表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われた家  作者: まきの・えり
9/9

呪われた家9

「……それでは、オレを連れて行け……」

 隆さんは、それまで振り絞っていた力を全て失ったように、女の膝元にくずおれた。

 アッハッハッハ、と女が笑っていた。

「待って、待って、待った」と女は言った。

「千年も万年も待った」

 あちゃー、このしつこさは、息子の前世の父親の比ではないな、と私は内心思った。

「お母さん」と足をガクガク震わせながら、少年が、私の横から立ち上がった。

 私の心は揺れた。

 もう黙って座っておきなさい、と思う心と、言うてやれ、何か言うてやれ、という心が、せめぎあっている。

 少年は何も言わずに、女の方を見つめている。

 何か言うてやれ、と思ったけれど、多分、ことばでは言えないことなのかもしれない。

「バカ。お前は、勝手に生まれたらいいの」と女が言った。

「けど……」と少年は言ってから、しばらく黙った後、両方の目から涙を流していた。

「お母さんが、淋しい……」

 女は、突然、両目を吊り上げて、唇の両脇が裂けた、恐ろしい鬼婆のような顔になった。

「ほら、怖いだろう。これが、私の本当の顔だよ」

 ギャア!

 私は、ひるみました。

 ああ、怖い。

 全身の毛穴が開き、髪の毛が逆立ち、この世で一番恐ろしいものを見た気がした。

「何で、お母さんが怖い」と少年は言った。

 何で怖くないんや、嘘やろう、と思いながら、私は、その鬼婆に向かって、走っていく少年の後ろ姿を見送っていた。

「どんな姿でも、お母さんは、ボクのお母さんだ」

 私は、自分の正面で、非常にショックを受けた鬼婆の顔を見ていた。

 その顔は、徐々に歪んでいき、本来なら醜く変わるはずが、逆に若くて美しい顔に変わっていった。

「バカ。お前は、本当にバカだ」

「ボクはバカでいい。

 ずっとお母さんと一緒にいる」

 女の顔が歪み、ハラハラと涙が流れ落ちていた。

「私は、こんなに幸せな女だった……

 ずっと、気がつかなかったけれど」

 少年の頭をなでている、女の周囲を明るい黄金色の光が取り囲み始めている。

 うそー、と私は、思った。

 部屋中が、金色の光に満たされている。

「ワオ」

「アンビリーバボー」という声が聞こえていた。

「プリンセス・カグヤ」という声も聞こえる。

 ゲエ。外国人集団が起きてきていた。

『行こう』という春子ちゃんの姿が金色の光の中で微かに見えた。

 あの男の子が、あの可愛らしい少年が、春子ちゃんと一緒に空中に浮かんでいた。

 ウワアッと思うような、眩しい光が周囲を満たし、私は、目を覆った。

 再び目を開けた時には、黄金色の光もなければ、女の人と少年の姿もなかった。

 プーンと、新しい畳の匂いがする。

 私達は、ただの蛍光灯の光の下に取り残されていた。

「オー、マイ、ガッ」と外国人集団の誰かが言った。

「ミラクル」という声も聞こえる。

 私は、ただ、茫然としたままだった。

 ああ、これは、きっと夢、起きたら覚める夢だと思った。

「アリゲト」

「サンキュー」

「ドモ、ドモ」という外国人集団は、去って行った。

 もう、電車の走っている時間だ。

 私は、まだ、茫然としていた。

「お母さん、よかったなあ」と言うと、息子も、バタッと倒れた。

 あ、そう。

 今まで、倒れてなかったんか、と思った。

 隆さんと息子の額に手を当ててみたが、平熱だった。

 ま、どちらも死んではいない。

 朝の光で見ると、囲炉裏もなく、その上にかかっていたはずの大鍋もなかった。

 ま新しい家の中で、倒れている男が二人と、私一人。

 ええい、酒の残りはないか、と探したが、どこにもなかった。

 外国人集団の泊まっていた部屋から布団を出して……

 と思ったが、どこにも、布団なんかはなく、真新しい畳の部屋があるだけだった。

 そうだった。

 元もと、建て替えた家を見に来ただけだったんだ、と私は思い出していた。


 ピンポンピンポンパーン、というインタフォンの間抜けな音がした。

 その瞬間、クソ、また前と同じインタフォンをつけたのか、と思った。

「はい」

「ああ、よかった」という範子さんの声が聞こえた。

「もう、帰って来ないから、心配したのよー」と範子さんは会ったとたんに言ったが、その顔は、心配しているというより、好奇心満々の表情だ。

「どう? 新居は?」と言ったが、違うことを考えているのは、表情からわかる。

 あんたのお兄さんは、もう少しで霊に連れて行かれるとこやったんよ、と言っても、この朝の光の中では、どうにも嘘っぽい。

「春行さん、あ、ごめん、春樹さんは、うちに置いていけばよかったのに」

 その方が、よっぽど怖いわい。

「あ、やだ。お兄さんたら」

 そういうことで疲れて寝てるんやなくて、倒れてるのよ。

「また、明子さん、看病しなくちゃ」

 ウフ、と範子さんは笑った。

 まあ、平和や、と私は思った。


 翌日には、すぐ元気回復する、と思った、隆さんと息子は、今回は、かなりのダメージを受けたのか、そのまま、三日三晩起き上がってこなかった。

 範子さんの言った通り、私は、かなり不安な気持ちを抱きながら、三日三晩を看病に費やした。

「もう、明子さんて、かなり過激なんと違うん?」と布団を運んで来た、範子さんに言われ、アホか、お前が私の代わりに、あの場に立ち会え、と思ったが、言えなかった。

 四日目、看病疲れで、ウトウトしていた私の頭を誰かが蹴った。

 もう、そんな無礼な仕打ちをする人間は、この世に一人しかいない。

「本当に、よく寝るヤツだ」

 その声を聞いて、なぜか、ホッとした。

 超人復活だ……

 しかし、私は、疲れがドッと出て、眠い。

「よく寝るブタは、育つ」

 もう、何でも言うてんか。

 息子の方は、隆さんほどの超人ではないので、その後、一週間は寝たり起きたりの生活を送った。

 もう、こんな生活やめましょうよ、と思う。

 命がいくつあっても、足りないでしょうが。

 新しい畳の匂いをかぎながら、徐々に、以前の生活に戻っていった。

 家具も布団も何にもなかったのが、範子さん宅から運ばれてきたものやら、隆さんが気まぐれで買うもので、徐々に、生活が整っていくのが不思議だ。

 隆さんの気功教室も、無事に再開した。


 ハッと気がつくと、4月になっていて、その間、一度だけ、範子さんの娘さんと、例の『華さん』の生まれ替わりだとかいう、綺麗なお嬢さんが通り過ぎるのを見かけた。

 まあ、人生、なるようにしかならん。

 あの男の子は、もしかすると、将来の息子の子供かもしれないし、他の誰かの子供かもしれない。

 新居は、賑やかだ。

 まず、月水金には、隆さんの気功教室がある。

 それに、心配していたように、トイレはボットンではなく、水洗だった。

『まあ、よかった、よかった』と言うのは、肝心な時に消えた私の母。

『家も綺麗になったし、よかったなあ、明子』

 それから、元悪霊の息子の前世の父。

 いつの間にか、母と友達になってしまったようで、グオオ、グオオ、と言いながら、家に遊びに来る、というより居ついている。

 パタパタパタという足音は、二倍に増えた。

 春子ちゃんが、弟を連れて遊びに来る、というより、これも常時、家にいる。

 それに、『ハロー、アロハ』という声も、時々聞こえる。

 あの女の人も成仏した後、あの世で出会った恋人のハワイ人を連れて、遊びに来る、というより、やはり常駐している……

「春子らしい」

「お母さんは、霊になつかれるからなあ」

 と息子と隆さんは、他人事みたいに笑っている。

 ガア。元々、お前らが原因やろ。

 ま、鹿がいないだけ、マシか……


 そんなある日、新聞の片隅に、『アメリカ人旅行団、日本で集団幻覚か』という記事が載っていた。

『プリンセス・カグヤ』ま、つまり日本流に言うたら『かぐや姫』が天に昇るのを見たという、日本に旅行した一団がいたらしい。

『ニュー・イヤーを何度も経験』

『20世紀と21世紀を五回も往復』

『豚ミソ・スープ』

『落ちるトイレ』

『黄金色に輝く昇天場面』

『本物の美女、プリンセス・カグヤ』

 ワハハハ、と笑いたかったが、笑えなかった。

 もし、機会があれば、あんた達の見たのは、夢幻ではない、と言ってやりたかった。

 が、私だって、どこまでが現実で、どこからが夢や幻だとわかっているわけではない。

 わかっているのは、危機一発のところで、全員無事だった、ということだ。

 新聞の囲み記事が、『アメリカ人旅行団、日本で集団蒸発、神隠しか』となっていても、不思議ではない状況だったのだ。


 春が過ぎようとしているある日、ピンポンピンポンパーン、という例のインタフォンが鳴った。

 出てみると、以前『華さん』と呼ばれていた綺麗な女の子が、日本人形を抱いて、我が家の門の前に立っていた。

 女の子は、口をパクパクさせて、この人形が帰りたい、と言った、と何とか伝えようとしていた。

「ああ」と言って、私は、人形を受け取った。

「お前、無事やったんや」と私は、嬉しかった。

 火事で焼けたとばかり思っていたからだ。

『私は、帰ってきた』と人形が言った。

 奥から出てきた息子は、ああ、と声にならない声をあげると、人形を抱いた。

 そして、すがるような目をしている女の子には、目もくれずに、何やらブツブツと人形と話しながら、奥に行ってしまった。

 人形と再会して嬉しいのはわかるが……

 人間の女の子にも興味を持って欲しい、と母は思う。

 あの隆さんは……と私は思った。

 あの年になるまで人形にしか興味がなかったらしいからなあ。

 その二代目になったらどうしよう……

「また、いらっしゃい。

 私達は、ずっとここにいるから」と私は、女の子に言った。

「は、はい」と女の子は、身の置き所のないような様子だった。

「私、お母さんのファンです」と女の子は言うと、逃げるように去って行った。

 うーん。どういう意味やろう?

 隆さんや息子と変人度では、いい勝負してるかもしれない、と私は思った。


「生きてたのか、バカ人形」と隆さんは、稽古の日に人形を見て言った。

『あ、死に損ないの隆ウンコだ』と人形も負けてはいない。

 以前から、隆さんと人形は、出会うごとに悪態をつきあっていた。

 よく言う犬猿の仲だ。

「バカ人形、よく無事だった」

『隆ウンコ……』

 人形が隆さんの胸に飛び込み、隆さんはそれを抱き締めていた。

 あちゃー。

 息子が、嫉妬の目をして、それを見ている。

 この二人が、人形愛を卒業するのは、一体いつの日のことやら。


 春子ちゃんと、生まれなかった弟。

 あの子達は、いずれ、生まれる準備をしている。

 そして、きっと、生む側も、知らずに準備しているのだろう。

 老いた人間は、死に、そして、新しい生命の誕生を迎える。

 多分、人類というのは、そうやって、今まで生きてきたのだろう。



           了


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ