ナハツェーラ
「ごめんねリリー。今回の相方は少々面倒な人だ。」
仮面人間が申し訳なさそうに囁きながらカードと紙を私に差し出す。紙に書かれた名前はサルビア。
「サルビア…。」
「この前一般住宅で貴婦人が殺害されただろう?あの犯人だ。」
『私はお前を見つけて殺してやる。次はお前だ!』の人か。
今回の夜明けの晩からは紙に顔写真も印刷されるようになったのだが、そこには清楚な黒髪ショートの女性が写っている。
でもその顔は、あの事件の直前に見た泥酔人間と一致していた。
やはり彼女が犯人だったのか。
「先に伝えておくと、この人も『狩人』だ。というのも我々は彼女の事情を踏まえて、彼女に『狩人』の身分を与え続けねばならないのだよ。」
「…なぜ?」
「それは偵察員のあなたが探してごらん。きっとすぐ分かるから。」
集合場所はホテル一階のエントランスホール。しかし何時になっても彼女は来なかった。
もしかすると朝っぱらからお酒を飲んで泥酔しているのかもしれない。
「あっ…」
短針が午後五時を示そうとしている頃、アスがエントランスに顔を出す。
「何してるの?」
「相方の人を待ってるんだけど…全然来なくて。」
「そっかぁ…心配だねぇ。」
「アスは?仲間は誰になったの?」
「名前は長くて覚えてないけど画家さんだよ。絵画と音…。芸術家として息が合ってね。これから彼の自室に向かうところだよ。
まぁそんなわけだから、また今度。」
「えぇ、また今度。」
階段の闇に溶けていったアスの背中を見届けて、その流れで時計に視線を移した。
もう五時五分。予定時間から四時間五分も遅れている。
…遅刻してる相手が悪いんだし、私はもう帰ろうかな。よし、そうしよう!
読んでいた新聞を丸めてカウンターに戻す。
アスの後を追う様にゆっくりと階段を上って行った。
カーテンを開けると部屋が陽の香りで満たされた。
思い切り鼻で息を吸って、全身で吐き出す。体中に陽エネルギーが駆け巡るのが肌で分かった。
窓に背を向けベッドに腰かける。
手元には書類の束があった。
これは今までサルビアとペアを組んだ他の偵察員の報告書である。
報告書
【サルビア(ミモザ)】
要求するもの:復讐(対象 ナハツェーラ)
〇結合双生児
→胴体は一つ、頭が二つ
・姉妹
・左の頭がミモザ
・右の頭がサルビア
〇常識革命
→家族(詳細不明)死亡
→サルビアが火傷による危篤状態
〇手術
・十二歳の時に手術
→手術内容:死んだサルビアの頭部を切断
〇残されたミモザ
→アルコール依存
→「サルビア」を名乗って生きていく
ナハツェーラとは何だろう?
それが真っ先に浮かんだ感想だった。いや、感想ではない。言葉で言い表せない感想に先走って疑問符が浮いたのだ。
ナハツェーラ…。この文面でサルビアに恨まれる人物は限られてくる。
身体障害者に産んだ親?革命の主犯?彼女の人間性によっては片割れの姉妹も恨まれているかもしれない。
ん?そういえば最後の一文。『サルビアを名乗って生きていく』。
革命で死んだのがサルビアで、ゲームに参加している人の正体はミモザだ。
なぜ彼女はサルビアを名乗る必要があったのだろう。自身がミモザであることがバレてはならない理由があるのだろうか。
…これを偵察員は探らないといけないのか。大変なことこの上ない。
かなり過去の濃い人物だから注意深く観察しよう。
壁に掛けるけてあるコルクボードに、コピーした報告書を貼り付ける。
コルクボードには、これの他に映画のポスターやダイヤちゃんの写真、同僚の手紙なんかが貼られていた。
私には過去の記憶がない。
森の中で目が覚めて、放浪中にゲームマスターに拾われた。そして今回のゲームの中で偵察員と言う重要な役割を任されたのだ。
そう考えると、どんな悲劇であろうと明確な過去を持つミモザがどこか羨ましかった。
別にこれはミモザに限った話じゃない。カリスも、カサブランカも、アスもそうだ。
誰かに恋をして、何かを欲して、誰かを恨む。嫌なことも楽しかったことも覚えている彼らは、それらの欲望を吟味してこのゲームに参加している。命に代えてでも欲しいものがあるから。会いたい人がいるから。やりたいことがあるから。
私は何のためにここで偵察員をしているのだろう。身寄りのない私をマスターが拾ってくれたから?その恩返しのため?
…いつか私が記憶を取り戻した時、私自身は何をすべきか分かるだろうか。
本来私のあるべき姿は、消えた記憶に囲まれた未知の国に隠れている。
このゲームが終わったら…私自身を探す旅にでも出ようかな。




