
「え?」
彼女は笑って資料の『リリー・ダイヤモンド』を指さした。でもそれは必死の作り笑顔なのもお見通しだ。
「まるで私が実験の被験者みたいな書き方じゃない?」
「…まぁ…そうだね。」
「私はこのゲームの運営陣よ?なのに、こんな書き方…」
「…鍵は手に入った。もう行こう。アスが待ってる。」
資料を元あった場所に戻し、後ろからリリーの背中を押した。
その間、さっき手に取ったもう一枚の方の資料をポケットに突っ込む。
段々とこの実験の全貌が掴めてきた。
階段をゆっくり降りる。
「そういえばさっき外で大きな音がしなかった?エンジン音みたいなさ。」
「そうかい?気付かなかったな。」
階段を降りきって、タンクの後ろを歩く。
二つの足音がコツコツなるのが気持ちよかった。
原子力発電所の出入り口に差し掛かったタイミングで、僕らは同時に違和感を感じた。
少し歩みを進めて外を見渡すが…やはりそうだ。
「ねぇ、アスってゴミ箱の中に隠れてたよね?」
「…ああ。」
「どこ?ゴミ箱。」
ランプで歩道を照らすが、やはりどこにもゴミ箱がなかった。つい数十分前にはあったはずのゴミ箱が、完全に姿を消している。
「アスー。アスー。」
あまり大声は出せないから、声量を抑えて呼びかけたが…返ってくるのは不気味な沈黙。
「ねぇカサブランカ!アスが…消えちゃった。」
「…変な臭いしない?こう、腐敗臭みたいな。」
二人して黙り、嗅覚に全神経を集中させた。
彼女も臭いに気付いたらしい。
待てよ…考えろ。アスはどこに行った?
ゴミ箱。
エンジン音。
腐敗臭。
「…まさか。」
リリーも同じ結論に至ったのか、こんな暗闇の中でも顔が真っ青になっているのが分かった。
「リリー。君が所属している運営の清掃員は夜も働いているのかい?」
「うん。交代制で、基本的にずっと清掃員は働いてる。」
「ごみ収集車に連れていかれた…可能性もあるってことだよな?」
「…」
その場に足から崩れるリリー。地面をランプで照らすと、そこには薄く泥の轍ができていた。
疑いは確信に変わっていく。
「カサブランカ!ごみ処理場に行こうよ!きっと…」
「ダメだリリー。」
悔しさでこぶしを握り締める。
「なんで?なんでなの!?」
「この国のゴミ収集車は回転板式ゴミ収集車って言って、車内でゴミを圧縮するタイプなんだ。」
「…そんな…」
とうとう泣き出したリリーの背中をさする。
また一人、あっけなく仲間が消えた。あまりにもあっけなさすぎる。
まだ納得できない自分と、現実に向き合わねばならない自分で葛藤していた。
「…僕らは、行こう。彼の意志を無駄にはしない。」
肩を貸して、立ち上がったリリーをおんぶした。
あまりにも軽すぎるリリーを担いで僕は街の北を目指して歩いた。
そう。あまりにもリリーは軽いのだ。
「シオンちゃん!今日も手術頑張ったね!」
窓辺で外を見ていると、看護師が私の隣に座った。
「今日は何の日か分かる?」
「…何の日だっけ。」
そう呟くと、病室の電気がいきなり消えた。
停電?と思ったが、その後すぐ病室の扉が開いて愉快な歌が聞こえてきた。
「ハッピーバースデイ!シオン!」
病院用の二段台車の上の段には蝋燭で飾られたイチゴケーキが乗っていた。
それは私の目の前で止まる。
「お誕生日おめでとう!シオンちゃん!」
「…ふふ、ありがとう。嬉しいわ。」
蝋燭の火に息を吹きかける。奇跡的に一発で全部消えた。
直後もの凄い拍手が轟き、病室の電気もつけられる。
「…どうしてこんなに盛大なの?」
「それはね、今日がシオンちゃんの退院記念にもなるからだよ。」
いきなり言われた衝撃の言葉を脳内で処理できなかった。
私が退院?今日?
「私、退院できるの?」
「実は一週間前にね、スピネル大学の研究チームがシオンちゃんの病気の特効薬の開発に成功したの。
それをコッソリこの一週間シオンちゃんに点滴し続けてたんだけど…もうシオンちゃんの体に悪い所がなくなったの。」
「…そう…だったんだ。」
私、退院できるんだ。でも行く先は孤児院かな。
「お兄ちゃんはまだ帰ってこないの?」
看護師に訊くと、彼女は少し申し訳なさそうな顔をした。
「アスお兄ちゃんはね、まだ見つかってないの。世界的な有名人だからあちこちのメディアが捜索を呼び掛けてるけど、まだ報告が挙がってない。」
「…お兄ちゃん。」
窓の外を見つめる。
夜の闇には何も映らなかった。
「シオンちゃん。あなたの病気は今まで不治の病って言われてた。でもそれの薬が出て、実際にこうやって完治したでしょう?それって『奇跡』だと思わない?」
「…うん。」
火の消えた蝋燭の煙たい匂いが鼻の奥を突く。
看護師が私の背中をさすってくれた。
「アスお兄ちゃんは、きっとずっとシオンちゃんの心の中にいる。
お兄ちゃんが持ってる『奇跡』の力が、この薬の件を始めとし、シオンちゃんの後の人生を明るく照らすわ。」
直後。
生の日の出を初めて見た。
暗かった街に一気に光が駆け抜ける。
蒼く滲む空。外からは、老人たちの演奏会が聴こえた。




