黄金の記憶
「ただいま!カリス。」
彼は病室の扉を開けて私に手を振った。
「■■■!おかえり!」
「これ、おみやげ。」
そう言って彼は私に青色のリボンを渡した。
しばらく見つめた後に、そっと胸に押し当てる。
「ありがとう。一生大事にするわ。」
早朝。
私の足を踏まないように気を付けながら彼はベッドに座り込み、病室のカーテンを開けた。
差し込む陽光が空気中の埃を幻想的に照らす。
「そのリボンね、向こうの国の伝統品らしいよ。」
「そう。とっても素敵。」
幼い私には大きすぎるリボン。丁寧に編まれた跡が見える。
「私の燕子病はいつ治るの?」
「長期的なカウンセリングの末に治るさ。きっと治る。名医■■■が保証しよう!」
そう言って担当医は誇らしげに自分の胸を叩く。
なんとか笑ってみせたが、無意識の内に笑みは消えてしまった。それを隠すように俯く。
「…どうしたんだい?カリス。悲しそうに見えるけど。」
「いや…なんでもないよ。」
そう呟くも、彼は真剣な眼差しをこちらに向け続ける。
「吐き出してごらん。」
「…■■■が出張に行ってる間にね、隣の病室に同い年の男の子が入院してきたの。その子と一度話す機会があったんだけどね、その子、つい先日親を失ったんだって。
事故らしい。彼、ずっと泣いてたの。」
「それはそれは…大変だったろうね。男の子の負担も相当なものだったろう。」
「私は最後の親の顔見たの数年前だからピンとこなかったんだけど、やっぱりその男の子見てると…子供には親が必要なんだな…って。なんていうか、改めて考えると私って孤独なのかなって。」
少し涙ぐむ。それを察して彼はすぐ私の頭をポンポンしてくれた。
「カリスは孤独なんかじゃないよ。ピンと来てないのは燕子病の影響だ。」
「一生このままだったらどうしようって…。」
振るえる声でそう呟くと、彼は少し間をおいて微笑んだ。遠くを見つめている。
「明けない夜はないという言葉がある。悲劇は一時的な物で、その先には毎回違う朝が待ってるんだよ。」
「違う朝…?」
「そう。雨が降る朝もあれば、雲一つない快晴の朝もある。外を見てごらん。雲一つないだろう?」
夏を匂わせるほど深い青の空。薫風がカーテンを押した。
「幸福の基準は人によって違うよ。お金持ちになるのが幸せな人、人を助けるのが幸せな人、好きな人とキスをするのが幸せの人、夢を追いかけるのが幸せな人。
僕はどんな状況でも自身の幸福基準を見誤ってはならないと思うし、他者に合わせてもならないと信じてる。来た朝が望み通りじゃあなくっても、また一日過ぎれば新しい朝が来るさ。」
「…■■■にとっての幸福の基準は?」
朝日に照らされる彼の背中。どこか、寂しさを抱えていた。
「毎日食べたい物を食べて…月一くらいでいいものを食べて…年に一回は旅行できて…好きな人と、一緒にクリスマスを過ごせる日常かな。」
「平凡な日常が幸せなの?」
「平凡なんかじゃないよ。」
彼はこちらに目を向けた。その瞳の奥には温かい優しさが眠っていた。飽和したノスタルジーな感情が私の胸を突き刺す。
「いいかい、カリス。僕にとってこの日常は、特別な時間なんだよ。人は記憶を通じてしか過去の感動にアクセスできないだろう?僕にとって変わらないこの日常は黄金の記憶そのものなんだ。
平凡を大切にしなさい。その平凡が、平凡でなくなる前に。」




