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異世界チート対策局  作者: BWG
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ワーカホリック2

「本当ですか?」


 メガネをかけた大人しそうな青年は思わず声が大きくなる。


 ACOコルタナ支部の詰所内、その執務室でハジメは、コルタナに転移および転生した異世界人のカウンセリングをしていた。


 基本的にACO本部の人間は、チーターの制圧が職務の中心となるが、ACOという組織の目的は異世界の治安維持。したがって、転移者、転生者が異世界で暮らしていけるようにサポートすることもACOの職務内容に含まれる。


「本当だ。コルタナは、武技、つまりは近接戦闘能力が重要視される世界だから、ここで生きづらいなら、別の世界を紹介できる」


「僕、地球にいた頃から、ずっと運動が苦手だったもので、そもそも格闘技とかも怖いですし」


「異世界人は訓練次第でこの世界の人たちよりもはるかに強い力を手に入れることができる。でも、どうしても苦手意識があるなら、無理に頑張る必要はないと思う」


「でも、それって逃げてるだけじゃないかとも思うんです」


「別に逃げてるかどうかなんてどうでもいいことだ。そんなの状況と捉え方次第で変わる。環境を変えるのは逃げとも取れるが、新しい挑戦とも取れる」


 青年はパッと顔を輝かした。


「言われてみれば、そうですね!」


「君みたいなタイプの子はこれまで何人もいたが、元々運動や社交が苦手だったけど、転移を機に変わろうとする子や、アニメやゲームで憧れた冒険者になれると喜ぶ子もいた。選択は、まあ、人それぞれだ」


「僕も多少は憧れはありましたけど、こっちに来て半年が経ち、やっぱり向いてなかったと気づきました……」


「気を落とす必要はない。出来ないことが一つわかったんだから。無駄じゃない」


「僕、ここに相談に来て良かったです」


「そう言ってもらえるとこちらもやりがいがある。俺たちは、異世界人のサポートも仕事だからな」


 ハジメは、同室にいるルリへと視線を向けた。ルリはその視線にすぐに気づき、タブレット端末を持って一たちの方へと近づいてくる。


「条件に合いそうな場所をピックアップしておきました」


 ルリは端末を一へと渡した。入っているのは、ACOが管理している世界の全データ。各世界の特徴は大体、彼は記憶しているが、各世界の状況や異世界人の多寡によって受け入れ態勢は変化する。ルリは、ハジメと青年の会話から、青年に合いそうな世界の中で、すぐに異動が出来そうな世界を絞り込んでいたのだった。


「助かる」


「これくらいは当然です」


ルリは、スッと会釈をして自席へと戻る。ハジメは、ルリが選んでくれた世界のデータを見てから、


「今紹介できそうな世界は、魔法学が発達した世界マジカデミア、科学技術が発達した世界フィエンティスタの二つ」


 と紹介し、タブレット端末を青年にも見せた。


「マジカデミアもフィエンティスタも、法治の世界で、ここ数十年は国家間の戦争はなし。すごく平和な世界だな。生活水準は、魔法技術中心か科学技術が中心かで違うけど、どちらも同じくらいだ。地球よりも少し上だと思う」


「すごい! 今すぐにでも行きたいです!」


「どっちがいい?」


「せっかく異世界に来て、やっぱり魔法に触れたいので、マジカデミアに行きたいです」


「わかった。手続きをしよう」


 ハジメはタッチパネルを操作し、契約書の画面に切り替える。


すると、


「どうぞ」


と側に控えていたルリがタッチペンを机の上に差し出した。


「ありがとうございます」


 青年はペンを取り、契約書の内容を読み始める。内容はシンプルで、契約書というより同意書のようなものだ。


「すぐにってわけじゃないが、異動した先が合わないってなったら、また異動はできるから。心配しなくていい」


「そうなんですね。でも、せっかく紹介して頂いたので、骨を埋める覚悟で次の世界は頑張ってみようかと思います」


 青年は同意書にサインをし、顔を上げた。一はサインを確認して、青年に微笑みを見せる。


「また後日、異動日についてACOから連絡がいく」


「本当にありがとうございました、一さん」


「ああ。また何かあったらいつでも俺たちに相談してくれ」


 青年は深々と頭を下げてから、退室した。一はゆっくりと息を吐き、天井を見上げる。表情にはだいぶ疲れがみえていた。


「お疲れ様でした、隊長。今日はもう終業なさいますか?」


 ルリはお茶を淹れて、一の前の机へと置いた。一は礼を言って、ルリをじっと見つめる。


「あ、あの、どうかなさいましたか?」


 ルリは、少し動揺を見せる。二人の無言の間を、彼女はとても長く感じ、一の黒い瞳に吸い込まれるような感覚になった。


「いや、ルリはあまり疲れを見せないなと思って」


「お、応対は隊長がやっておられましたし、私は補佐だけだったので」


 彼女は一から目を逸らし、毛先を指でクルクルといじり始めた。


「確かに、応対は気を使うから余計疲れただけか」


 お疲れモードのハジメと、顔に少し朱を差したルリ。まったりとして、どこか気怠げだが、暑気を感じる夏の夕方のような雰囲気の中、執務室の扉が勢いよく開けられた。


「お疲れ様です」


 入ってきたのはシオンで、彼女の声音はいつもよりどこか硬かった。


「どうしたんだ?」


 一は何かあったのかと勘繰った。彼女が非番の日に執務室へと入ってくるのはないと言っていい。彼女は仕事はきっちりやるが、公私もきっちり分けているタイプだった。


「少しルリさんをお借りします」


「え? 私?」


 ルリは驚いたが、理由も聞けぬままシオンに手を引っ張られて執務室の外へと連れて行かれる。


「一体なんなの?」


「聞きたいのはこっちですよ、ルリさん。なんで仕事なんかしてるんですか」


「なぜって、それは副隊長として隊長の補佐を……」


「建前はいいですから」


 ルリの言葉をシオンは遮る。


「せっかくのチャンスなんですよ?」


「そんなのわかってるけど、でも、別に仕事でも何でも、一緒にいられたら私はいいの」


「その話前もしましたよね。それでルリさん、頑張ってみるって言ってたじゃないですか」


「でも、迷惑じゃないかしら? 隊長、忙しいもの」


「あの人は働きすぎです。少し休んでるくらいがいいんですよ。それに、ルリさんはもっと自信持ってください。あんな人動かせるとしたら、ルリさんくらいの人じゃないと無理ですから」


「私なんて大したことない。それに、隊長モテるし」


「隊長は確かにモテるし、かっこいい人だとは思いますけど、遊んでるタイプじゃないでしょ」


 誰が見ても美女だと羨み、バリバリと仕事もこなす才色兼備のくせに、こと恋愛になるとネガティブになる彼女に、シオンはため息をつく。


(でも、ルリさんと隊長お似合いだと思うんだけどなー)


「とにかく、明日も休みなんですから、隊長を遊びに誘いましょう。じゃないと、また明日も仕事してますよ、あの人」


「えー!? 私が誘うの!?」


 ルリは赤面して、両手を口元に当てる。


「ルリさん、ほんと仕事の時と普段の時でキャラ違いますよね」


「うぅー、仕事の時は気を張ってられるんだけど……」


 火照った顔を手で扇ぐ。シオンは、彼女を見て、こっちの方がいいのにと一瞬思ったが、仕事に支障が出ても困るなと思い、あえて何も言わなかった。そして、彼女に体調を誘わせるのは酷かとも考え、


「大丈夫です。私がさりげなく、話持ってくんで」


「話を持っていくって今から?」


 そこで、シオンはしまったという顔になる。


「本題を忘れてました。これからご飯でもどうですか?」

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