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呪われた家  作者: まきの・えり
3/9

呪われた家3

「それは、いけない」と隆さんが言っている。

 この辺りも同じようだ。

「人間というのは、元々、風邪なんかひかない存在なのだ」

 まあ、そうかもしれない。

「ここに横になりなさい」と隆さん。

 男の子のお母さんは、隆さんに言われた通りに、横になる。同じだ。

 隆さんは、顔を引き締めて、お母さんの全身を触っている。

「足先にまで血流が行き渡っていない」と隆さんが言い、お母さんの足の裏を押し始めた。

「あ、痛い」とお母さんが言い、やはり、何かドキドキする。

「風邪のウイルスは、弱気につけこむ」

「はい」とお母さん。

「絶対に、風邪などひかない決心をすることだ」

「はい」

「今日は、もう寝た方がいい。明日には、治っているだろう」

「はい。ありがとうございました」

 見ると、お母さんの顔の色が、格段によくなっている。

 元々若く見えていたお母さんの顔が、更に若くなったように思える。

 隆さんの方は、また、ガックリと疲れたような表情をしている。

「お布団は敷いておきました。

 ゆっくり、お休みください」とお母さんが、先に立って、布団の敷いてある部屋に案内した。

 疑念は色々あったが、やはり、目の前にある布団は、魅力的だ。

 また、一番はじにある布団に潜りこむと、私は、すぐに寝てしまった。


 翌朝、私は、また、以前の家に住んでいる夢を見ていた。

 やっと手に入れた、『我が家』と呼べる家。

 その家の中に、また、鹿が侵入してくる。

「わけがわからん」という隆さんの声が聞こえた。

 また、数頭の鹿が、私の顔をなめている。

 今回は、何も言わずに、私は起き上がった。

 全く、何が何やら、わけがわかっていない。

「わけがわからん」と本気で言いたい。

「また、時計が戻っている」と隆さんが言った。

 またか……

「まだ、20世紀だ」

 そうか……

 私達は、また、再び、船に乗ることになった。

 どうやら、まだ、あの島に残っていたらしい。

 そして、船の中で、三度目の「21世紀おめでとう」

 「本年もよろしくお願いします」

 の声を聞いた。

 あんた、三度目やで。

 いくら世紀の変わり目でも、いい加減、イヤになります。

 私は、また、子細に、自分の記憶を点検する。

 あの家には、二度行った。

 男の子には、三度会ったことになる。

「また、現れるか」と隆さんは、言った。

 私達は、また、電車のなくなる駅にまで行った。

 私には、また、あの男の子が現れることが、わかっていた。

 そうだった。

 あの男の子の現れる前には、バカ外国人集団が現れるのだった。

 あーあ。

 またか……

 案の定、「ハッピ・ニュー・イヤー」と叫んで走り回る、バカ外国人集団が現れて、その中の黒人男性が、また、私の肩を抱いた。

 またか、とちょっと、内心、ウンザリする。

 今回は、「ノー、ノー」と言う、白人まで一緒だ。

 ビール片手の、バカ黒人に、何か言っているようだ。

 前もこうだったんだろうか、と私は思い出そうとしていた。

 今回は、息子も隆さんも、動かなかった。

「ども、すみませーん」と白人男性が、黒人男性の手を持って、私に謝っていた。

「はあ……」と私は疲れ切っている。

 今の私、あんたらどころじゃないのよ、気分だった。

 前回とも、前前回とも違う。

 今度は、どうなるんだ、と思った瞬間、私の身体は、ビクッと硬直した。

 自分が、あの可愛らしい男の子の手を握っていることに、突然、気がついたからだ。

 もう、どうしたらいい。

 本当だったら、この手を振り払ってしまいたい……

 私が、恐怖にかられた顔で手の方向を見ると、あの少年が無心な目で、私を見ていた。

 そんな目で見られたら、ほんま、どうしようもない。

 一体、どうすればいいのか。

 その時、周り中に雪が降りしきっているのが見えた。

 空を見上げると、空中から、ドンドンと雪が落ちてきている。

 その雪は、またたく間に周囲に積もり始めていた。

 こんな大雪の中、この子は、本当に、一体、何をしているんだろう。

 なぜ、何度も同じことを繰り返している?

 私は、どうすればいい?

 周囲は、無音になっていた。

 雪だけが、ドンドンと降り積もっている。

「私はね」と私は、思わず、少年に言った。

「こんなことは、イヤなのよ。

 こんな……

 同じことばかり繰り返すのは、イヤなの」

「どうして?」と私は、初めて、少年の声を聞いた。

 その声は、小さな男の子の声音をしてはいても、年よりはずっと落ち着いた声だった。

「だってね」と言いながら、自分が何を言えばいいのかわからなかった。

「同じことばかり繰り返したくない……」

「同じじゃないでしょ?」と少年に言われて初めて、同じことを繰り返しているわけではないことに、気がついた。

 どう言えばいいのか、と私は思った。

「同じじゃないかもしれないけど、同じようなことでしょ?

 もっとわかるように言えば、ずっと、大晦日と元旦を繰り返しているのよね」

「そうだね」と少年が言った。

 それのどこが悪いのか、という口調だった。

 それきり、私も少年も黙ってしまった。

 そうなのだ。

 別に、それで悪い理由はない。

 特に、この年は、20世紀から21世紀へと変わる年だった。

 隆さんに言われるまでもなく、人類にとって、歴史的な展開点だ。

 それを何度も繰り返して悪いわけはなかった。

 繰り返すことのできない人が、不満に思うほどの、時点なのだ。

「サービスしてるんだ」と私は言った。

 何度も何度も、同じ時点を繰り返してくれるのは、一種のサービスに違いない。

「そうじゃない」と少年は言った。

「忘れて欲しくない」と言った。

 そして、私達は、三度、少年のお母さんの出迎えを受けた。

「お帰り」という声がして、私は、また、少年のお母さんを見た。

 門の明かりに照らされて、綺麗で細身の女の人の姿が浮かんだ。

 着物を着れば似合いそうな人だと思っていたら、今回は、着物を着ていた。

 男の子が、私の顔を見て、ニッコリと笑った。

 やはり、親子だから、顔が似ている。

「どうぞ。お待ちしておりました」

 やはり、門から中に入ると、真っ暗だった。

 しかし、ガラガラッと戸を開けると、家の中は、明るくて温かだった。

 家に入った瞬間、前回は、何か身構えていたが、今回は悲しくなった。

 なぜか、理由はわからない。

 やはり、プーンと味噌の香りがしている。

「何もありませんが、とりあえず、温かいものでも……」

 やはり、大鍋に豚汁が……

 パタパタパタという、春子ちゃんの足音と、私の母の足を引きずる音、グオオ、グオオ、という微かな息使いの音も聞こえている。

 ゴホゴホと、男の子のお母さんは、また、咳をしている。

「申し訳ありません。年末に風邪をひいてしまいまして」

 この辺りは、いつも同じだ。

「それは、いけない」と隆さんが言った。

 この辺りも同じようだ。

「人間というのは、元々、風邪なんかひかない存在なのだ」

 何度も聞いていると、本当にそうだ、その通りだ、と思ってしまう。

「ここに横になりなさい」

 男の子のお母さんは、隆さんに言われた通りに、横になる。同じだ。

「何が欲しい」と隆さんが、お母さんの身体に触れながら、言った。

 その瞬間、私の目の周りで、数々の明るい色がはじけた。

 それは、一体、何なんだろう。

 赤、青、黄色、緑、紫、橙?

「今日は、もう寝た方がいい。」と隆さんが言った。

「はい。ありがとうございました」

 お母さんの顔の色は、また格段によくなっている。

 それは、なぜなんだろう。

 隆さんの方は、また、ガックリと疲れたような表情をしている。

「お布団は敷いておきました。ゆっくり、お休みください」とお母さんが、先に立って、布団の敷いてある部屋に案内した。

 また、一番はじにある布団に潜りこむと、私は、すぐに寝てしまった。

 これは、困った性格だ。

 


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