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「あああぁぁぁああぁあぁぁぁァア!」
悶絶するその声はホテルの一階フロアにまで響いていた。
「昨日寝れた?」
「いいや、全く。」
朝の食堂。お盆を持ったアスがカサブランカの向かいの席に座るのが見えた。
私も飲み物だけ持ってアスの隣に座りに行く。
「…あ、リリーじゃないか。」
「え?あ!リリー!」
アスが満面の笑みを浮かべて私の肩を掴んできた。カサブランカも、少し微笑んでコーヒーに口をつける。
「体調はどう?ゆっくり休めた?」
「うん。なんとかね。」
アスがミモザを始末すると手紙を送られて、嫌でも外の世界に出なくてはならなくなったのだ。
一応この偵察員は仕事。自分の都合で職務を放棄してはならない。
「ねぇ、アス。」
「ん?」
「計画はカサブランカに話したの?」
「…まだ。僕一人でなんとかする予定。」
「僕に隠れて楽しい事でも計画してるのかい?サプライズを受けるような出来事はないはずだけど…。」
カサブランカがそう呟くと、その直後またあの悲鳴が聞こえてきた。
「サルビアすごいね。一晩中あんなんだよ。」
あの声はミモザだったのか。夜中、ずっと外で鳥がうるさいと思っていたけど…人の声だと知ると、急にホラー味が増す。
私はアスに耳打ちした。
「アス。この食事が終わった後でいいからさ、ホテルの中庭に来てよ。」
昼過ぎに夜明けの晩が行われ、今解散したばっかりだ。『仲間』は知らない小説家になった。
さて…約束では、これからアスと中庭でサルビア抹殺計画について話し合う。
目の前で堂々とメモはとれないから、録音機を体の中に入れて話をすることにした。録音機の電源をつけ、ポケットにしまう。
そして中庭に姿を現すと、ミカンの木の下に立ち尽くすアスがいた。
「あっ、ごめんね待たせちゃった。」
「いいや全然待ってないよ。何の用かな?…って、訊くまでもないよね。」
サルビア抹殺計画についてだ。先に言うと私は何でも手伝うつもり…だったが、アスから放たれた言葉は意外なものだった。
「この計画は僕一人で進める。」
「一人でサルビアを殺そうって事?彼女ですら殺人する時他者に協力を募ってるのに。」
「それはそうだ。正直僕も、一人で計画を進めるとは言うけど、今考えてる計画でサルビアを直接殺すのは僕じゃない。」
「どういう事?」
「デスゲームの運営を利用する。」
心臓を突かれたような気になった。
デスゲームの運営を利用してサルビアを殺す?それは間接的に私が利用されるようなものだ。
「どうやって…やるの?」
「このゲーム初日を覚えてる?ゲームルールの解説があった日。」
「ええ覚えてるわ。それがどうしたの?」
「最後の質問受けの時。カサブランカが挙手して質問してたの覚えてる?」
「…そうだったっけ。」
「彼は『ルール違反したプレイヤーに課せられるペナルティとは何か』を質問していたんだ。思い出したかな?じゃぁ、運営の回答は覚えてる?」
「…『運営による射殺の刑』?」
「そう。」
まさか。ミモザを意図的にルール違反させ、運営に射殺させるのがアスの計画か?
ミモザの数々の復讐計画を見てきたが、アスのこのやり方が、ある意味このゲームにおける殺人方法の模範解答だった。
ペナルティを利用した殺人は私にも思いつかない。確かに一番楽で一番確実な殺人だ。
「どうやってルール違反させるの?」
「狩人が人を殺す時。その対象が『楽団』かつ狩人がそれを認知していたら、その殺人はルール違反になる。」
今必死にゲームルールを思い出している。そうだ。そんなルールがあったな。
正直このゲームで『楽団』という役職に注目したことはなかった。頭の中では、基本『狩人』か『梟』か。他のプレイヤーも似た認知だっただろう。
「サルビアはずっと『狩人』だ。意図的に『楽団』の人を殺させる。」
「ルール違反だと知っていながら楽団を殺すわけないわ。」
「復讐に目が眩んだ彼女に、そんな理性が働くと思う?」
核心を突いたようなアスの瞳に硬直する。
「…どうやってサルビアに『楽団』を殺させるの?」
「今期のゲームでカサブランカは梟なんだ。そして仲間である僕は楽団になった。」
「…自分を殺させるって事?」
「あながち間違っては無いんだけど、僕は死なない。身代わりを準備する。」
話がややこしくなってきた。
「結構前、僕と少し仲良くなった画家がいるって言っただろう?その人に僕の変装をさせる。その人をサルビアに殺させるんだ。」
身代わりの人が不憫すぎて笑いそうになった。…いや中々笑えるものでもない。
「事前にサルビアに『僕を殺さないとカサブランカは殺せないよ。僕が彼を守るんだ』って挑発メールを送る。
本物の僕は物陰に隠れて、僕に変装した画家の人が殺されるのを待つ。
無事殺されたらサルビアはルール違反で罰せられるし…いい方法だと思わない?」
正直非人道的なやり方ではあるが、いざと言う時はこうやって他者を踏み台にできる人間がデスゲームで最後まで生き残るのだ。
「仮に殺されなかったら?」
「同じ手段を乱用するだけだ。いつかしびれを切らして殺しに来る。」
「仮にその画家の人が殺されたとして、アスの変装をしてるなら運営は『アスが死んだ』ものとして処理すると思うの。
それ以降アス自身はゲーム関係者の前に姿は現せないし、ずっと隠れ続けなきゃいけないけど…いいの?」
「構わない。それに…実は、僕が欲しがってた楽譜ね、見つかったんだ。」
「え!?」
アスは手元から丁寧に四つ折りされた紙を取り出した。
そこには完全な楽譜が綴られている。
「目的は果たした。だから僕は、計画が成功したら死を偽装してゲームから逃げる。」
「ゲームから…逃げる?」
「そう。刑務所で例えると脱獄だよ。楽譜を持って、この街から抜け出して妹のいる病院に戻る。
一応真実だけリリーに伝えておくよ。もしこの計画が成功したらカサブランカに真実を話してもらって構わない。でも…それまでは、二人だけの秘密にしてね。」
アスはそう言って私の手を掴んだ。その瞳には相応の覚悟が燃えている。
「…うん。分かった。絶対に成功させてね。」
この『成功』はサルビア抹殺計画というよりも、その先にあるアス兄妹の幸福に向けて言ったものだった。




