驟雨と夜風と大地と
三度目の夜明けの晩。それは深夜に行われた。
夢の世界から叩き起こされたからか、プレイヤー達から怒りのこもったドヨドヨとした空気が漂う。
「プレイヤーが揃いました。
親愛なるプレイヤーの皆さま。これより名前を呼ばれた方は、出口奥の面談室に向かって下さい。
リリー様、面談室一へ。アス様、面談室二へ。カサブランカ様、面談室三へ…」
カサブランカについてだが、得られた情報は決して満足できるものではなかった。
ただ彼が過去に恋をしていたこと。そして理由は分からないが、深夜徘徊をしていたこと。彼について次探るのなら、この深夜徘徊の理由だ。
そんなことを考えながら面談室に顔を出す。
「お疲れ様リリー。希望の役職は?」
「捕食者。」
どうやら職員の間で、私のあだ名が大喰いになっているらしい。捕食者ばかり選んでいるからって…。梟を殺したことないのに酷すぎる!
「仲間は…このアスと言う人ね。」
渡された紙には、可愛らしい字で『アス』と書かれている。
「集合場所はホテル横の公園、噴水周りのベンチだから。」
「…一つ依頼をしてもいいかしら。」
紙を折り畳んでポケットに突っ込みながら訊いた。
「何?」
「次のゲームでは、カリスという女性とアスをペアにさせてあげてほしい。」
「…業務に関係ありますか。」
「あるわ。アスはカリスの対照群よ。カリスの今後の動向を観察したいの。」
「…分かりました。カリスとアスですね?申請を出しておきます。」
よし。
これで、次のゲームではカリスとアスがペアになるだろう。
「で、あなた自身の次の仲間は?希望ある?」
「カサブランカ…と言いたいところだけど…」
少しばかり彼とは距離を置く必要があるだろう。
何より今、カサブランカは私の正体に一番近づいた人物でもある。
また私と彼の間に壁が再構築されるまでは接触を避けた方がいい。
「誰でもいいわ。」
「りょーかい。」
相変わらずこの公園の風景だけは廃れていなかった。
道の隅に追いやられた落ち葉たちが、私という来客を歓迎して舞い上がる。
ベンチに腰を掛け、そっと周りを見渡した。まだ周囲は薄暗く、何とも言えない肌寒さを残して空虚な時間が過ぎていった。
そうだ…つい六日前だろうか。このベンチに腰かけてカリスと友達条約を結んだのは。
初めての夜明けの晩。冷静に考えて、ゲーム初日に恐れることなく純粋な友好関係を築こうとした彼女は相当な勇者だ。
そして三日前に二度目の夜明けの晩があった。あの時、カサブランカとペアになる。
まぁ、その翌日の晩にトラウマを植え付けられることになるのだが…。
…今回ペアになるアスは、結構おとなしめな子供だ。特に警戒しなくていいだろう。これでオラオラ系だったら泣く。
その時。
「あっ?」
くねくねと暗闇に伸びる遊歩道の奥から笛の細い音が聞こえた。
奇妙な風が吹く。暗闇から足が伸びてきて、そこから一人のシルエットが浮かび上がる。
やがてその人影の輪郭の内側が明らかになってくる。
木製の横笛を口元に当てながらこっちに歩を進める少年は、正真正銘あのアスだ。
瞳を閉じているにも関わらず、くねくねした遊歩道の真ん中を正確に歩いている。
…猛者みたいな登場方法だが、彼は四分遅刻している。まぁ…プラマイゼロだしいっか。
「初めまして。私はリリー・ダイヤモンド。あなたはアス…だよね。カリスとカサブランカから話を聞いてる。笛の音で病気を治すんですって?」
そう問いかけると、彼はそっと笛を口元から話した。
顔を上げると、お人形さんみたいな顔が現れる。
「よく知ってるね。そう、僕はアス。よろしくね。」
前に声をかけた時と同じで、やはり弱い口調が目立った。
「アス君でいいかな?よくここの公園で笛を吹いているよね。たまにホテルの自室から聴かせてもらってるよ。」
「はは…気に入ってもらえると、嬉しいな。僕の演奏。」
伏目がちに彼は言う。不気味な夜風が地を駆け抜ける。そこでやっと気づいた。彼、裸足だ。
「足寒くない?」
「寒くないよ。多分裸足だから気にかけてくれたんだよね…。でも、ちゃんと履く靴も持ってるんだ。」
「なんで履かないの?」
そう訊くと、彼は少し恥ずかしそうに体をもじもじさせた。
「この公園の奥に僕の秘密基地がある。そこは巨大な水溜まりがあるんだ。
わざわざ靴を脱いだりするの面倒くさいから、秘密基地に行くときは、いっそ裸足で外出するんだ。」
そう言われてみると、確かに彼が歩いたところには薄く濡れた足跡が残っていた。
「いいの?私達まだ会ってそんなに時間経ってないけど、秘密基地なんて言っちゃって。」
「いいんだ。昨日カリスという女の子に声をかけられて、勝手に友達同盟結ばれたんだけど彼女が君の話をしてた。悪い人じゃなさそうだし、教えてあげるよ。僕の秘密基地。」
そう言って彼は私の手を掴んだ。
「おいで。きっと…気に入ると思うから。」
彼が歩いてきた遊歩道を歩き続け、低木を乗り越え、茂みを分けながら進んでいた。
「この先に水かさ三センチくらいの広い泉が広がってる。夜は蛍が飛んでるから綺麗なんだ。」
そう彼が言った直後に茂みが晴れた。
「ッ…」
そこには、彼の言う通り泉が広がっていた。薄く水が張りつめる水面には、満月と低空飛行する蛍が映っていた。
この街にこんな所があったなんて…。感動で声がかすれた。
「よくここで、」
彼は泉に足を踏み入れた。泉…というか、巨大な水溜まりだ。
「笛を吹くんだ。昼間は太陽と小動物が、夜は月と蛍が観客となる。
でもこの二日間で、二人の新しい観客が増えたよ。」
アスは泉の真ん中まで歩いていき、軽快なステップを披露した。
彼の白く長い髪が月光に照らされ夜風に撫でられ靡く。
「カリスと、君だ。」
そう言うなり、彼はまた口に笛を寄せ演奏を始めた。




