燕の子
あれから夜明けの晩が来て、私の看病係はカリスになった。私はリハビリを続けた結果なんとか歩けるようになった。
「回復してるのが目に見えて分かるわ。よかったねリリー。」
そういって彼女は私に肩を貸していた。
今からカリスとあの病院の『探検』に行く。それは子供が学校付近の森を冒険するのと同じニュアンスだ。
孤児精神病院。それは孤児院と精神病院を同時経営する施設だ。
今は常識革命の影響で建物が壊死しているが、他の建物に比べたらまだ原型を保っていた。
病院内は相変わらずで、無音が飽和している状態だった。
歩くたびにコツォン、コツォンと反響するものの…ここ最近こういう広い空間で音を鳴らすことに抵抗感が出てきた。それは薄暗いハイエナの縄張りの中で叫んでいるような気分だからだ。
今サルビアに命を狙われている。最大限の注意を払わないといけない。
「リリー、私の病室覚えてる?二階の突き当り。あそこ行こ。」
壊れたエレベーターを尻目に、階段を上った。
点滅する蛍光灯の断末魔がずっと頭にこびりついていた。
二階の、奥。
病室のドアを開けると前と同じ光景が広がっていた。
「はぁ…やっぱりここに来ると安心するなぁ!」
そう言ってカリスは両手を広げて部屋の突き当りのカーテンをブァァっと開けた。
窓を開けると風が入り込んでくる。ただただ涼しいという感想しか出てこない。
「リリー見て見て。」
そう言って彼女は窓際に置かれていた分厚い冊子を手に取った。
歩み寄って、二人してベッドに座り込む。
「それは何?」
「ここの病院の患者資料。入院してた患者のデータがね全部詰まってるんだよ。」
「へぇ…」
「だからここから私の名前探そうよ。こんな分厚さだから、二人がかりじゃないと見つからないの。あの担当医が、私のことどう評価してたのか気になって仕方ないの!」
興奮気味にカリスは冊子を開く。
「何順に並んでるの?」
「入院順。多分私は真ん中よりちょっと前くらいだと思う。」
そう言いながらページがパラパラと捲られては戻されてを繰り返し、ようやく一つのページに定まった。
「あ!これじゃない?」
「え?どこどこ?」
指さした先には、『カリス・カンパネラ』と言う文字が書かれていた。
顔写真は黒髪の少女なのだが、きっと髪を染める前のカリスだろう。
「ヮ、本当だ。どんなこと書いて…」
そう冊子を覗いた途端、病名の記述に視線が吸われた。
「燕子病…?」
「ん?あぁ、これ私の病名。」
「どんな病気なの?」
「五感が鈍って、幻覚が見えるようになるの。精神病の一種。」
「ふぅん…。」
資料をパーっと見ていたが、見る限りこの燕子病というのは明確な治療法が見つかっていないらしい。
ところどころ見られるカタカナ語の『エンシ』は、きっと燕子病の患者を指す隠語みたいなものだろう。
カリスの入院時の資料を読み終えたが、ほとんど収穫はなかった。
親の離婚、担当医の失踪。新しく知った事といえば燕子病くらいだろう。
「他にはどんな子がいるのかな?」
好奇心でそんなことを言ってみた。
「多分似た症状の子ばっかりだよ~。」
そんなことを言いながらページをめくった直後。
「!?」
それはいきなりすぎた。私もカリスも、後ろに倒れ込むほどの衝撃だった。
「え!?え!?」
声の限り叫ぶカリス。私も言葉が出なかった。物陰からダイヤちゃんが私を見つめている。
「な、なんで…」
カリスの次のページ…。
そこに載っていた患者の名前は『リリー・ダイヤモンド』だった。




