ダイヤモンドのような記憶
「えっと…リリーって元々ここの患者だったんだ?」
「いや、私も今初めて知った…。ほら私って過去の記憶がないじゃない?だからもしかしたら、記憶がない期間ここに入院してた…ってこと?」
名前だけなら確信は持てないが、一緒に添付されている顔写真が完全に私なのだ。
「え?じゃぁリリーは元々ここに入院してて、何らかで記憶を失って今があるってことかな?」
そんな馬鹿な。病名!病名は…
「燕子病」
「私と同じじゃん。入院時期も二日しか違わないじゃん!」
…孤児精神病院。私は記憶の空白期間、ここの患者だった。
その事実さえ飲み込むのに時間がかかったが、無理矢理飲み込んだ。
「病室は…最上階の階段横!」
「行こう!」
私がいた病室へ。もしかすると記憶の断片を得られるかもしれない。
階段の途中で何度か躓いたが、なんとか最上階に行きついた。
「ここだ!」
病室のドアをガラガラと開ける。
医療器具の配置やベッドの数は他の病室と何も感じない。
窓が、開いていた。
背後でカリスが冊子と睨めっこしている。
「ベッドは…窓際左側、あれ!」
そう言って指されたのは病室の隅にある普通の白いベッド。
「ここが…私のいたベッド…。」
歩み寄ったのも束の間、床頭台に薬瓶が二つ置かれていた。その下には置手紙がある。
「なんだろう…。」
ベッドに座って、置手紙を見た。
『ごめんね ママより』
「ゎ…」
紙には涙が滲んだ跡がある。シワまみれなことから、当時私がこの手紙を何度も手に取って読んでいたことが分かった。読む…といっても、内容はたった四文字なのだが。
「…過去、思い出した?」
隣に座って背中をさすってくれるカリスだったが、何も思い出せなかった。
「実はね、私、自分自身をナハツェーラだと疑ってたの。」
「え?ナハツェーラって…革命のリーダーのことだよね…。」
「そう。でも…記憶がない期間、ここに入院してたって考えると、もしかしたら自分がナハツェーラじゃないかもって思えてきたわ。」
「入院しながらでも革命の指揮はとれるでしょう?」
いきなり鋭い声が飛んできて、なにごとかと顔を上げると、全身から血の気が引いた。
病室の入り口に、ミモザが立っていた。こちらをジッと見つめて…いや、睨んでいる。
「あの人はリリーの知り合い?」
「ちが、」
「私はサルビア。リリーの『お友達』よ。」
それを聞いてカリスが立ち上がった。
「本当!?私はカリス。私もリリーのお友達なの、もしよかったら今度…」
「ごめんねカリス。今はリリーに話があって来たの。お茶ならまた今度ね。」
そう言って彼女は私に近づく。途端に途切れ途切れ視界が真っ暗になった。
「リリー!?」
「…」
フラッシュをたかれた様に視界が白黒に点滅する。
見える私の足やカリスの手が消えては現れてを繰り返し…いつの間にか意識を失った。
「知ってる?子供ってピンチになると、炎の中に亡き人が見えるんだって!」
当時そんな都市伝説が子供たちの間で流行った。
病室の隅っこで空を眺める私に医者は言う。
「リリーちゃんは、ああいう都市伝説気にならないの?」
それは、同年代の子供達と全く話さない私を心配したから訊かれたのだろう。
しかし私はそっと呟く。
「科学的コンキョがないじゃない。」
「科学が全てじゃないわ。先生が子供の頃なんて、小難しいこと考えずオカルト話ばっかりしてたよ。」
「セーサンセーがない。」
きっと私は数々の医者に嫌われていただろう。他の子たちと比べ大人びた私の扱い方を知っている人は母だけだったからだ。
しかしそんな母がいないこの世界は私にとって楽しくもなんともない。
この無彩色な病室の隅で、下の世界を見下ろすだけの日々だった。
「…あ!リリーちゃん、また絵描いたんだね。」
「うん。今回はハイタツイン。」
床頭台の隅には私の描いた絵が束になって置かれている。
毎日絵を描いては、上に上にと重ねていった。
これらの作品タイトルは『なりたい自分』というものだった。
「リリーちゃんは本当に絵が上手だね。こんなにいっぱい『なりたいもの』があって、先生はとても素敵だと思うよ。」
二十枚をクリップで留めた絵の束が五つ。何気にもう百枚か。
昔、よく母と将来について語り合っていた。
「ダイヤちゃんは何にでもなれるね。」
それは母の口癖みたいなもので、庭の花畑に寝っ転がっては夜空の星を紡いでいた三歳の記憶。
でも…
「今度、先生と一緒にお墓参りしましょうね。」
そう言って医者は私の背中をさする。空の青さが、目の奥に沁みた。
「…?」
目を覚ますと夜中の自室だった。カリスが同じ毛布の中で寝言を呟いている。
「んん…ん、ふふふ…」
きっといい夢でも見ているのだろう。
私を看病している途中で疲れて、どうしようかと悩んだものの私とベッドを共有すればいいという結論に至って今がある…と推測する。
「ふぅ…」
天井を見る。夜の闇に覆われて真っ黒だった。お気持ち程度に青みがかっている。
カーテンを閉めていないからか部屋が月明りでそこそこ明るかった。ぼんやりとしていると、ダイヤちゃんがベッドに這い上がってくる?
「ん?」
ダイヤちゃんは口に一枚の紙をくわえていた。受け取って開くと、医療員発行の診断書だった。
ぱーっと目を通してみる。枕の横にダイヤちゃんがやって来たから、背中を撫でながら一緒に読んだ。
「あー…なるほど…。」
体調が完全に回復していなかったにも関わらず病院までの長距離を歩いたから、その分溜まった疲労があの場面で一気に襲ってきたらしい。それで気絶…か。
相当疲れてたんだな。当分は安静にしておいた方がいいだろう。
首を傾けて横のカリスを見る。
カリスの寝顔をこんな間近で見ることって滅多にないから新鮮な気持ちだった。
「私…どうなっちゃうんだろう…。」
また天井を見る。私の将来への不安を表しているように真っ暗。
でも…そんな不安も、寝ちゃえば一時的には解消されるだろう。
自分に言い聞かせるように何度か胸をさすり回し、ダイヤちゃんの匂いを鼻いっぱいに吸って眠った。




