三番隊出動
『コルタナより緊急支援要請! 三番隊直ちに出動せよ!』
異世界チート対策局本部、三番隊の隊舎内にアラームが鳴り響く。
「コルタナかー。こりゃまた遠いっスね」
事務室で書類整理をしていた青年は手を止め、頭を掻いた。彼の呼び名は、セオ。金髪碧眼で中性的な顔立ちをしていた。
「たしか剣の異世界だっけ? 私あそこの紅茶好きなんだよねー」
同じく書類仕事をしていた黒髪ポニーテールの女性が相槌を打つ。
「飲む時間があれば良いっスけど」
「絶対に飲むから!」
セオは肩をすくめた。
「一さんは仕事人間だからな~。チーターをBANしたら、今回も直帰だろうな」
「いや、ほんとあの人あり得ないから。直帰だけならまだしも、訓練する時もあるし。せっかく異世界に行ったってのに、観光させてよ!」
シオンはセオに詰め寄り、肩を揺らした。
「いや、俺に言われても困るっス。隊長に言ってください」
セオの指摘をシオンは黙殺した。そして、意味深にニヤリと笑う。
「この支援要請、絶対わざとだと思わない?」
「わざと?」
「局長とテスラ様が意図的に三番隊に回したとしか思えない」
「なんで、三番隊に?」
「この前言われたじゃない。あのワーカホリックの隊長にそれとなく息抜きさせてあげてって」
「ああ~。確かにそんなこと言われた気もするっス。無理だなって思って、聞き流してたっス」
シオンは呆れ顔になるが、すぐに真剣な顔つきへと戻った。
「いい? セオ。コルタナはとても遠いわ。そして、今回の出動は緊急支援要請。だから、きっとあなたのチートで瞬間移動するはず。だから、疲れたふりをするの」
「はぁ?」
「現地について、チーターをBANしたあと、疲れたふりをして、次に能力を使えるまで二、三日休みをもらえれば、私は観光ができる」
「絶対に無理っス」
セオは引き攣った笑みを浮かべる。そして、発案した当のシオンも、そう言われて困り顔となり、
「たしかに。鍛錬が足りない! とか言われて、鍛錬させられるのがオチかもね」
と苦笑した。
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三番隊の出動前の集合場所へと到着したセオとシオン。
「あれ? 一さんは?」
セオは隊長がいないことに気づく。
「お疲れ様です! 副隊長! 隊長はトレーニングルームにいらっしゃるようなので、ルリさんが呼びに行っております」
隊員の一人が妹尾の問いかけに答える。
「了解」
そして、彼らの到着からほんの少し後、異世界チート対策局三番隊の隊長一ノ瀬一と副隊長ルリが現れた。
「「「お疲れ様です! 隊長!!」」」
一の姿を見て、三番隊の隊員は一糸乱れず、気をつけの体勢となる。
「おい、お前ら。その挨拶、いつもやめろって言ってるよな? ただでさえ、三番隊は軍隊だってからかわれてんのに」
一は、鋭い眼光で一同を見回した。
「まあまあ、一さんを見てたらビシッとするのもわかりますよ」
セオはニヤニヤしながら、一を見た。
長くもなく短くもない癖毛のある黒髪に、精悍な顔つき。鍛え上げた身体は、ピッタリとしたトレーニングウェアを着ているせいで強調されていた。身長は百七十五センチメートルでそれほど高いわけではないが、存在感と威圧感がある。
「セオ、お前はもう少しビシッとしろ」
一がチョップをくれてやると、
「いってー」
とセオは大袈裟に痛がる。
その様子に隊員一同は笑った。セオは副隊長という立場についているが、日頃の言動は少し子供っぽいところがあり、チョップした一自身も、彼の仕草に口の端を弛める。
「隊長、装備です」
もう一人の副隊長のルリが一へと刀を手渡す。局員が持つ神の力を宿した武器。これで倒されたものは輪廻転生、一度死に生まれ変わることになる。転生するとチート能力は失われるので、チートの過剰使用、そして、注意しても改善の見られない者には、一たちACOの人間が実力行使で止めるのである。なお、武器は個人で好きなモノを選べる。一は刀を使っていた。
「ああ、悪いな」
「いえ、これくらい当然のことです」
ルリはピシッとお辞儀をする。
浅黒い肌に、銀髪のロングで、プロポーションも顔立ちも抜群の彼女は、出来る大人の女性像そのものだ。
頼りになる副隊長だが、一からすれば少し固すぎる感じが否めなかった。もしかすると、ルリの俺への態度を見て、隊員も真似しているのかもしれないと一は思った。
ブォンという電子音が鳴り、壁に掛けたモニターが起動する。モニターに映ったのは、山のようにごつい男。
「副長代理、副長助勤、三番隊隊長一ノ瀬一。出動準備はできたか?」
「毎度ながら長い肩書きっすね、一さん」
セオが茶化した。
「一が副長に就任すればスッキリするのだがな」
モニターに映るごつめの男が不満を露わにする。
「局長、役職を全部言う必要ないでしょう」
「お前が副長に就任するまで言い続けるさ」
異世界チート対策局局長の武は、がっはっはと豪快に笑った。
「他にも適任はいるでしょう」
「強さだけなら、お前に匹敵するものもいるが、強さだけでは副長は務まらん」
「俺も、強さにしか興味がない人間ですが」
「まあ、そうかもな」
武は意味ありげな微笑みを浮かべた。
一は武の態度に引っかかったものの特に指摘はせず、
「そろそろ行きます」
「ああ、お前なら問題ないと思うが気をつけてな」
一はペコリと頭を下げる。
「出動する! 少し遠いが、セオ、お前の瞬間移動で行けるか?」
セオはチラリとシオンを見た。彼女の目は、言えと訴えかけている。無論、転移先での休みのことだ。
彼はため息をつく。言い出しづらく、鼓動がバクバクと速くなる。
「ギリギリっすね。……行きで使ったら、帰りにまた使うのに、二、三日欲しいかなーなんて、思ったり思わなかったりしてるっす」
「まあ、仕方がないか」
一は渋々といった様子で了承した。セオはホッと胸を撫で下ろし、シオンの方を横目で見ると、グッと小さく親指を立てているのが見えた。
「じゃあ、行きまーす!」
解放感から、少し大きめにセオは全員へと声をかける。
「テレポート!」
セオのチート能力の瞬間移動が、三番隊全員を対象とし、要請場所コルタナへと転移した。
こういった長距離のテレポート直後は、急な場所の変化や、前後不覚により、セオでさえ慣れるまで数秒はかかる。
しかし、一はいつもコンマ何秒で、適応する。そして、それは今回も同じようで、
「まずいな」
と到着するなり、瞬時に状況を把握した一は駆け出したのだった。